72.エクシスの滝へ

 土曜日。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 鐘の音の大きな音が鳴る。

 あぁ、この辺、ラファリエ教会に近くて、鐘の音が大きくはっきり聞こえる。


「むにゃぁ、エド、あさぁ? エドすきぃ」

「みゃぅぅ、私もエド君、好きぃ、むにゃむにゃ」


 ミーニャが半分起きて甘えてくると、それを察知したシエルも何だか言っている。

 ミーニャの好き好きアタックは今日も調子がいい。


「おし、ミーニャ、シエル、朝だぞ」

「うん、救世主様ぁ」

「はい、エド君、もうちょっと寝たいみゃう」


 なんとか起こして、さっと簡単な朝ご飯を済ます。

 簡単と言っても、豆とサトイモ、タンポポ草などを一緒に炒めたものを作る。

 あとはサトイモ煮、フキの煮物、酢ショウガなど作り置きの一品料理がある。


 犬麦茶に氷を入れて、アイス犬麦茶にする。


 今日も朝から気温がぐんぐん上がって、もう暑いくらいだ。


「さて朝ご飯を食べたのでラニア連れて、エクシスの滝まで行こう」

「え、エクシスの滝って、あの橋があった?」

「そそ」

「分かった。私はどこまでもエドちゃんについていくから」

「わわわっ、私もエド君についてくみゃう」


 二人の忠誠度は結構高い。

 そういうゲームがあったら攻略対象のフラグがすでに立ってるんだろうな、とは思う。


「ラーニーアーちゃーんー」

「はーい」

「今日は森だ。装備よろしく」

「はいはーい。すぐしたくします」


 今日はちょっといつもより時間が早い。


 子供の足で行くには、滝はすこしばかり遠い。

 一生懸命に歩かないと。


 四人パーティーでスラム街をRPGのマップチップに乗って進む。


 切り株の平原で、少しだけ採取をしながら進む。

 今日もエルダタケを発見。幸先はいい。


 森との境界線に到着した。


 人間が木を切ったので、ここまでは切り株と低木しかない。

 いきなり森になる。


 ここが伐採の最前線だけど、スラムの住民はあらかたテントやあばら家を建て終わったので、ほぼ現在は伐採していない。


「んじゃ祝福よろしく」

「はーい」


 ミーニャが左腕に杖を構えて、右腕を右側へ向けて、準備する。


 いつからか俺たちはそれに倣って、よく兵士とかがやっている右腕を胸につける兵士の敬礼をするようになった。

 右手をグーにしてぴったり胸の前で横向きにして、数秒間静止して、ミーニャを見守る。


 ミーニャが聖印を切る。


「ラファリエール様、私たちをお守りください」


 ――祝福が降ってくる。


 これはもう天から「降ってくる」以外に形容しようがない。

 これがこの世界のことわりであって、魔法の一種なのだ。


「さて今日は探索じゃないので、目の前の草だけ、いいものがないかチェックして。後は無視で」

「「「はいっ」」」

「今日はまっすぐどんどん進むから」

「「「はいっ」」」


 三人分、いい返事をする。


 宣言した通り左右をあまり見ず、進んでいく。

 歩くことに集中すると結構速い。


 森を進むと一言で言っても、違いがあるんだな。


 木漏れ日。

 木々の葉が擦れる音。

 鳥のさえずり。


 森の様子がわかる。

 今日は平和そうだ。ありがたい。


 これが異様に静かだったり、逆にざわついていたりすると、何か危険がある。


 歩く。とにかく歩く。


 目標地点はエクシスの滝だ。

 道沿いを歩いたほうが近いと思うかもしれない。

 エルトリア街道を進んで、エクシス橋でエクシス川沿いに折れて進むとL字に進むことになる。

 それなら最初から森の中を斜めに進んだほうが近い。


 それに川沿いの崖の下を進むのは、崖下の河原がほとんどない場所がある。

 川の崖上を歩いても、崖が左右に曲がっている個所があり、落ちる可能性がある。


 一番短くて安全なのが、実はエクシス森を斜めに横断することなのだ。


 ただ方向がわからなくなると詰むという欠点はある。


 なるべく直線的に進む。

 太陽の向きには注意する。


「ゴブゴフ」


 ゴブリンだ。数はイチ。ソロだった。


「ファイア」


 ラニアの短縮詠唱のファイアの餌食になって、すぐに倒した。

 俺は見てるだけ、あと解体。


 魔石を取り出す。

 相変わらず綺麗な魔石だ。


「キィー。キィー」


 聞きなれない声だけど、これはシカだ。

 何頭かいて俺たちを見て警戒音を鳴く。


 目の前を二頭、通過していく。


 大きさは俺たちより少し大きい。

 角が生えている。

 オスの角は大きい。メスのは少し小さいなど違いがある。

 茶色に斑点があるシカ模様でお腹側とお尻が白い。


 すると「キィー、キィー」反対側からも「キィー、キィー」と鳴くのが聞こえる。


 俺たちを挟むように左側から右側へ、シカの群れが鳴きながら通過していく。


「シカのお肉……」


 ミーニャが残念そうにぽつりと言った。


「まぁ今回はエクシスの滝が目的だから」

「そうだけど、お肉ぅ、食べたかったな」

「帰りに見かけたら、狩りも試してみよう。そもそも弓矢とかも持ってないし」

「そっか」


 剣で突っ込んでいって鹿狩りとか難しそうだよ、ミーニャ。

 魔法か弓矢とかないと、ちょっと。




 ざぁぁあああああ。


 音がする。水が落ちる音だ。


「近いね。このへんかな」

「滝についたの?」

「うん」


 俺の言葉にミーニャが質問して俺が答える。


 歩くスピードを落として、滝へ近づいていく。

 右手方向が下流なので、右側から回り込む。


 この辺の土地はほぼ平坦で北側のほうが少しずつ高くなっている。

 厳密に言えば平地ではなく、南側のエルトリア街道の付近まで北にそびえるヘルホルン山の裾野が緩く広がっている。

 その裾野がエクシス森林になっている。

 その途中にエクシスの滝がある。


 少しきつめの斜面を降りると、下が川になっていた。

 川の部分だけ土が削られて、細い谷を作っている。


 ヘルホルン山は大昔ではなく、有史の初期に大噴火をしてこのあたり一帯を作ったらしい。

 だから土地が新しい地形なのだそうだ。


 古い土地の川ならもっと幅の広い谷ができて河岸段丘みたいになっているはずだ。

 そうではなく谷は川幅と少ししかない。


「わっ、川だぁ」

「ああ、滝だから当然、川あるよね」

「そうですね」


 ミーニャが驚いて俺が説明、ラニアが同意する。


「みゃう」


 遅れてシエルが鳴いた。

 会話に参加できなくて悔しかったらしい。


 川岸に降りるとそこは谷底で、目の前には大瀑布エクシスの滝があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る