第11話 バス釣りの季節
「4月はバス釣りを始めるのにいい季節なの」と美沙希は言った。
小河川のヨロコシ川が大河キタトネ川に合流する岸辺で、彼女は小魚を模したハードルアー、シャッドを投げていた。
カーキ色のパーカーを着て、ポケットが多い黒のレディース用山ズボンを穿き、グレイのキャップをかぶっている。迷彩柄のウエストバックをつけていて、そこには各種のルアーや釣り用の小物が入っている。
その隣で、カズミはカットテールワームをつけたダウンショットリグで釣りながら、美沙希の話に耳を傾けている。
淡いピンクのトレーナーとデニムパンツを着て、靴は美沙希とお揃いのアプローチシューズを購入して履いている。小型のリュックサックを背負って、お菓子やスポーツドリンクを入れている。
4月下旬の祝日の早朝。風が少し冷たい。ヨロコシ川の岸には菜の花が咲いていた。
「冬はバスは深場に落ちているの。3月も浅場はまだ水温が低くてなかなか釣れない。4月になると、水温が高くなって、バスは産卵のためにシャローへ上がってきて、釣れるようになるのよ」
「シャローって何?」
「釣り用語で水深が浅い場所のこと。バス釣りはアメリカから入ってきた釣りだから、カタカナ用語がたくさんあるんだ。たとえば、あたりのことはバイトって言うの。初めて聞いたときは、なんで釣りなのにアルバイトって思っちゃった」
学校では無口な美沙希だが、釣り場では普通にしゃべる。カズミは美沙希が自分とだけ話してくれるのがとてもうれしい。カズミにとって、美沙希と釣りをする時間は特別な時間だ。
魚が釣れると楽しいが、釣れなくてもいいぐらいだ。
キタトネ川をバスボートが走っていく。波が岸まで寄せてくる。
「いいなぁ、ボート。私もボートで釣りたいけど、高校生には敷居が高いよねぇ」
「もしボート釣りをするようになったら、あたしも乗せてね」
「いつか、ふたりで一緒にボート免許を取りに行こうよ」
ふたりで一緒に。カズミの胸が高鳴る。
「うん! 行こう!」
釣りをしている美沙希の横顔が凛々しい。カズミは見惚れてしまう。
「ヒット!」
美沙希が叫んで、ロッドを鋭く立てた。
竿が折れそうなくらい曲がっている。
「これ、でかいよ!」
美沙希の顔に興奮と緊張が入り混じる。カズミは吸い込まれるように彼女を見つめる。
「バラしたくない! 釣りたい!」
ロッドが持っていかれそうになるほど魚の力が強い。美沙希はぐっと力を込めて竿を支えた。
最初はリールを巻けないほど魚の抵抗が強かったが、しばらく粘っていたら弱ってきた。美沙希は慎重に魚を寄せる。
最後は川に身を乗り出して、ランディング(取り込み)した。
「やったぁ、釣ったよ! カズミ見て、大きい!」
「やったね、美沙希!」
美沙希はドキドキしながらメジャーで体長を測定した。45センチ。これ1匹釣っただけで、今日釣りにきたかいがあったと思えるほどの良型だ。
「プリスポーニングの雌バスだね。お腹が大きい!」
「プリスポーニングって?」
「産卵前ってこと! これもバス釣り用語だよ」
美沙希は満面の笑顔だった。
「カズミ、写真撮って!」
美沙希はカズミにスマホを渡した。右手でバスの口を持ち、左手でVサインをしている美沙希を撮影。
「あっ、あたしのスマホでも撮っていい?」
「うん、撮って撮って!」
カズミは美沙希の笑顔をアップにして、スマホにタッチした。
美沙希の写真をゲット!
カズミは画像を確認した。うん、うまく撮れている。
かわいい美沙希の写真を入手した。カズミにとてもうれしい瞬間だった。
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