2 廟議

 宮中では午前中に国の運営を任された代表者が宮中に集まり、国の政策・課題・方向性を話し合う会議が行われる───廟議である。政策決定を行うにあたってその頂点に天元を置き、その下に役人である大氏おおうじ大名おおなを置く。

 大氏は天元が国を平定する時に家臣であった五つの家の代表者が受け持つ。柚比ゆび家、雀居ささい家、須玖すく家、嘉穂かほ家、宇木うき家である。

 大名は二つの家が就く。その家は時代によって変わっていく。杏化天元が天元の地位に就いた時の大名は市来いちき家、伽耶かや家である。

 廟議には天元、大氏、大名が参席する決まりとなっている。そしてその席にはトキも同席するのが常だ。しかし杏化天元が在位してからというもの、トキは廟議に参席していない。従って今は総勢八名で廟議を行なっている。

 宮中には廟議の間が設けられている。そこには広い空間の真ん中に大きな檜の机が置いてあり、それを取り囲むようにして各参席者の席が用意されている。中心となる位置に天元の席があり、その横にトキの席、そして大氏、大名と席が続く。

 杏化天元はいつも一番最初に廟議の間にやって来て他の者が来るのを待つ。天元が一番最初に廟議の席に着くというのは過去を遡ってもあまり例がない。先代天元の晩年ではあり得ないことのひとつだった。しかし、杏化天元は在位二年。天元といえども他の者に比べて経験数が圧倒的に少ない。また、彼は参席者の中で一番年若かった。故に彼は誰よりも先に廟議の間に行き、他の者の到着を待つのである。

 杏化天元が一人待っていると、少しして広間に続く廊下から盛大な足音が聞こえてきた。その足音の主は広間にいる杏化天元を認めると勢いよくその場で叩頭する。

「おはようございます、杏化天元! 今日もまた気持ちのいい朝ですな!」

「おはよう、須玖。確かに、今日も良い天気に恵まれそうだな」

 杏化天元が須玖と読んだ男はそれを聞くと満面の笑みを見せた。

 須玖の歳は二十代後半。大男であり、大食漢である。しかし肥えている訳ではない。程よく筋肉が全身についている。武器の鍛錬を日々行っている賜物だろう。須玖家は代々武器を扱うことに長けており、国の平定時にはその武力を遺憾なく発揮したと言われている。

 大男の須玖がいそいそと席へ移動する姿は、生まれたての子犬が体の使い方を探っているような動きに見える。それがおかしくて杏化天元はほんの少し口元を緩ませた。杏化天元はこの須玖という男が嫌いではない。その様子を微笑ましく見守る。

「今年の米の収穫は昨年程とはいきませんが、そこそこ良さそうです。早速新米が届いたのですが、なかなかに美味ですぞ!」

 須玖は席に着くなり言った言葉に杏化天元は頷く。

「そうか。それは良いことだ」

 ───収穫量が減るのか。しかし味は良い。これはどう考えるべきか。

 杏化天元は嬉しそうにしている須玖を見ながら静かに考える。

 大氏にはそれぞれ管轄している直轄の農地がある。須玖が食べたという米はそこで採れたものを指す。天元にも直轄の農地は存在するが、その米は基本的に宮中の備蓄に回される。天元には須玖のように新米を食べる機会は滅多にない。

 須玖は新米を食べることができた喜びが止まらぬのだろう、楽しそうに一人話を続ける。

「ええ、良いことです! 夏には虫が多く、その時点である程度の収穫は諦めていたのですが、農民たちが頑張ってくれました。今年の米は虫が食らうだけある! 甘さが最高ですぞ! 奴等は美味いものを見分ける達人ですな!」

 須玖が米の出来を延々と杏化天元に説明していると、再び廊下から足音が聞こえた。須玖と比べて控えめの足音である。

 その人物は落ち着いた仕草で廟議の間に入ってきた。柚比である。

「おはようございます、杏化天元。今日もよろしくお願いします」

「おはおう、柚比。今日もよろしく」

 柚比はその場で静かに叩頭し、杏化天元に敬意を払った。

 柚比と呼ばれた男は須玖とは真逆の線の細い男だ。歳は四十代。どこか憂いを帯びた佇まいをしているが、その眼には熱意が漲っている。柚比家は国の平定時には天元を友として励まし支えたと言われている。そのためだろう、柚比の国を想う気持ちは天元と同じかそれ以上かと過去評されたこともある。

 柚比の登場に須玖は嬉しそうに手を叩いた。

「柚比よ、今年の新米はもう食べたか? 収穫量は足りないが、とても良い出来だぞ! これは何やら良き兆候かもしれん!」

 柚比は須玖の言葉に静かに微笑むと、自身の席へと移動した。

「そうですか。須玖の言う通り、今年は去年より収穫が減っているとは聞いていましたが、味が良いか。良いことを聞きました」

 柚比はそう言って杏化天元の右隣の席に座る。柚比家は杏化天元の母親の実家である。そのため天元に二番目に近い席を充てがわれている。

「今年はそんなにも米の収穫は減ったのか?」

 杏化天元の問いに、須玖と柚比がそれぞれ頷く。

「ええ。私のところは虫にだいぶやられましたな。柚比のところもそうか?」

「はい。対策は施しましたが、それでも被害は大きかった。おそらく他の農地も同様でしょう」

 杏化天元はその報告を聞き、自身の管轄農地の米は例年通りすべて備蓄に回し、決して手を付けないよう役人たちにお願いしておこうと心に決めた。

 須玖と柚比が米の収穫量のことを話していると、また廊下から足音が聞こえた。今回は二人分の足音である。二人は並んで広間へとやって来た。

「おはようございます。また一段と冷え込みましたな」

「おはようございます、杏化天元。まったく、この寒さには毎度堪える」

 二人の男はその場で叩頭した。その姿を見て杏化天元は声を掛ける。

「おはよう、嘉穂、雀居。確かに最近、朝の冷え込みは一段と酷くなったな。それぞれ、風邪などひかぬよう気をつけておくれ」

 嘉穂と呼ばれた男は顔を上げ悩ましげな表情をした。

「お気遣い、ありがとうございます。………これだけ急激に冷え込むとなると、炭が足りなくなる恐れが出てきます。今からでも増産に移るべきなのかもしれません」

 嘉穂の言葉に杏化天元は少し眉を寄せる。

「それほどまでに今年の冷え込みは厳しそうか?」

「今はまだ何とも。ですが、わからないからといって対策を怠ってよいことにはなりません」

 杏化天元は嘉穂の言葉に頷き返す。

 嘉穂は骨格のがっしりとした男で、頭の回転が良い。歳は五十に差し掛かろうというのに、その切れ味はまるで錆びない。何事にも抜かり無く先手を打つのを良しとしている。嘉穂家の者は皆そうなのだろう、その抜かり無さを買われ国の平定時には物資の運搬を主に担当したと言われている。

 雀居は嘉穂の提言に耳を傾けながら両手を擦り合わせた。

「嘉穂の言う通りかもしれません。この寒さ、昨年よりも酷いものに感じられます。その証拠に我が家では既に風邪をひいている者が数人おります。このまま何もせず冬を迎えれば凍死する民が出てもおかしくはありますまい」

 雀居の言葉に杏化天元は眉を寄せた。

 ───民の飢え、凍死は避けなければ。民がいなくなれば国がある意味もない。民あってこその国なのだから。

「それは良くないな。早急に対策を打たなければ。………炭以外にも何か用意出来れば良いのだが」

「炭以外ですか? それはなかなかに難題ですなぁ」

 雀居はそう言うと微笑んだ。その笑みに杏化天元は緊張していた気持ちを少し解す。

 雀居は小柄な男性で歳の頃は四十代。緊張した場を解すことに長けている。そのため杏化天元は彼の存在に、気持ちの上では何度も助けられた。雀居家は代々そのような気質の人物であったのだろう、国の平定時には相手を翻弄し困難な道を切り開いたと言われている。

 嘉穂と雀居は並んで席に移動する。するとすぐに廊下から足音が聞こえた。苛立たしそうに歩いているその者の足音を聞いて須玖が笑う。

「やや、この足音は宇木か! 今日もまた機嫌が悪い!」

「機嫌が悪いとはなんだ!」

 広間に顔を出した宇木はそう言って須玖を睨む。その光景に宇木を除く大氏が皆笑った。

 宇木は中肉中背の男性で歳は三十代。だが実年齢よりも少し幼く見える。常に苛立っているかのように振る舞っているのが難点だが、その目に抜かりはない。細々としたことによく気がつくのだ。宇木家は国の平定時には大小様々な問題を迅速にすべて処理したと言われている。

 宇木は笑った者たちをそれぞれ睨みつけるように見回した後、杏化天元に叩頭した。

「おはよう、宇木」

「おはようございます。今朝もお変わりなく。………さて、そろそろ大名を呼びましょうか」

「ああ。そうしてくれると助かる」

「はい。おい、そこの者、大名を呼んでこい」

 宇木は広間の戸口に立っていた衛士に声をかけた。その命令に衛士は頷き、急ぎ足でその場を離れる。

 大氏は国の平定に尽力した一族である。だが大名はその時々で選ばれる家が次々と変わる。そのため大名は直接、廟議の間に来ることが許されていない。大氏が揃って初めてその場に参席することが許されるのだ。

 少しして衛士に連れられて大名が現れた。市来と伽耶である。二人はそれぞれ広間の入り口で叩頭する。

「おはようございます、杏化天元様」

「おはようございます、今日もよろしくお願いいたします」

「ああ、おはよう。さ、二人ともこちらへ」

 杏化天元の声かけに市来はゆるりと立ち上がり席へと移動する。大名の席は大氏よりも末席。天元からは一番遠いところにある。

 市来は歳の頃五十代、この中では一番最年長である。各地にある名産品や工芸品を流通させる技術を持っており、その技術を買われて大名となった。市来家がその地位を戴いてから三代目となる。

 一方、伽耶は市来が席に座るまでじっとその場を動かず、市来が座って初めて自身の席へと移動した。

 伽耶は歳の頃二十代半ば。この中では杏化天元に次いで若い。その顔は精悍。嘉穂とはまた違った頭の良さがあり、先代天元の時代にその実力を買われて大名の地位を戴いた。その頭の良さは大陸からの物品の買い付けで培われたのであろう、と先代天元がよく評していた。

 そして、伽耶はトキの存在を忌み嫌っている、という噂が宮中にはある。

「これで全員ですな。では、廟議を始めましょう」

 宇木がそう言って手を叩いた。

 その時だった。

「その前に、僕の話を聞いてもらえると助かるのだけれど」

 広間に面した庭から、一人の男性の声がした。

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