キメラ
翌日、俺たちはフィリアに錬成してもらった武器を手に取り、ダンジョンに向かうことにした。
これまで思わぬ強敵とぶつかったり、リンの武器が壊れたりであまり奥の階層まで行けなかったが、今回は万全の状態だし、転移石もあるからいきなり五層から行ける。
そんな訳で俺たちは士気も高かった。
ダンジョンの入り口付近に差し掛かると、人だかりが出来ているのが目に入る。
「あれは何だ?」
「さあ」
三人とも知らないらしいので、俺たちも他の冒険者と同じように人だかりの後ろから中心を観察する。
するとそこには一体のトロールと、その首筋にまたがった兵士がいた。
基本的にトロールは仲間を作らないし、ましてや人間を背中に乗せることなどありえない。その上トロールは人間が着るような精巧な金属の鎧を着ている。
基本的にトロールに鎧を作る技術はないし、仮に人間から略奪してもサイズが合わないので、ボロ布や革鎧しか身に着けていないことが多い。
その異様な光景に誰もが目を見張っている。
「何なんだこれは!?」
「トロールの被り物か?」
「新しい職業か?」
皆が様々な疑問をぶつけるが、兵士は首を横に振った。
「これはアルト公爵閣下が開発した人間に従順な魔物だ。このトロールは俺の命令に完全に従う」
「そんな訳があるか!」
冒険者の一人が野次を飛ばす。
周囲の冒険者も同調して頷く。
「なら見るが良い。左手を挙げろ」
兵士が叫ぶと、トロールは黙って左手を挙げる。
もしかすると公爵の力を使って徹底的に苦痛を与えて調教したのかとも思ったが、トロールの目には恐怖の感情は見受けられない。
それに先ほどの兵士は“開発”という言葉を使っていた。
それからも野次馬が「芸をさせろ」「躍らせろ」などと無茶ぶりをするが、兵士は言われた通りにトロールに命令してそれらを実行させていた。
その光景を見て最初は疑念の眼差しで見ていた聴衆も、次第に
ティアはその光景に対しておぞましさが勝ったのか、顔をしかめている。リンの方は何か思うところがあるのか、トロールを凝視していた。
「アルト公爵が開発したと言っているが、何か知っているか?」
俺は公爵の命令でやってきたというフィリアに尋ねた。
すると彼女は首をかしげる。
「さあ……私は普段は公爵と関わりがある訳ではないけど、一つだけ心当たりがあるとするならば噂がある。それは、公爵がお金に困った人々を大金で買っているけど、買われた人は帰ってきたのを見たことがないというもの。真相は分からないけど、人体実験をされているという話もあるわ」
「でも、人間で人体実験してもトロールには関係ないだろ」
「それはそうね」
フィリアは何か可能性を考えていたようだったが、頷く。
さすがの彼女も消えていった人間と従順なトロールの関係はよく分からなかったらしい。もしかすると生まれたばかりのトロールを人間を餌にして育てたのかとも思ったが、そんなことをすればトロールは人間の味を覚えるだけではないか。
「ところでリンは何か思うところがあるのか?」
そこで今度は俺はトロールを見つめているリンに声をかける。
「いえ……気のせいだとは思うのですが、あの目、前に命令を受けたときの自分の目に似ているのではないかと思いまして」
「そんなことがあるのか?」
「それは分かりませんが……しかしどうにもそれと近い雰囲気がするのです」
リンが持つ「奴隷」という職業は主人に設定された人物の命令を受けると逆らいづらくなるという特性がある。「自殺しろ」というような極端な命令であれば逆らうことは出来るが、「落ちているものを拾え」程度の命令であれば強制的に従わせることが出来る。
リンによれば今トロールが命令に従っている状態はそれに近いという。
「でも、トロールに職業なんてないだろ?」
「もちろんそうですが……本当にそうでしょうか?」
リンは俺の方を見て首をかしげる。
「本当に、というのは?」
「これまで当然だと思われてきたことで、実は当然ではなかったこと、いくつもありましたよね?」
言われてみれば、これまで「当然だ」と思っていたことはいくつも俺の力によって覆されてきた。大体、人間同士職業の受け渡しが出来るのだから魔物に受け渡せないという確証はない。
「とはいえそんなことが……」
俺は急いで人混みをかき分けて芸をしているトロールの近くに向かう。
そしてトロールが持っているであろう職業を見る。
そして戦慄した。
「奴隷」「奴隷」「使用人」「兵士」「奴隷」……
ただのトロールのはずなのに、彼には大量の職業が混ざっていた。
その様子を見て俺は思わず気分が悪くなる。
なぜかそのトロールがたくさんの職業を持っている様子はとてもいびつで気味が悪いのだ。
何か、あるべき秩序、大袈裟に言えばこの世の理から外れているものを見てしまったかのような。
人間に限りなく似ているけど人間ではないものを見たとき。たくさんの細かいものが整然と並んでいるものを見たとき。
それ自体が不気味ではないものでも、時折人は見たものをおぞましく感じるときがある。まさに今がそのときだ。
俺は職業を受け渡しできるとはいえ、リンやティアに複数の職業を渡せば合成もしくは強化されてしまうため複数所有という状態にはならない。
だから職業を複数持っている存在を外から見るのは初めてだった。
もしかして俺も自分を俯瞰してみればこんな気持ちの悪さを覚えるのだろうか?
考えてみてもよく分からない。
俺は頭を抱えながら人混みの外に戻った。
「と言う訳で俺は今からこいつとともにダンジョンに向かう。冒険者たちよ、ダンジョンが踏破される日も近いかもしれないな」
そう言って兵士はトロールとともにダンジョンへ入っていった。
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