君だけのフィルム
時を戻すことが出来たら、運命を変えることが出来る。そう誰もが思うかもしれない。
でも時を戻したとしても決して変わらないものもある。
自分の性別を変えたい。なんなら他の動物に生まれ変わりたい。
生まれてくる環境を変えたい。
叶わない願いだとしても
人はそれを望んでしまう生き物なんだ。
永瀬翔。大学3年生。
将来はタイムマシンを作りたい。
大学の授業でこの話をされて何言ってんだこのオッサンと思ったが、今ではそのオッサンの研究室に入ることを決めている。
今年の春。兄貴が婚約者を連れてきた。凄く綺麗な人だった。この人が初めてじゃないかと言うほど女噂はなかった兄貴だから嬉しかった。
次の日から兄貴が泣いていた。人前では決して涙を流さない兄貴が。悲しんでいるというより怒っているみたいだった。運命ってやつを。
「運命ってやつは変えられる。
というより運命を変える=運命を良くするでしょ。自分から不幸になりに行くやつなんてはっきり言ってバカだ。人生をよくする。それはすなわち過去を受け入れて未来に前向きになる。ってことだと思うんす。」
オッサンの口からこれを聞いた時に俺は何となくだけど、その意味がわかった気がした。
2年後俺は佐藤教授とともにとんでもないものを生み出した。タイムマシンだ。
正式名称は人工地球記憶体験装置。ニュースなんかで取り上げられて、冤罪も防げるなんて一時は反響だった。
だが、この過去には信ぴょう性がない。研究チームが勝手に作った過去だ。詐欺だ。
この技術はほぼ完璧だった。でも完璧な過去が邪魔な連中によって俺たちの技術は闇に消された。
3年後、第2号が完成した。
詐欺だと言われタイムマシンは回収、制作も禁止されたが博士と2人で隠れて作り上げた。
全ては兄のために。
2号体験1人目は兄ではなかった。それは兄の元婚約者のアカリさんだった。
アカリさんはタイムマシンから出ると、手紙を書きたいと言い始めた。
どれくらいの時間が過ぎただろう。コーヒーも何杯目か分からない。書いては考えを繰り返したアカリさんの手紙は兄宛てだった。
拝啓
永瀬拓海様
卯の花に夏を思う頃となりました。
お元気ですか?
私は元気です。
かしこまった挨拶はこの辺にして、タクミに伝えたいことがあります。私はこの間、例の技術で過去に行ってきました。まさか翔くんが携わってたなんて知らなかった。でもおかげであなたに手紙を渡すことが出来ました。
まずは過去に行って起こったことを簡単に教えるね。
過去に行ってすぐにあなたに再会しました。
ほんとに偶然ですとてもびっくりしたけど、別の人だと思って接してた。タクくんなんて初めて呼んだ(笑)。別人だと思ってもわたしはあなたに惹かれていき、お付き合いすることになった。
でも聡さんを見かけた時に物凄い罪悪感にさいなまれたの。この世界ではタクミが恋人なのに浮気してるみたいな気がして。それで何回か会ってた、もちろん聡さんにそんな気はなくて、あくまでも知り合いとして。
そしたら記者っていう弟さんに写真見せられて、説明してくださいって言われちゃった。
はぐらかしちゃったんだけどね。
そしてタクミが近づいてきて真実を話した。
とっても楽しくて現実のこと忘れちゃって、考えて、何を確認しに行ったかも忘れて、考えて
考えて考えて。
それでね私...
敬具
岸本朱莉
この手紙を見た兄の背中を俺は忘れないと思う
「大人になるってなんだろうな」
そういいながら吹かしたタバコが目にしみる。
兄も染みたのだろうか。そんなわけないか。
「子供じゃいられなくなるって
ことじゃないかな。」
そんな言葉しか出てこない自分を情けないと思いながらもそれが真実だった。
大体過去に戻れる系の物語は
「大事なのは過去じゃなくて今。
過去は変えられなくても未来は変えられる。
未来に前向きに生きていこう。」
こうやって幕を閉じる。
そんな簡単なことではない。
好きな人を諦めたり、会えない人に会えなかったり、誰かを傷つけてしまったり。
そんな簡単に消して未来になんて進めない。
そもそも前向きなんて言葉が嫌いだ。
人の終わりは必ず「死」だ。
つまり人は死に向かっている。前向きとは死に向かっていくことではないか。
アカリさんからハガキが届いていた。
五十嵐朱莉さんから。
兄貴は笑っていた。
あれだけ好きだった人の他の人との幸せそうな姿で笑っていた。
過去を受け入れるってのは、過去を忘れたり理解することじゃない。過去を他のものとして考えることで、別の世界観で生きているんだ。
そうすることで誰かに迷惑をかけることなく、
過去を忘れないことができるから。
「タイムマシンを作って1番良かったとおもったことはなんですか?」
よく聞かれた質問だった。
1番良かったことは
過去を変えられないことです。
これを言うと大体ぽかんとされる。
過去とは誰かとの記憶の共有によって生まれる。故にこのマシンで見る過去は自分の中の思い出でしかない。
いってらっしゃいお兄ちゃん。
兄もまた過去の旅に出た。
人は大人になる度に忘れてゆく。そしてそれを少しづつ思い出す時には誰も覚えてない。
タイムマシンも同じだ。
誰とも共有出来ない思い出を
『君だけのフィルム』
として抱き続けるのであろう。
END
君だけのフィルム ニュアージュハリソン @nuageharison
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます