ナンパ男

「ねえ君、可愛いね。俺Bランクパーティーのディグルっていうんだけど、俺たちのところに来ない?」


 不意に一人の人物がティアに話しかける。

 すらりとした身長に、甘いマスクの顔立ちでいかにももてそうな感じだ。腰に提げている剣は業物で、実力者の風格を漂わせている。職業は「魔導剣士」という少し珍しいものだ。

 おそらくかなりモテるのだろう、断られることを微塵も想定していない様子がうかがえる。


 ちなみに冒険者にはAからFの六段階のランクがある。Sランク以上もあるらしいが、街のギルドの一存では認定出来ないらしい。

 そのためBランクということはこの街では上位と言えるだろう。

 ランクを上げるには試験を受けるか指定された魔物を倒さなければならないらしいが、そもそも俺は正規の冒険者登録証を持っていないため、ランクすらない。


「いえ、すでにパーティーに入っておりますので」


 こんなチャラ男相手にもティアは礼儀正しく断っている。

 話を聞く限りだと色んな貴族から引っ張りだこだったらしいので、こういう誘いは珍しくもないのだろう。

 それにいくらこいつが強くて顔が良くても、貴族の男たちに比べれば大したことはないのか、ティアは全く喜ぶ素振りを見せない。


 そんなティアの反応を見て、男は少し意地になったように言葉を続ける。


「そうは言っても、そこのまだランクすら決まってない冴えない男のところだろ? 俺たちについてこれば強い魔物を倒して報酬も思いのままだが」

「いえ、そういうのは間に合っていますので」


 俺に金貨の袋を惜しげもなく渡してきたことを思い出すと、ティアは本当に金銭への執着は薄そうだ。


「おいディグル、お前また他の女に手を出すのか?」


 ディグルの仲間と思われる眼鏡をかけた「魔術師」の男が呆れたように言う。

 声をかけ慣れているようだが、やはり色んな女に声をかけているのか。言われてみれば、彼はティアの体を舐め回すように見つめている。


「いいだろう? 彼女を見てくれ。こんなきれいな女性はそうそういるものじゃない。こんな方が俺以外のパーティーにいるなんてこの街の損失だ」

「……まあこんなことを言っているが、腕は確かだ。我らのところに来ても損はないと思うが」


 止めてくれるかと思ったが、魔術師までティアを勧誘し始める。


「そう言われましても……」

「いいだろ、一回ぐらい。それに俺はこっちのテクニックもすごいんだ」


 そう言ってディグルはニヤリと笑うと、ティアに腕を伸ばす。

 ティアはその手をぴしゃりと払った。


「触らないでください!」

「何だと?」


 さすがにディグルは怒ったのか、今度は本気で力をこめて手を伸ばしてくる。

 それを見てリンが、こちらを見る。恐らく止めに入ろうとしてくれるのだろうが、ここは俺が助けなければ恰好がつかない。


「やめろ」


 俺は短く言うと、ぴしゃりと彼の手を払いのける。

 Bランク冒険者と聞いて身構えていたが、思いのほか軽く彼の手を払いのけることが出来たことに少し驚く。


 それを見て彼は俺をギロリと睨みつけた。


「おい貴様、ランクもない冒険者風情がこの俺に触れるな!」


 そう言って彼は素早く拳を繰り出してくる。


 が、素早いのは素早いのだがその動きは手に取るように見えてしまった。そして俺が右手を出すとまるで飛んできたボールを掴むように拳を受け止めてしまう。


 渾身の一撃をいなされたディグルは呆然とした。


「な、何だと!?」

「その程度の力でティアを勧誘しようとは片腹痛いな」


 そう言えば「王女」を手に入れてから戦闘らしきことは何もしていなかったが、まさかここまで身体能力が向上していたとは。

 俺は振りほどこうとするディグルの手を握りしめながらそんなことを考える。

 そして俺が手を離すと、彼はもがいていた反動でよろめき、後ろのテーブルにぶつかる。


「こ、この野郎……」


 彼は顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

 が、直接対決ではなかなわないとみたのか、声を荒げて言った。


「くそ、だが結局冒険者に大事なのはどんな魔物を倒せるかだ! 俺たちは今から地下十層でワイバーンを倒してくる! お前たちにそれは無理だろう!」

「おい、そんなことを勝手に決めるな」


 傍らの魔術師が止めようとするが、ティグルはよほどプライドを傷つけられたのか聞く耳を持たない。


「おい女! もし俺たちがワイバーン討伐に成功すれば俺のものになれ。分かったな?」

「……」


 困惑しているティアを尻目に、ティグルは肩を怒らせてギルドを出ていった。

 ディグルやその一行の姿が見えなくなるとティアはほっと息を吐いてこちらを見る。


「ありがとうございます」

「いや、当然のことをしたまでだ。しかしもし本当にワイバーンが倒せるなら腕は確かなようだな」

「呑気なことを言っていていいんですか!?」


 俺にとってはどちらかというと他人事だったのだが、傍らのリンは怒っていた。


「別に向こうが勝手に言っているだけだから気にする必要もないだろ」

「それはそうですが……しかもあいつ、なぜティアさんだけに!?」

「え、それは……」


 ティアは申し訳なさそうに俯く。

 リンの視線がティアの胸元に向かった。


「やっぱり許せません! やつら、ダンジョンの奥で事故死させてやりましょう!」

「そんなことを大声で言うな! 事故死はさせるものじゃないし、相手がどれだけクズでも冒険者同士の私闘は禁止だ!」


 そんなことをすれば俺たちが牢に入れられてしまう。


 それを言えば今のも私闘ではあるが、気性の荒い者が多い冒険者の中では日常茶飯事のようで、周囲には特に気にしている者もいない。

 むしろ、「あのティグルをいなすなんて」と感心すらされている。


「ではせめて私たちがワイバーンを……」

「まあいずれは倒してもいいが、とりあえず今日はティアの初ダンジョンだ。そう焦るな」

「すみません、私が変な男に絡まれたせいで……」


 ティアは見た目が可愛い上に物腰が柔らかいから変な男を引き寄せやすいのだろう。今も申し訳なさそうにしている。


「明らかにティアは悪くないが、確かに堂々としていた方がいいかもしれないな」

「なるほど。確かにこれからはびくびくする理由もありませんからね」

「そうだ。と言う訳で気を取り直してダンジョンに行くぞ」

「はい」


 こうして邪魔は入ったものの、俺たちはダンジョンに向かった。




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