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 架空の物語なのか、実査にあった物語なのか、この際どうでもよいことになった。

 ハンネマンさんからしてみれば売れるか売れないか、そっちの方が大切だからだ。

 僕も物語が架空であってほしいと少なからず思っている。

 実際に鬼人オーガーが人の言葉を理解していると考えるだけでぞっとする。


 まぁ、赤ら顔の巨人やその巨人が住まう大陸も見つかってないのだから物語は完全に架空の物語であろうとハンネマンさんは考えている。嵐を抜けた先にもしかしたら何かが待っているかも、と宣伝する事だけは確実だろう。

 孫のクリスの為にも売れる事を祈るとしよう。


「では、これも有難く頂くとします」

「暇つぶしにでもなってくれれば有難い。なんと言っても孫娘の命の恩人なのだから」

「……そ、そう言う事にしておきます」


 命の恩人は大げさすぎる、と何度も伝えてはいるんだけどね。

 やはり、爺馬鹿は一生治らないらしい。


 その後、ハンネマンさんからクリスたちの自慢話を聞かされへとへとになった所でいい時間になったからとようやく解放された。

 窓の外はすでに真っ暗。

 どれだけクリスのネタが尽きないのだろうかと疑問にしか頭に残らなかったのは秘密にしておいてもらいたい。




 そしてその夜、僕は夢を見た。

 えぇ、えぇ。当然、ハンネマンさんとクリスが出てくる夢だ。

 女っぽさが勝るクリスに何となく言い寄られ、甘い雰囲気になったと思ったらハンネマンさんが出てきて地獄に堕とされる、そんな悪夢だった……。


 そして、朝起きた時には全身に汗びっしょりと掻き、フラウに不思議な目を向けられてしまったのは言うまでもない。

 それも仕方ない。クリスに言い寄られて少しばかり嬉しくなってしまった為に顔を向けられなかったのだから。


 それはともかく、クリスやハンネマンさんとはここでお別れだ。

 これ以上、クリスたちと一緒にいるわけにもいかない。

 僕たちには当初の目的通り、この国、フィナレア公国を見て回るという崇高な使命があるのだから……。って、全然崇高な使命じゃなかったな。ある種の暇つぶしだった。


 汗びっしょりの服を着替えて荷物をまとめる。

 チェックアウトするからね。

 次の目的地を目指すのだ。

 ちなみに、次の目的地はフィナレア公国の公都カンツァーロだ。


 公都と言うだけあって華やかな街なのだろう。

 それを思うと今からでも胸がときめく。

 ん、誰?

 ときめきなんて言葉が似合わないなんて言うの。

 失礼しちゃうね。


「おや?もうお出かけか」


 荷物を担ぎ、チェックアウトのためにカウンターへと赴いた僕たちを向かえたのは他でもないハンネマンさん。

 あの悪夢を覚えている僕からすると、何となく顔を合わせづらい。

 違うな。言葉を交わしづらいというべきか?


 それはともかく、僕とフラウはハンネマンさんにぺこりと頭を下げ、話を始める。


「おはようございます。この国には観光で訪れているので、当初の予定通り出かけようとと考えまして……」

「これから、公都に向かうのよ~」


 まだ見ぬ街にときめいているのは僕だけじゃない。

 弾んだ口調で喋るフラウも一緒だった。


「そうかいそうか。ワシらはまだここに残らねばならんので、ここでお別れじゃな」

「ハンネマンさんは公都に家があるのですか?」

「そうじゃよ。言ってなかったか?」


 ハンネマンさんがフィナレア公国出身とは知っていたが、何処に居を構えているかは聞いていなかった。

 まぁ、フィナレア公国の海の玄関口、モガンディッシュの街で宿に泊まっている事を考えれば別の場所に家があるのは誰でもわかる。それが、公都であるかはわからないけどね。


「何処に住んでいるか、聞いてませんでしたね」

「それは失礼した。もし、暇があったら我が家を尋ねて来るが良い。歓迎するぞ」


 ハンネマンさんはそう言いながら懐からカードを取り出し僕たちに渡してきた。

 名刺だね。

 名前と所在地が記されているだけの簡素な名刺だ。ごく少数に配っているからか本当に簡素だ。

 これがあればハンネマンさんの居住地がわかってしまうのでね。仕事場は別だろうから。


 僕たちはそのカードを大事に仕舞い込むとハンネマンさん達に別れを告げて足を進める。

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