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 クリスが線の細い男ではなく生物的な女と知って少しだけ驚いた。

 ほんの少しだからね。

 まぁ、あの格好なら男と見間違えてもおかしくない。

 ……と思う。

 それにしても、へんな性癖を持った男に目を付けられなくてよかったなぁ。

 その性癖はどんなのかって?

 それを僕に聞くのかねぇ……。


 それは置いといて……。


「それにしてもハンネマンさんの孫娘だったとは世間は狭いですね」

「たしかにな。だが、お前たちには大事な孫娘はやらんぞ」

「……。えっと」


 このジジイ、もとい、ハンネマンさん、どこまで爺馬鹿なのか?

 まぁ、ちょっとかわいいところもあるから許してやるか。


「いい人は傍にいるみたいなのでその件については僕の口からは……。それよりも、これですよ、これ!」


 クリスのお相手については僕から言う事はない。

 だって、いつも傍にパートナーがいるでしょ。

 あの死線を潜り抜けた二人だから手を取り合ってやっていけると思うよ。

 うん、そういうことにしておいてくれ。


 ハンネマンさんからの謝辞がひと段落したところで僕は鞄から一冊の本を取り出した。

 ここに来る前に購入した、一回り以上も小さくなった”ご隠居モーゼスの諸国漫遊”シリーズだ。

 この本を紹介してくれたハンネマンさんにはきちんとお礼をしておきたかったんだ。

 旅の道中の暇つぶしに丁度良かったって。

 暇つぶしだけじゃなく、内容も良く書けてるから満足しているってのもある。

 とにかくお礼だ。


「おや?それは刷新された”ご隠居モーゼスの諸国漫遊”シリーズじゃな。それがどうしたんじゃ?」

「いえ、ですから、この本を紹介してくれたお礼をしたかったんですよ。旅のお供にぴったりだったんで」

「なるほど、そう言う事か」


 なんとなくだけどハンネマンさんは僕の言う事に納得したみたいだった。

 この本が売れて巨万の富を築いているかもしれない。大金持ちになっているかもしれない。僕が何冊か購入して貢献してしまったかもしれない。

 それでも道中の時間つぶしが出来たのはまぎれもない事実だ。


「そうしたら、ワシからプレゼントじゃ」


 ハンネマンさんがそう言いながらお供に目くばせをすると、数冊の本が彼の手元に乗せられた。と言うか、お供の人たち、どこから取り出したんだ?鞄が見えなかったんだけど。


「ワシが手がけているこのシリーズはいつも持ち歩いている。誰にあげてもよいようにな。とはいえ、最初のシリーズを改めてプレゼントする訳にも行くまい。ということで最新巻じゃ」


 ハンネマンさんは四冊の本を手にするとすっと僕の前に差し出した。

 小型になったシリーズではなく、大きな版の方だ。


「先日、翻訳が終わり出版にこぎつけた最新版じゃ。膨大な文章だったから初めての四冊構成じゃぞ」


 シリーズとしては第十五弾。先程購入したのは第四章と五章。シリーズの半分も読んでなかった。他国ではかなり値が張るから仕方ないね。


「ありがたく読ませていただきます」

「そうしてくれ。この”ご隠居モーゼスの諸国漫遊”はどこから読んでも大丈夫なように作ってある。だから、この十五弾、赤ら顔の大男が活躍する十五章だけ読んでも楽しめると思うぞ」


 ハンネマンさんから受け取った”ご隠居モーゼスの諸国漫遊”シリーズの第十五弾。

 豪華なハードカバーである証拠に表紙には大男が大剣を振りかざしている絵が描かれている。


「かなりの偉丈夫なのですね、この回の主人公は」

「ま、そうなる。モーゼスのお供との掛け合いは読み応えがあるぞ」

「それは楽しみです」


 僕はハンネマンさんにお礼を言うと、大柄な4冊の本を大事そうに鞄にしまうのだった。

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