3.雷雨の中の影追い劇 -4-

ゆっくりと目を開ける。

目の前に映ったのは、何処かもわからない天井だった。


「あ、部長。でも大丈夫そうです…ようやく起きました…そうです。今は…じゃぁ、後で……え?寝起きがアレって…あぁ…そうですか…覚悟しときます…いや、しませんよ?」


全く働かない頭で考えるのも諦め、今は視界にレンを入れたかった。

首を動かして、横を見ると、レンが見えた。


「あー、レン…だ…」

「おい、大丈夫か?さっきのこと覚えてるよな?」

「さっきのー…?」


私は、レンが必死な顔をしてこちらを見ているのを、不思議そうな顔で見返す。

そして、周囲を見回した。


「あれ、部長はー……?」


私はさっきまで声だけ聞こえていた部長の姿を探す。

目の前にレンはそんな私を見て、あきれ顔になって、ため息を吐いた。


「レナ」

「何ー?部長は?」


私はまだ宙に浮かんだ感覚でレンを見る。

レン……?


「レン……レン?」

「何だ?目の前にいるぞ」

「そうじゃない…レンはレンだよね?」

「何が?」

「宮本簾!……」

「???」


そういえば、ここは何処なのだろう?

目の前のレンは、私をじっと見ると、思案顔になって…どこからともなく…視界の外から水の入ったペットボトルを取り出した。


「すまん。少し我慢してろよ」

「え…?ええ…ぶぐぐぐぐ」


レンはそういうと、いきなりペットボトルの水を私の顔にかける。


え?


キンキンに冷えた冷水が私の顔にかかる。


冷たい!

冷たい!

冷たい!


息も…続かない…


 ・

 ・

 ・

 ・


「ハァ……ハ…レン、どういうつもり?殺す気?」

「いや、そういうわけじゃなくてだな」


息が整った私は、寝かされていた机の上に座ると、そういった。

体中ずぶ濡れで、寒気がするが…今は顔が一番冷たい。行き成りどういう仕打ちだろうか?


大体、さっき部長の叫び声はハッキリこういっていた


「ダムの彼は罠!すぐに……」


あれ…思い出せ…ない?

私は頭を抑える。


「レナ」


いや、木島に散弾銃で撃ち抜かれたはずだ。

なら、倒れているのはあの小屋でないとおかしい。

何が?何があったの?


「レナ!」

「うわ!」


思考の海に沈んでいる私を、レンが強引に引き上げた。

彼もまた、ずぶ濡れの体で、私の肩を強めに掴んで叫んでいる。


「…レン、痛い」

「…すまん。で、頭ハッキリしたか?」

「混乱してる…どうして…発電所に?…さっきの部長は?」

「ああ…やっぱさっきまでのは部長の言った通りだな」

「え?」


私は呆けた顔でレンを見上げる。


「木島の奴に木端微塵にされたのは覚えてるよな?そして生き返ったんだが、レナはどうにも目が覚めなかった。で、なんとか血だらけになって、真っ二つになった…なりかけてたレナをこっちに戻してきて…ようやくさっき目が覚めたわけだ」


レンは少し気分を悪くしたのか、顔を青くしていった。


「で、さっき目が覚めたわけだが、その前に部長から電話があってな?”寝起き”のレナだったらまず会話が通じないから冷水でもかけてやれって…そしてその通りにしたら元に戻った…それでいいか?」

「そう…だったの」

「焦ったぞ。なんか俺の名前をずっと呼んでるんだから…」


レンは少しだけ、焦った様子で言った。

私はコクリと頷くと、レンは私の拳銃を私に押しつけた。


「車で街まで戻るぞ。今は12時。リミットまで3時間。事態はもっとヤバくなりやがった」


そういうなり、レンは私のことも置いてスタスタと歩き出した。


「え?ちょっと、どういうこと?」


私も、慌てて机から飛び降りて、レンの横に駆けていく。


「ダムの彼が罠だって言ったよな?」

「ええ。でもラジカセも壊したし、ココの人は全員殺した!何があったの?」


早歩きで車に戻る。

濡れたまま乗るのは気が引けたが今はそんなことを言ってられる時間もないらしい。


車ににって、エンジンをかけると、私はわけもわからぬまま車を発進させた。


「ダムは辻褄があったし、理由としてもしっかりしてた。しすぎてた」

「…なら、木島は?どうして罠の再奥地にいたの?」


来た時と同じように、出来るだけ飛ばしながら峠を下る。


「木島じゃないんだ。木島だと思ってた奴の見た目は…まんまとやられた」

「え?」

「覚えてないか?あの時空港に居たもう一人…」


私はレンの言葉に…少し、前のことを思い出す。

今日の、正午…くらいに見た…派手な姿の"木島"…そして…そして?

私は思い当たる人影を1人、思い出す。


派手な"木島"を出迎えていた、スーツの男。


「あ…あのスーツの?」


そういうと、レンは頷き、そして…


「ああ、奴が木島だ」


嘘にしか聞こえないことを言い出した。

確かに、遠かったから顔は見えなかった。でも、彼が木島?


「嘘でしょう?芹沢さんがまたミスを?」

「違う、やつら単純な方法でレコードをだましやがった」

「え?」


峠を下っていく中で、私は彼に驚かされっぱなしだ。

いや、部長に聞いたのだろう…それでも、今のレンはまるで熟練のレコードキーパーのように落ち着いている。


「俺らが空港で見たのは、スーツ姿の男と、派手な"木島"だった。それは覆せない…その情報をもとにパラレルキーパーも、俺達も動いてしまった。碌に今、奴がどんな格好をしてるか調べもせずにな」

「え?じゃぁ…派手なあの男は…"木島"じゃない?」

「ああ…よくできた変装だ」

「でも、でも…レコードには確かに木島って……」

「レナ。そこは俺も悪いがお前のミスだ」

「え?」


私は目の前をじっと見ながら…ぐるぐると頭を回す。


「レナ、さっきレコードを見せてもらったが、普段の処置以外、苗字しか出してないよな?」

「え……まさか…それって。そんなことって」

「今度からはフルネームにしとこうぜ。さっき会った木島は木島正臣じゃない。木島正道…双子の弟だ」

「……そういえば、背格好だけは似ていたね……」

「そう言うわけだ。俺達はまんまと引っ掛けられた…」

「……これからどうするの?」

「芹沢さんから聞いたよ。俺等へのオーダーは変わらないって。ただ…このことの裏を取るのに手間取ったらしい、そのせいで街はいま大騒ぎだって…レコード違反が違反を呼ぶ…混乱する人に、扇動する異世界の住民…もうわかるよな」

「……それはもう、芹沢さんから聞いたことある…処理しなかったときの可能性世界の終末状態か」


私はレンから一通り顛末を聞くと、あざ笑うように笑い、ため息を吐いた。


「……ただ、芹沢さん褒めてたぜ」

「え?」

「レナが生かしておいた2人。奴らに芹沢さんが自白剤使って吐かせたそうだ。レナが昔のままだったら終わってたって…車屋のオッサンは騙された俺らを見てさぞかし喜んだだろうな、助演男優賞ものだ」

「……そういうこと」


私は、何とも言えない苦笑いを浮かべる。


「今回はレナだけじゃない。全体が今まで知らず知らずの合間につけてしまった癖が悪いってよ。ま、レナもそんな顔するなよって言ってたぜ?芹沢さん。あの人エスパーだな。俺でも言いたくなる。そんな顔すんなよって」


私は、芹沢さんがすべてを見越したような顔を浮かべているのを想像して、少し負けた気分になる。


だが、実際には彼の言う通りだ。


木島の勘違いの件は…他の世界故の情報不足を逆手に取られているし…

大量の処置対象を扱うときは苗字しか見ない…だって、苗字さえわかれば、後は私達の"感覚"が教えてくれるから……


「さて、この世が消えるまであと3時間。本物見つけ出してさっさと終わらせようぜ」


横に乗ったレンは、変に元気な声で言った。


「あてはあるの?」

「……ああ。それに、ダムの奴が対象じゃないだけで、狙いも考えも正解っぽい。まだ逆転の眼があるわけだ」


街に入ると、レンは何もかもが吹っ切れたような顔を浮かべる。


「あと2時間半しかないこの状況が返って好都合だった。木島正臣…奴はちょっと病を患っててな。だが、薬は持ってなくって。そのせいで病院に行く必要があるらしい」

「そんなの…全てが終わった後に行けばいいじゃない」

「いやぁ、それがダメなんだ。発作がいつ起きるかもわからない病気らしい…よく知らないけど」

「……じゃぁ、今日の当番病院に…あっ」

「そう、街がこんなんだからな、病院は何処も開けてるだろうよ。怪我人も死人も増える一方だ」


私は街返ってきて、最初の交差点で彼が言わんとしていることに気づく。

国道に当たる交差点。

その先に見える光景は、ちょっと普段は見れそうもない景色だった。


「ダムの木島で目隠しして、街をめちゃくちゃにして目隠しして…参ったね…彼の方が一枚も二枚も上手だったの……」


私は寒気のしてきた体を震わせて言った。

だが、横に乗ったレンはそうでもないらしい。


「何弱気になってるんだ?」

「だって…」

「さっき、芹沢さんが電話してきた後に、かけなおしてきて1件の病院の名前を言ってすぐに切ったんだ」

「何処?」

「市役所の横…勝神威中央病院…」


私は、彼のいった病院に車の鼻先を向ける。


「……どうしてそこ?」

「どうしてって?曰く…あの病院だけが、可能性世界のこの街にしかないものなんだってよ」

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