106.果樹園、桃とヨーグルト、猫じゃらし

 夏のピークも過ぎ、夜は少し涼しくなってきた。

 でもまだまだ、真昼間は暑い日が多い。


「さて、今日は果樹園だね」

「果樹園! 桃だよね、桃」

「そうだ、ミーニャ。桃を採ろう」

「やった!」


 元エルダニア領主はフルーツでも好きだったのか、それとも奥さんの趣味なのか。

 とにかく領主館の大きさに対して、思ったよりも広い庭には果樹園の区画がある。

 そういえば大通りにもサクランボがあった。


 ブドウ、リンゴ、オレンジ、ナシなどが五本ずつくらい植わっている。

 中でも桃が好きだったのか、この木だけ十本もあった。


 人がいなくなってから放棄されていたものの、今はなんとか手入れをした。

 ブドウとリンゴはこの世界では春のもので俺たちが見つけたときには全部ダメになっていた。

 桃はこれからだったので、なんとか世話をして、今日の収穫にありつけたのだ。


「えへへ、桃、美味しいといいね」

「おう、ミーニャ桃食べたことあるの?」

「うん、なんとなく。甘くて美味しいのっ」

「そっか」


 ミーニャは以前エルフ国にいたときの桃を食べた記憶があるようだ。

 小さいときに食べて嫌いだったもの、とかも案外覚えているので、美味しいものも覚えているのかもしれない。


 エルフ国の公爵領はきっと広い果樹園が広がっていて、文字通りの桃源郷みたいなのだろう。

 それを思うと、ちょっとギードさんたちの境遇に同情してしまう。

 豆だけの生活でよく文句も言わなかったものだ。


 まあ、ここの果樹園には期待しておこう。


 みんなで桃の木の下までスキップしてやってきた。


「お、なってる、なってる」

「いい色!」

「そうだな」


 桃は薄ピンク色に色づいている。

 太陽がたっぷり当たって、糖分を蓄えている証拠だ。

 これなら甘いに違いない。


「うんしょ、うんしょ」

「にゃう、私も」

「もう、二人とも」


 ミーニャとシエルが桃の木に飛んでいく。

 その後を俺とラニアで歩いて追いかける。


 猫ちゃんたちは木に登るのも猫みたいに上手なようで、さっさと桃を採ってくる。


「ほら、採れたよ。う~ん、いい匂いするぅ」

「これは甘い匂いだみゃぅ」

「どれどれ、おお、いいね」

「美味しそうですね」


 トライエのほうの領主館には桃の木があっただろうか。

 エレノア様はどうしているかな。桃を一緒に食べたがるだろうか。

 トライエ領主館は花は多いものの、食べられる植物は思ったより多くない。

 食べられるものは虫がつきやすいので、庭師が嫌ったりするらしい。


「よしみんな一人一個だぞ」

「「「はーい」」」

「いただきます」

「「「いただきます」」」


 みんなで桃を丸かじり。


「おいちぃ」

「美味しいわ」

「美味しいみゃう」

「うん。うまい」


 もぐもぐ。もぐもぐ。

 桃を一生懸命、みんなで食べる。

 その後は領主館ホテルの夕食分をみんなで採った。


 そして夕食後。


「これはなに?」

「桃とヨーグルトだよ」

「ヨーグルト?」

「うん」


 ミーニャが白い塊を不思議そうに見ている。

 これは牛乳を作ってくれている酪農家さんのところで元々は家だけで食べていたものだそうだ。

 そのヨーグルトを分けてもらった。


 切った桃とヨーグルトを合わせて、一緒に食べる。


「うんっ、桃だけでも美味しいけど、ヨーグルトも美味しい!」

「そうですね。いい相性だわ」

「みゃう、みゃう」


 桃ヨーグルトはお客さんや従業員にも振る舞われて、好評を得た。

 前領主は最終的には悪い領主だったけど、この庭だけは評価してもいいかもしれない。



 さて、このエルダニアの中はただっぴろい空き地がある。

 壊された家々は薪などとして再利用されてすでに撤去されたので、土地は草が生い茂っている。


「この草の中に、猫じゃらしがあります」

「うん、猫じゃらしは知ってる」

「そうかそうか、ミーニャ。ではそれの穂だけ集めてほしい」

「ほーん。そんなことしてどするの、食べるの?」

「これも集めて炒ってお茶にするんだ」

「お茶なんだ! いろいろあるんだね」

「そうだね」


 ここにもドクダミなどのハーブ茶の材料もあるし、ハリスの乾燥茶葉も届けてもらっている。

 でも同じ種類の草ばかりというのも、なんだか飽きてくる。

 いろいろな選択肢があるのは保険的な意味でも有効だろう。


「猫、猫じゃらし~。にゃうにゃうにゃう」

「にゃうにゃう、です」

「みゃうみゃう、みゃう!」


 みんなで猫になったような気分で猫じゃらしを集める。

 手が空いている街の人とかも、様子を見て手伝ってくれた。


 そして手元には大量の猫じゃらしの穂が集まった。

 これを手で実の部分だけ取り出す。

 次にフライパンで軽く炒ると、はい猫じゃらし茶の出来上がり。


「なんだか少し香ばしくていい匂いする!」


 ミーニャが鼻をヒクヒクさせていた。

 ラニアとシエルも少しうれしそうな表情をしている。


 炒った猫じゃらしをお湯で煮だす。


「おいち」

「まあ、悪くはないです」

「新しいお茶だ、みゃぅ」


 こうしてホテルの飲み物の一覧に猫じゃらし茶が加わった。

 これは期間限定で飲み放題のサービスだ。

 アイスのものは氷代だけ有料。

 自分でホットを入れる分には無料だ。


 あまり飲んだことある人がいないのか、珍しがられて重宝した。

 すごく美味しいというほどでもないが、やはりバリエーションがあるのはうれしい。


 トライエ市のラニエルダ防壁が完成し、トライエの家の修理などを済ませた大工衆が、手が完全に空いたので、グループでエルダニアに来ているのだ。

 今は領主館ホテルに滞在している。

 中央の噴水の周りでは仮設のテントがあったが、場所を移動させた。

 目的はちゃんとした家の再建だった。


 最初は噴水前のラファリエ教会からだ。スポンサーにはもちろんトライエ領主とトライエのラファリエ教会からも出資が出ている。

 教会は新しい街での布教にも熱心らしい。全国七十七とかいう謳い文句は伊達ではない。

 すでに基礎工事が始まっている。

 家が一軒、また一軒と建て直されていけば、街を本格的に再建できる。


 これからの発展が楽しみになってきた。


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