3.雷雨の中の影追い劇 -5-
それから、すぐに私達はレンに言われた病院の駐車場にたどり着いた。
街はどこもかしこも、お祭り状態。
これが終わって…芹沢さんたちの処置が終われば…なかったことになるけれども…
消える直前の世界とはこういうものなんだって体感できた。
"夢の世界の住民でよ。夢から醒めないように、夢を見てるやつ殺すって話、よく怪談話とかであるだろ?あれと同じさ。唯一違うのは誰が夢の主なのかもわからず暴れるってだけのこと…怖いんだろうな。体感で、今いる宇宙が終わるってのが"
何時か、過去に芹沢さんが言っていた言葉を思い出す。
その通りの世界になっていた。
でなければ…子供は泣きわめいて死んで、老人や女性も真っ先に死んでいく世界なんてそうそうないだろう。
「行くか…見てらんないな。こんなの」
「そうだね…こんなのって、ないかな」
私はレンの左横について、病院の中へ入る。
こんな緊急事態でも、私達レコードキーパーは存在感がない。
急患と、怪我人への対処に忙しそうな病院内。
きっと碌に休めていないであろう看護師さんが、辛そうな体に鞭を打って奔走している。
泣き声に、騒ぎ声に、怒号。
ここは内戦地域なのだろうか?
何処の人を見ても、皆がレコード違反者。
最早3軸にいたか、可能性世界にいたかもどうだっていい。
私は、左手に持った拳銃を向けることもなく、病院の待合室の壁に寄り掛かってへたり込んだ。
「流石に疲れたか?」
「ちょっとね…少し、休憩……」
私は同じように、横に座り込んだレンの方に顔を向けた。
「にしても…これが…レコード違反者にあふれた世界なんだな」
ふと、レンが呟くように言う。
「そう…私も初めて見た。どうなるかは…部長とか芹沢さんが言ってたけど」
「……こうも見せられると、ちょっと現実感がないな」
「今までの自分を殴ってやりたくなる。知識として知ってるだけで…こんな風になるとは夢にも思わなかったから」
私はボーっと、混乱の最中に陥っている院内を見回していった。
「それで…レコードによれば木島正臣は何時ここに来るの?」
私は、徐々に怠く、重くなっていく体を動かしてポケットからレコードを取り出すと、ペンで彼のフルネームを書いた。
横にいるレンも、こっちに近づいてきて、私のレコードをのぞき込む。
”午前1時54分 勝神威中央病院に来院 ”
そう書かれた文面を見てから、病院の待合室に置かれた、大きな時計を見る。
1時30分…そろそろらしい。
私は、倦怠感に苛まれるのを何とか抑え込んで、立ち上がった。
「彼が患者として、こんな時間に来るなら…きっと正面からは入ってこない」
私は左手に持った拳銃の薬室に弾丸が装填されているかを確認すると、病院の奥へと足を進めた。
上の看板を見れば…夜間の外来受付は、正面入り口からではなく、ちょっと奥まったところにあるらしい。
「あと20分ちょっとって所か」
「ええ…終わらせましょう」
私は普段の調子で、普段の口調で冷たくそういうと、病院の廊下を進む。
歩いて進んでいくと…後ろから駆けてきた看護婦さんが私達を追い抜いて行った。
「案外、木島を仕留めなくても勝手に死ぬんじゃないかな?」
私は、なんとなく思ったことを口にする。
そういえば、彼のレコードがないと思って、ずっと調べていなかった。
レコードを取り出して、彼のレコードを表示させる。
今までの処置のように、自然と…そして、出てきたレコードを見て私は足を止める。
そのあとで、私はレコードにもう一文…問いを書き込んで読み込ませた。
「……そう」
私は返ってきた答えを見てレコードをしまうと、同じように足を止めて、こちらを見たレンの顔を見て笑う。
笑顔と言っても、少し気味の悪い苦笑いだ。
「どうかしたか?」
「さっき、こんなことってないなって言ったけど…ちょっと何も言わないで、私に合わせて」
私は左手に持った銃から消音器を外す。
そして、さっき駆けて行った看護師の、小さくなる背中に銃口を向けて引き金を引いた。
横目に見えたのは、レンの驚く顔。
耳に飛び込んできたのは久しぶりに聞いたこの銃の銃声と、少し遅れて聞こえてくる院内の絶叫。
「おい、レナどういう…」
「木島は発作を起こしてここに来る。彼は3時半に発作が原因で死ぬ。でも、そうはさせない…」
「なら来たところを殺せばいいじゃないか!なんで…ここで…」
「違うよレン。ここにいるのはこの世界の人間じゃなかった。彼はそこまで計算に入れてたんだきっと。だから、入ってくるのは外来の入り口じゃない」
「救急搬送?それでも!」
「そうじゃない…そこでもない…この病院にいるのが…」
そう言いかけたとき、奥から出てきた人間に銃口を向けると、私は躊躇もせずに引き金を引いた。
数発で殺すと、レンに私のレコードを投げ渡す。
"木島とこの病院の関係は?"
"スポンサー"
そう書かれただけだが…それだけでレンは納得したのだろう。
少しだけ、恐怖心の残った顔で苦笑いすると、レンは来た道を振り返る。
さっきまでの喧騒はどこへやら。
逃げ惑うのは…たまたまここに来た一般人。
レコードを違反している一般人だ。
だが、それ以外…木島のいる世界から混ざりこんだ人間は……
そう考えている間に、私達は前後から蜂の巣にされる。
意識を失う直前…私達の何かが吹き飛んだ。
そして、病院の床に血だまりを作って倒れ伏す。
駆けよってくる男達。
私は、その場で再生したが…起き上がらずにそのまま彼らを待った。
「おい、気づくのが遅れてんじゃねーよ。どうすんだ?」
「仕方がないだろ!…木島さんが来るまではここで何とかするしかない…」
「馬鹿がこいつら殺すと生き返るんだぞ!…適当に捕らえるしかないだろ…何やって」
彼らの会話が耳に入る。
私は薄らと目を開けると、倒れ伏した私達の頭上で、男達3,4人が言い争っていた。
私はゆっくりと左手に力を籠め…思いっきり目を見開く。
「な!」
「押さえ……」
突然の蘇生に驚く男達。
その声は引き金を引いた直後に消え失せた。
数秒後に、返り血を浴びまくった私とレンは起き上がる。
口の中に入った血液を吐き出すと、横にいるレンの方を見た。
「いい?レンはそっちから…私はこっちから探して回る。あと15分…ここにいる医者連中は生かさない…」
私はそういって、レンに来た道の方の掃除を頼み…奥へと進んでいく。
レンも、言いたいことはわかったらしく、何も言わずに頷くと、来た道を戻り始めた。
腕時計を見れば、今は1時38分。
木島が運ばれてくるまではあと少ししかない。
ココが大騒ぎになっているからと言えど、他は彼の仲間が大騒ぎを起こしてる。
ココ以外の選択肢もなくなった。
彼が自ら閉じてしまった。
私は先ほどの男たちのように…少し戦いなれた連中やら…看護師…医者…普段は頼るべき人間に銃口を向ける。
弾倉はおよそ1つ半……30発ちょっとしかなかった。
そのことに気づいた私は、1階を大方掃除しきった段階で銃を下した。
すでに2つ目の弾倉も空になっている。
最後の弾倉に入れ替え…あとは身近にあったメスを拝借する。
階段を上がると…その先は一般病棟だ。
それでも、どこの誰が木島と繋がっているかも調べる暇がない以上…仕方がないが手あたり次第やった方が早い。
どうせ消える世界の住民相手なのだから…
消える時間が早まったところで問題はない。
私は、2階に上がってから…返り血に染まったまま、目についた関係者を次々と手にかけていく。
1人1人…機械的に。
私がレコードキーパーになってから、4年。
なんだかんだで慣れてしまった。
快楽殺人者じゃないんだからと、私は自分に言い聞かせて。
淡々と胸や首を切り裂いていく。
部長がこの姿を見たら卒倒しそうだとか考えながら、私は淡々と仕事をこなしていった。
今は1時45分。
あと10分弱…
2階を沈黙させる頃には、私の手は真っ赤に染まっていた。
2階の端…何かの治療室に隠れていた若い看護師を始末した後で、建物の中央付近…エレベーター前まで戻ってくる。
今は2階だが…3階以上には上がる必要はあるだろうか?
施設案内図をみながら、そんなことを考えていた。
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