リオナ Ⅰ

「リオナ、この国がどうしてこんなに栄えているか知っているかい?」

「王様がすごいから?」

「まあそれはそうかもしれないね。だが、そうではない。仮に王様がすごかったとしても国民がすごくなかったら意味がないだろう?」

「えー、じゃあ私たちみんながすごいの?」

「それはそうかもしれないね。でも私たちみんながすごいのはグローリア神が私たちに職業を与えてくださっているからなんだ」

「そうなんだー、グローリア神ってすごいんだね」


 私は幼いころに父としたやりとりを思い出す。父はロメルの街の神殿に勤める神官だった。職業はただの「神官」だったが、熱心な信者で毎日祈りを欠かさなかった。

 そして幼い私にも繰り返しグローリア神の凄さを伝えてくれた。

 そのため私は幼いころからずっと信仰を持ちながら育ってきた。


 大きくなってもそれは変わらなかった。


 いや、むしろ成長した今の方が信仰心は大きいかもしれない。社会のことを知るにつれて「職業」という力が及ぼしている影響の強さを知るのだから。


 例えば、「農民」の職業を持つ者はただの農民に比べて力も強いし農作物や肥料について詳しい。「職人」であれば手先が器用だし、「兵士」であれば戦闘に長けている。

 一人一人ではその力は小さな上積みであるが、国全体で考えるとすごい力になる。

 他にも「将軍」「大臣」という社会の指導者になるべき人物が職業という形で明示されていることで、その地位をめぐって争いが行われたり、無能が賄賂とか色仕掛けとかで重要な地位についてしまったりということがなくなっている。


 だから本当にこの仕組みは凄いことだし、それをくださっているグローリア神は偉大な存在だ。もちろんその人の能力に見合わない職業が与えられる、という多少のバグのようなものはあるのかもしれないが、全体の恩恵に比べれば微々たるものだ。もしくは本人が、神の与えてくれた適正に気づいていないだけかもしれない。

 だから些細な点をあげつらって神を冒涜する者は許せないと思ってきた……それなのに。


 アレンが神様に職業を与えられなかった、と聞いて私は死ぬほど驚いた。

 神殿でも言っていたように、グローリア神は慈悲深いのでどんな人にでも、その人にふさわしい職業を与えてくださる。例外は聞いたことがない。


 まさか、ずっと幼馴染だと思っていたアレンが神を冒涜していただなんて。

 そのことを知った瞬間私は驚きについで目の前が真っ暗になった。彼はずっといい遊び友達で、私が困った時も相談に乗ってくれたというのに、職業をもらえない存在だなんて。どんな者にでも職業を与えてきたグローリア神が職業を与えないなど一体どんなことをしてきたのだろうか。


 それとも、アレンはどんな職業ももらうに値しないほどの無能ということだろうか。


 そう思うと、あんなに仲良くしてきたのに裏切られた気分だ。まさかそんなことを隠して十年近く遊んでいたなんて。

 そう思うと、もうアレンの顔を見たくもなかった。自分がせっかく「聖剣士」になったというのにそんな喜びもなくなってしまい、私はアレンから逃げるように神殿を出る。


「はあ」


 神殿の外に出ると、求人の掲示板があるのが見える。

 何となく見ていると、フリューゲル公爵家から護衛として「聖剣士」の求人が出ているのを知った。フリューゲル公爵家というのは敬虔なグローリア信徒の家系で大司教や大臣など国にとって要職にあたる人物をたくさん輩出している名門貴族だ。確か現在の当主も大臣だったと思う。 

 そのフリューゲル公爵家に仕えることが出来るのは大変名誉あることだ。


 もうアレンのような罰当たりな奴のことは忘れて、これからは名誉ある家に仕えて立派に生きよう。そして不心得者のアレンの分まで神のために働くのだ。




 それから数日後、私は早速、少し離れた街にあるフリューゲル公爵家の屋敷に出仕した。

 広い庭に壮麗な屋敷。ロメルのような小さな街では全く目にしなかった光景だ。


「すごい……」


 この国では基本的に貴族は世襲だけど、ふさわしくない家、もしくはふさわしい跡継ぎが生まれなければグローリア神が「貴族」などの職業を授けないので、家は断絶してしまう。

 そのため貴族たちもただ安楽をむさぼっているという訳ではない……らしい。


「今日からお仕えすることになった『聖剣士』のリオナです」

「どうぞこちらへ」


 私が挨拶すると、メイドが奥へと案内してくれる。

 屋敷の中も高級な絨毯や壁紙に装飾され、珍しい骨董品や美術品があちこちに飾られていて、まるで美術館のようだ。こんなところで働けるなんて、と私は胸が高鳴る。


「ではこちらでお待ちください」


 応接室のようなところに通された私はそこで緊張しながら待つ。

 数分して、ガチャリとドアが開き、初老の老人が入ってくる。


「君がリオナか。わしがドルク・フリューゲルだ」

「よ、よろしくお願いします!」


 私は慌てて立ち上がって頭を下げる。まさか公爵閣下自ら会いにきてくださるなんて。


「聞くところによると君は聖剣士のようだね。聖剣士というのはなかなか現れないし、授かる者がいても他家との取り合いになってしまう。だから今回君を我が家に迎えることが出来て嬉しいよ」

「あ、ありがたきお言葉!」


 大貴族にこのような言葉をかけてもらい、頭の中が真っ白になる。


「平民の身でありながらそのような職業を授かるとはきっと素晴らしい才能を持っているに違いない。是非今後はわしのために働いてくれたまえ」

「は、はい、この身に替えましても!」


 私のような仕官したての小娘に直接このような言葉をかけてくださるとは。

 感激した私はフリューゲル公爵に忠誠を誓ったのだった。


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