スリル&サスペンス

第27話 現実行きのバス

切なさと苦しさと愛おしさを抱いて寝た朝。スズメの鳴き声でうっすらと目を覚ますと、おでこに斉藤の穏やかな寝息を感じる。もう少しこの幸せに浸っていたくなり、夢と現実の狭間を揺蕩っていたところ、斉藤の携帯のアラームが鳴り現実に引き戻される。お互いに言うべきことを言い出せないまま身支度を済ませ、斉藤と別れるバス停へ連れ立って歩く。


バス停に着くと、斉藤が乗るバスが【2つ前の停留所を出た】表示となっていた。あまり時間がない。意を決して少し後ろに立っている彼女を見た。彼女も、何かを決意したような瞳でこちらを見据えた。

「そろそろ、社会復帰しなきゃね。」

彼女が諦めたような表情で静かに言った。

「このままだと戻れなくなりそうで。幸せすぎて。」

私は何も言えない。

バスが【1つ前の停留所を出た】のを確認した。

「イッシーも、私も、幸せにならなきゃ。」

分かってる、でも。2人で温もりを分け合って、抱き締め合って、幸せだった数時間前に戻りたい。聖子さん、家に戻ろう。今なら戻れる。そう目で訴えながら、斉藤のふっくらした手を掴む。

斉藤が大きく白い息を吐き、私の手を握り返す。眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔で私の目を見る。

「ダメだよ、ダメなんだよ。」

前半は私に、後半は自分に言い聞かせているようだった。

バスが、着いた。

このまま手を離したら、あの胸の締め付けが、心臓の高鳴りが、「時が止まればいいのに。」と共に願った思いが、きれいな思い出で終わってしまうんじゃ?息が、できない。言葉が、出てこない。どうすれば…!

その時だった。

「お客さん、乗られますか?発車しますよ。」

斉藤が私の手を払って運転手に言う。

「乗ります、すみません。」


「ありがとう。お互い頑張ろうね。また仕事で。」

そう言って、斉藤は去って行った。

それ以降、斉藤から連絡が来ることはなかった。



学校から帰ると、ベット脇に畳まれたスウェットが目に入った。洗濯しようと手に取った際、斉藤の香りがフワッと立ち上がり、その瞬間、どうしようもなく涙が溢れて止まらなかった。会いたくて、抱き締めたくて、抱き締められたくて、壊れそうだった。

泣き疲れて寝た翌日から暫くは、学校ともう1つのバイトに明け暮れる日々だった。その間、何となく気が進まず、「そういうことをするオトモダチ」のタツさんとは距離を置いた。事あるごとに斉藤のことが頭をよぎったが、グッと堪えて連絡はしなかった。時間が経つごとに落ち着きを取り戻したものの、胸の苦しさは一向に癒えることはなかった。

そうして、2週間ぶりの本家バイトの日を迎えた。

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