リオナⅤ

 気が付くと私はどこか見知らぬところをよろよろと歩いていた。

 あのとき、私は確かにアレンに大量の「奴隷」を送り込まれた。そのおかげで、というかそのせいで公爵に押し付けられた「奴隷」の効果が揺らいだ。そしてアレンの命令を受ける直前、ドラゴンのブレスにより私と彼の間は遮られた。


 その結果、私の中で何が起こったのかはよく分からないけど、とりあえず今の私は公爵の命令を聞こうという意志はないし、アレンの命令を受けようという気持ちにもならない。ただ、二人のことを思い出すと猛烈に頭が痛くなる。


「うぅ……」


 そして嫌でも私は思い出す。

 私は薄暗い部屋に連れていかれ、魔力が充満した筒のようなものに閉じ込められる。部屋にはいくつもの水槽のようなものがあり、そこには魔物の頭や心臓のようなものがぷかぷか浮いていた。


 そして水槽と筒は管のようなもので繋がれ、アルト公爵が呪文を唱えると、何かが私の体に流れ込んでくる。体も脳も拒絶しているのに、それでも何かは勝手に私の中に入ってきて、私の体を蹂躙した。

 それは例えて言うならお腹がいっぱいなのに大量の生肉を口から押し込まれるようなそんな気持ちの悪さを百倍にしたような感覚だっただろうか。


 やがて私は気絶し、気が付くと私の中でフリューゲル公爵は「ご主人様」になっていて、アルト公爵のしている実験が「いい実験」だと説明されると私はそれを完全に受け入れてしまっていた。


 しかし支配が解けた今となってはそれらのことが全く信じられなくなってしまっている。

 最初は世の中が正しいと信じていて、アルト公爵の実験でそれが裏切られた。

 そして今度は偽りの信念を植え付けられてそれが打ち消された。

 正しいことって何だろう?

 でもそのことについて考えると過去のことを思い出してやっぱり頭が痛む。


 気が付くと、私は行ったことのない村に辿り着いていた。

 頭の中はぐちゃぐちゃにされたけど、実験でもらった大量の職業とその力は残っている。そのおかげで私は力仕事とか狩をしながら食い扶持ぐらいは稼ぐことは出来た。

 もっとも、生き延びたとしてこれからどうしたらいいかは分からないけど。


「そこの旅の方、あなたは随分お悩みのようですね」


 これまでの村ではただの日雇いの仕事をする旅人としてしか見られてなかったので、優し気な言葉に私ははっとする。


 目の前にいたのは優し気な表情の老婆だった。

 すでに私の中ではこのことは一人で抱えるには重すぎる問題になっていた。そして、こんなことは知り合いよりも赤の他人の方が話しやすい。


「そうなんです」

「私で良ければ聞きますよ、解決できるかは分かりませんが」

「はい……」


 私は言われるがままに自分の事情を話す。

 と言っても真実を話しても信じてもらえないだろうから適当にぼかして話す。

 最初は世の中の仕組みが正しいと思っていたけどそれが裏切られたということ。自分が信じていた人にも裏切られたこと。

 次に信じていたことも嘘だったということ。

 そして今は何が正しいのか考えるだけでも疲れるということ。


 全てを聞こえると、老婆は慈悲深い笑みを浮かべた。


「世の中はそのようなものなのです。正しいと思われることはたくさんあって、でもその中から本物が発見できる人はとても少ない。ですからあなたがそのように思い悩む必要はないのです」

「でも、みんなは思い悩むことなく人生を生きています」

「それはみんなはあなたが自分の信念が間違っていると気づく前の状態にいるというだけです。あなたはみんなより劣っていると思うかもしれませんが、気付きを得たということはむしろ一歩前進しているといっても過言ではありませんよ」

「そ、そうなのですか?」


 私は老婆の言葉に救われたような気持ちになる。


「この村にはあなたのように世の中の難しさに気づき、悩んでいる人がたくさんいます。もし行くところが決まっていないのでしたら共に悩んでいきませんか?」

「え、そのような人が他にもたくさんいるのですか!?」

「もちろんです。みなそういうことを他人に知られたくないと思って隠しているだけです」


 それを聞いて私はなぜかとても救われたような気持ちになる。

 そうか、自分は一人じゃないんだ。


「はい、私もみなさんとお話してみたいです」

「それは良かったわ、きっとあなたのような若い方がきたらみな喜ぶもの。ついてきて」


 こうして私は老婆についていき、村外れにある山荘のようなところに向かうのだった。

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