61.エルダニア

 トライエ市とエルダニアの中間地点、バレル町だ。

 翌朝、今日も宿の微妙なスープを味わって食べて英気を養う。

 腹に入ってしまえば似たようなものだ。


 黒パンは普通だったからまだよかった。

 黒パンにも当たりはずれがあって、古くてクソ硬いパンがあるらしい。

 旅をしていると激マズ飯にも当たることがあると同じ隊商の人が冗談交じりに教えてくれた。


 俺のスープの秘訣を聞かれたが流通していないキノコの出汁がうまいんだと説明したら微妙な表情をされてしまった。


「そのキノコ売ってくれたりは?」

「いや在庫もほとんどなくて」

「どうやって入手したんだ?」

「その辺に生えてるのを採りました。子供四人で半日で四つくらいですね。採れるの」

「そ、そうか。ちなみに採取地は?」

「え、スラムのすぐ外の平野ですよ」

「あんな場所か、ふむ。確かに誰も手を出してない土地だな」

「そうそう、すごく似てる毒キノコがあるんです。ご注意を」

「そ、それは。ありがとう」


 さすがにここまで説明すると引き下がっていく。

 商人だから目がマジ顔しててヤバかった。

 あれがタカだかトンビだかの猛禽類が獲物を狙っている目だった。


 あれだけうまいんだから商機を見るのもわかるが自家用なんだごめんな。


 これが少しコショウ入れるだけでとかなら買ってくればいいんだけどね。

 あ、そうそうコショウも入れると美味しいね。

 まだ砂糖とコショウは買っていないんだ。


 意外に思われるかもしれないけど、売買額が金貨になるとさすがにおいそれと買ってしまおうという勇気がまだ出てなかった。


 うん、でも今度買ってこよう。


 今日も街道を進んでいく。


 お昼休憩をしてご飯を食べた。

 またうちのスープを食べにくるみなさん。

 料金取るぞこの野郎。

 冗談はともかく、みんなすっかりお気に入りだ。


 またひたすら街道を行く。


 そうして夜は少し遅くなってしまったので簡単に適当な料理で済ませる。


 また慣れない女の子たちの甘い匂いに包まれながら眠った。


 翌朝3日目。今日の朝ご飯だ。

 イルク豆でさっと済ませた。

 隊商の他の人たちには豆だったのでぶぅぶぅ言われてしまった。

 美味しいスープが飲みたいんだって。

 知らんがな。


 俺たちは夜警できる人員がいなくて、おまけ料理で免除してもらっている身なので、一応、持ちつ持たれつではある。

 スープも他の人たちの分は、がっつり分けているわけじゃなくて、小さいお椀に軽く一杯程度だ。


 馬車の旅を再開する。

 昼過ぎぐらいにはエルダニアに到着する予定だ。


 トコトコ進んでいく。

 馬車は揺れにくいものの、たまに小石を踏んだりするとガタンッて音がする。


 ガタン。


「うにゃっ」

「あう」

「みゃう」


 そうすると荷台から女の子のかわいい声が聞こえてくる。

 なんだかちょっとイケない声に似ていて俺だけ一人もんもんと過ごしていた。


 ぐへへ。


 美少女奴隷を三人、輸送する悪い奴隷商であります。

 毎日栄養のある餌は食べさせております。

 夜も無理やりぐっすりと眠れるようにさせております。

 適度な会話や運動もたまに行っております。

 健康的ですべすべお肌でしっかり肉付きのいい美少女に育てるでありますよ。


 ぐへへ。


 などと奴隷商ごっこを脳内妄想しつつ先へ進む。

 マジで奴隷になりかかったシエルからしたら、ヤメテってビンタされちゃいそうな妄想だけど、外には出さないようにしよう、うん。


 そうして道を進んでいくと道の先のほう、森の上に細い白い煙が昇っているのが見えた。


「エド君、煙だ」

「おう、なんだろう」

「大丈夫、ご飯を作ってるんだ」

「あぁ炊事ね」


 狼煙のろしではなくて、炊事の煙だ。


 俺たちは魔道コンロを使っているので電磁調理器みたいに煙は出ないが、薪を使った炊事なら当たり前だけど煙が出る。


 ちゃんとした炭なら煙も少ないが、そんな高級品使っているわけなかった。

 それなら魔道コンロのほうがコスパはよさそうだし。


 煙の方向に進むことしばし。


 ついに城門が見えてきた。

 門戸は破壊されたままで、機能していない。


 兵士がいる。ちゃんと人はいるらしい。

 全部で八人。剣や槍、あと弓兵もいた。


 馬車の列は速度を落として城門も素通りして、中に入って停まった。


「お疲れ様、今日はここで一泊だ。それからエルフさんちはここで終わりなんだよね?」

「はい」

「じゃあまた明日出発するときに挨拶していくから」


 門の中は酷い有様だった。

 木造の家という家はほとんど全壊していて、木片が山になっていた。


 中心地近くには簡易小屋がいくつもあり、そこで人々が生活している。

 中央の噴水は生きていて、水が汲めるのだ。


 住民は四十人くらいかな。


 俺たちはドリドン雑貨店のような、ここの中では立派な小屋の販売店へ食材などの物資を納品した。


「ご注文の品、お届けに来ました。僕はギードといいます」

「やっときてくれましたか」

「すみません。なんだか遅れたみたいで」

「いや、あんたたち代理だろ。よくこんなところまできてくれたよ」

「はい、そう言っていただけるとありがたいです」


 ギードさんが店主に話しかけて駄賃を貰っていた。


「ねぇねぇ、あれ、あのストリート沿い」

「なに?」


 ミーニャが目ざとく何か見つけたようだ。


「サクランボだよね? 甘いんだよね?」

「あぁ、確かに」


 北大通りの街路樹は一度幹が倒れた跡があったが、新芽がこの八年で成長してちょうどいい高さの木になっていた。

 その木がサクラの木なのだ。

 正確にはサクランボの木で、春にはさぞピンクの綺麗な花を咲かせたのだろう。


「あぁサクラ通りのことかい」


 販売店の店主が説明してくれる。


「あのサクランボは領主のものだったんだけど、領主も逃げちまったからねぇ」

「あぁあの悪徳領主ですか」

「知ってるんだ」

「俺たちラニエルダに住んでるんで」

「そりゃ、知ってるだろうなぁ」


 エルダニア領主、ベーベン・ドリアンドン伯爵はモンスターが暴走したのを知った直後、馬車で真っ先に逃走していたのだ。

 ここまではラニエルダでも有名な話だ。

 この話にはもちろん続きがある。

 防衛戦の領軍は独自の判断で城壁内に市民とともに立てこもりどうしようもなくなっていた。

 そこへ北のヘルホルン山の向こう側隣りのエルフ国のサルバトリア公爵がエルフ騎士団を早急に派遣してくれたのだ。

 領軍およびエルフ騎士団の挟み撃ちにより奮戦し市民を外へなんとか逃がすルートを確保した。

 しかし兵士たち自身は盾となりそのほとんどが全滅した。

 支援に来た精鋭のエルフ騎士団も壊滅したらしい。


「エルフには感謝しているよ」

「あぁ、いえ、はい」

「エルフ騎士団が来なければ領軍だけでは逃げることすら難しかったからね」

「そうみたいですね」

「その後のサルバトリアには悪いことをした。みんな悔しがっている。北に足を向けて寝れないよ」

「どうも、どうも」


 鑑定で見た名前を確認してみる。


 ギード・ラトミニ・ネトカンネン・サルバキアとある。

 サルバキアとサルバトリアね。

 つまり結構なご関係みたいですね。


 店主はまだ情報を知っていそうなので、ちょっと渋い顔をしているギードさんをよそに話を続ける。

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