教会の魔女編
山越え
アルディナの街を出た俺たちは、国境に跨る山へと向かって歩いていく。
この山は道が険しい上に、麓付近には山賊が、山頂付近には魔物が棲息しており危険だと言われている。そのため、ラザフォード王国とエートランド王国にはあまり人の出入りがなかった。
……と聞いていた。
ティアがこちらに来るときも隊商の荷物に潜り込んでずっと馬車の中で息を殺していたが、何度か周囲で交戦する雰囲気があったという。
しかし。
「何と言うか、拍子抜けですね」
一日目の夕方ごろ、リンは早くも弛緩した表情を浮かべていた。
「そうね。もっと命がけの旅路だと聞いていたけど」
フィリアも頷く。
実際のところ、俺も口にはせずともそう思っていた。
確かに山道に入ってすぐに山賊に襲われたが、山の中から飛んできた矢の雨を全てティアの防御魔法で防ぎ、フィリアが攻撃魔法を撃ち返すと、山賊は戦わずに逃げ帰っていった。
さらに山道を登っていくと、やがてグリフォンやワイバーンといった魔物が襲ってきたが、誰も彼もほぼリンが一刀で片付けてしまった。
もちろんグリフォンやワイバーンも十分強い魔物なのだろうが、ダンジョン内で戦ってきた数々の魔物やリオナに比べれば大したことはない。
せいぜい七層や八層レベルの強さと言ったところだろうか。
そのため徐々に緊張が解けていき、夕方になることにはすっかり物見遊山の気分になっていたという訳だ。
むしろ峻険な山道による疲労の方が大きいようで、旅慣れていない俺たちは一日目にしてそれなりに疲労が溜まっていた。
「そうですね。向こうからこちらに来たときは隊商の方々は何人も負傷していたようですが……」
ティアも戸惑うように言う。
これまでは俺たち全体が強くなっているので周囲と比べても強くなっていることを実感しづらかったのだろうが、過去の自分と比べることで自分の成長を実感しているのだろう。
「思ったよりも進めているようだし、今日はもう休むか」
「本当ですか!?」
俺の言葉にリンが無邪気に喜ぶ。
今歩いているのは周囲が岩だらけの山道だが、すぐに寝泊まりするのにちょうど良さそうな岩陰を見つけ、野営の準備を始めた。
俺も背負っていた大荷物を下ろす。
アルディナの街で大量の職業を集めた俺は筋力も大幅に上がっていて、食糧や毛布のような物資を苦もなく大量に持ち運ぶことが出来るようになっていた。
それは三人も同様だったので、俺たちは旅の途中と言いつつもたくさんのお酒や餞別代りにもらってきたたくさんの料理をまるごと持ってきていた。
それらをリンとティアが率先して広げていく。
フィリアも手伝おうとするが、元々こういう経験がない上に職業の補正もないので作業がおぼつかない。
「申し訳ないわ、こういうことに不慣れで」
「そうですか、まあきっとそのうち慣れますよ」
「はい、別に難しいことでもないので」
「ありがとうございます」
女子三人で仲良くやっているところに割って入るのもなんなので俺は適当に薪を集めて戻ってくると、洞窟前には焚火が用意され、おいしそうな鍋が煮えていた。
そして洞窟内には寝床がセッティングされている。
「おお、すごいな」
「はい、結構いい肉や野菜をもらったので実はこれが楽しみだったんです」
リンは嬉々とした表情で言う。
旅に不慣れなフィリアや祖国に対して複雑な思いがあるティアと違って彼女は純粋に楽しんでいるのだろう。
確かに色々なことを置いておけば、気ごころの知れた者同士で比較的安全に遠出をしてキャンプをしているという状況でもある。
「どうぞ」
リンが鍋を取り分けてくれたので俺たちはそれを食べる。
「おいしい……」
ギルドで食べた料理と違って簡単な鍋に簡単に味をつけたものだが、外で焚火を囲みながら食べているという状況もあいまっていつもよりおいしく感じる。
「はい、確かにいいお肉をいただいたのもありますが……普段の何倍もおいしく感じます」
「これまで何となく敬遠してたけど、やってみると意外と悪くないわね」
フィリアもしみじみとつぶやく。街の酒場や宿で食べる食事も悪くはないが、こうして初めて聞いたところで焚火を囲みながら食べる食事もいい。
こうして俺たちは楽しい夕食を済ませて眠りについたのだった。
それから二日間、そんな感じの楽しい旅が続き、出発してから三日目の夕方に俺たちはエートランド王国側に降り立ち、村に着いた。
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