第30話 外せない視線
「聖子ちゃん、引っ張って来ちゃったー。元気なかったからさぁ。」
と報告しながら、席の追加を店員に依頼する岡。私は自分の右横に立てられていたメニューやポップを下げ、岡さん!何というナイスプレー!と心の中でスタンディングオベーションを送る。熊澤も「珍しい!」と興奮していたが、私の隣からは殺気が漂って来た。念のため、チラリと表情を確認すると、いつも通りのエレガントな笑顔だった。気のせいか、と視線を外そうとしたその時、笑顔のまま無言でこちらを見た。彼女は私にクギを刺しているということを理解した。慎まなければ。
一通り飲み物が届き、乾杯をする。テーブルを挟んで熊澤・岡が、そして私の右斜め前に新たにセットされた席には斉藤が座った。4人掛けのテーブルに、5人で座った形だ。
序盤は、今日は忙しかったねだとか、社員食堂の定食がどうだったとか、私の学校はどうだとか、いつも通りに流れて行った。食べ物がひとしきり届いた頃、
「というか今日、聖子ちゃん元気なくない?全然お酒も進んでないし。何かあった?」
という岡の発言で空気が変わった。不自然にならないよう斉藤の顔を見ようとしたら、ゴクリと喉がなってしまった。彼女がこの店に着いてから、まだ目を合わせてもらっていない。熊澤が続く。
「え、どうしたの?元カレに何かされた?」
あぁ、斉藤が彼氏と別れたことは知っているんだなと思う。岡は「え、別れたの?」と隣の熊澤に小声で確認し、熊澤は深妙な面持ちで小さく頷く。
「いやいや、元カレとは連絡すらとってないよ。」
と斉藤が手を左右に振りながら説明する。
「え、だったらどうして?」
熊澤が心配そうに尋ねる。
「うーん、色々上手く行かなくて。」
「色々って何ですか!?」
しまった。自分が思っていた以上に大きな声が出てしまった。と同時に、今日初めてまともに彼女と目が合った。
その瞬間、ずっと聖子さんに会いたかった!抱き締めたかった!抱き締められたかった!それでも連絡せず我慢した!悩んだ!苦しかった!今日やっと会えたのに!何で冷たいんですか!と、この2週間の思いが堰を切ったように溢れて止まらなくなった。
彼女は、私の目を見たまま、硬直している。
すると、何でもないと言った調子の谷藤の声が、青白い気配を伴って背後から届いた。
「どうしたの2人とも。見つめ合ったまま固まっちゃって。」
ハッと我に帰り、マズイ何とかしろ、と脳内CPUをフル稼働したところ、奇策がヒットする。出来れば使いたくないがやむを得ん、と人差し指を折り曲げ、自分の鼻の穴を確認する素振りをする。
「あ、何か鼻かゆいと思ったら、鼻くそ出てますね。つららの先っちょを感じますわ。トイレ行って来ます。」
イッシーってば、という笑いを背中に受け、どうにかこの場を乗り切れたことに安堵した。
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