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 薄く光を放つランタンの火を頼りに、不穏な空気が立ち込める闇の中を僕たちは進んでゆく。

 歩き慣れた昼間と違い、何とも歩きにくく感じるのだが、それは感覚ではなく現実であると知るのは直ぐだった。

 普段訪れる表の街とは違い、ヴィリディスを道しるべとして向かうのは裏の街だったからだ。


 裏の街と言っても見目麗しき姫が経験もそこそこな少年たちをたぶらかす、そんな場所ではない。生と死がまさに表裏一体で訪れる、そんな場所だ。

 何となくわかるだろうか?

 そこを平気な顔して歩くのだから、何か深い秘密を隠しているとしか思えない。


 とは言え、こんな所で口を開こうものなら命を捨てていると言っても過言ではない。

 その証拠に魔物を見つけて平気な顔をしているフラウがブルブルと震えているのだから。僕たちを監視し、隙あらば命を奪う、そんな人たちがゴロゴロと潜んでいるに違いない。 肌で感じ取ったフラウがこんな調子だ。

 僕にはうっすらとしか感じ取れないから、今はフラウの肩を抱き寄せて安心させる事しか出来ない。


 そして、訪れた一つの建物。

 今にも朽ちそうなドアを押し開けて入って行く。

 ノックをするでもなく、声を掛けるでもなく、まるで我が家に帰ってきたかのように、ヴィリディスは自然に入って行った。


「……」

「……」


 僕は思わずフラウに視線を向けてしまうが、彼女も僕と同じように疑問を抱いていたようだった。

 だけど、このままいても埒が明かないと、ヴィリディスを追ってドアを潜るのだった。


 鼻腔を刺激するカビ臭に眉をひそめながら地下への階段を降りる。

 コツリコツリと三人の硬質な足音が耳に届くが、それ以外は生活音すら聞こえぬ不思議な場所に僕は戸惑いを隠せないでいた。


 そして、階段を下り切ると仕切りの扉があり、そこもヴィリディスは躊躇なく開け放って入って行く。

 フードを取りながら僕たちに向き直り、安心するように告げてくる。


「ここまで来たら大丈夫だ。声を出してもな」


 先に入ったヴィリディスに迎えられた僕たちは声を失った。

 ランタンの火が灯すだけの狭い空間の、それも正面の壁一面を書物が埋め尽くしていたのだ。

 正確には書物とは言えない物も含まれているかもしれないが、これだけの書物を集めるには並大抵の資金力では賄えないのは僕にも判った。それこそ、書物に傾倒する領主が生涯を掛けて集めるような。当然、僕が追放になった男爵家では数冊の書物があれば良い方だった。


「こ、ここはいったい……」


 僕たちの疑問にヴィリディスは魔道具の明かりを灯しながら答えた。


「この場所は隠れ家だ。当然、オレのじゃないぞ」

「昼間行こうとしていた知り合いのか?」

「まぁ、そうなる」


 知り合いの名はバシル。

 ヴィリディスが頼りにしていた魔法や魔物など”魔”と付く様々な物の研究者だった。

 公の研究者とは違い、個人的な趣味の範疇での研究をしていた。

 その彼が所有していた資料がここに集まっているのだと言う。


「ちなみにだが、ここの扉はコーネリアスたちがどんなに頑張っても開くことは無いから、来ても無駄だぞ」


 そう言って胸にぶら下がってるカードをひょいと掴んで見せびらかす。

 それが無いと扉が開かないのだろう。


「ついでに言えば、ここまでたどり着く前にあの世へのお迎えが来るから安心するがいい」

「それって、安心できないわよね?この歳での世に行くのは嫌よ~」


 僕だって、むやみやたらとあの世に行きたいわけじゃない。

 教会に喧嘩を売ったから死んで天に召されるわけでもないと思うけどね。


 ……。


 あれ?全然安心できないじゃん。

 うん、命は大事だ。


「で、ここを調べるのだが……。その前にランタンの火を消してくれ。燃やしたくない」


 申し訳ない、と思いながらヴィリディスの指示にしたがってランタンの火を消すのであった。煌々と光る魔道具の光が勝り、ランタンが点いている事さえ忘れてしまっていた。

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