第59話 成れ果て
彼らの足取りがあんまりにも確かで、落とし穴なんかにかかってくれるとは到底思えなかったから、俺は自分の姿を隠すこと諦めた。
そうでもしないと足を止めてくれなかったし、隙を作る契機もなさそうだ。
夜明けまではまだまだ時間があって、真っ暗のままだった。姿を隠さないにしてもこっちの方が都合が良かった。
木の上から矢を射った。
続いて石を投げた。
「警戒! 何かいるぞ!」
さすが職業持ちというだけあって何も損害は与えられなかったけど、注意は引けたみたいだ。
ここからゆっくり戦い始めようという算段を立てていた。彼らだって、正体不明の妨害を受けながら森の闇を進むのは負担になるはずだと踏んでいたから。
だけど、彼らは止まらなかった。
引き続き矢を射る。石を投げる。今度はもうちょっと近くから。
だけど、全部弾かれる。石なんかは平然と手で受け取られて、あまつさえ投げ返されたりしてしまう。
そして、彼らは止まらない。連携を取りながら山を狩っていく。
背中に脂汗が滲んだ感触があった。
止めが効かなくなった。
飛び出していた。狙いは盗賊団の端にいた一人だった。
右手、左手と振り子状に枝を伝って、斜めに飛び降りつつ、すれ違いざまに斬りかかろうとする。
寸前である。
白銀がひらめいたのが目に入って、俺は途中で進路を変えた。
片足だけに
歯と歯の間から息を吐いた。シュー、と音が鳴った。
跳び上がって、木の上に退避した。再び跳んで跳んで、位置を悟られないようにする。
──こちらの動きがバレている。
急激に上がった心拍数を下げるようにしながら、彼らを観察して落ち着く。
確信しているのだ。俺に大した攻撃はできないと。
悠々と、彼らは進んでいた。最深部までもうそんなに距離がない。考える時間は残されていなかった。
何かできることはないかと、石を投げた。罠に誘導できないか方向を考えてみた。斬られないくらいの近くを横切って驚かせもしてみた。
でも、彼らは止まらない。全部なんでもないみたいに弾かれるか、無視された。
これが職業持ちで、しかも訓練された大人の
何が落とし穴か。
何が時間稼ぎか。
こんな小石投げたって、何になるってんだ。
──もう、やるしかないんだ。
俺は盗賊団の一番真ん中にいる、頭領の少し前に、両手をとんと着いて降り立った。
さすがにそれは彼らも反応せざるをえないみたいで、俺から一斉に距離を取った。
それだけでちょっとでもやり返せた気になって、快かった。
「リーダー。おそらく報告のモンスターです」
向かい合う頭領、の後ろから声が聞こえた。
「……ああ。」
頭領はそれに平然と答えた。
おいおいおいおい。
この人たちまで俺をモンスター扱いするのか。
勘違いしてもらえていたなら、まあハイデマリーと結びつかない分だけ助かると思ったのだけど、これはあんまりだ。敵なのに間抜けすぎてこっちもどう考えていいかわからない。
「種類に覚えはないがな」
「私もです。新種かと」
「そんなこともあるだろう。しかし、あまりに知能が高すぎる」
「それはそうですが……」
「さすがに妙だぞ。武器も持っている」
……あれ?
ここに来て、俺は事態が妙なことに気付いた。
敵が俺のことをモンスターだと、
それは俺が巧妙に立ち回ったからであり、戦術の成果であると。
だけど、そんなわけないのだ。俺はあくまで素人。ある程度の戦闘経験がある兵士たちが、賢者の卵を防衛しているような存在を、人間だと仮定しないわけがない。
「おい、そこの!」
頭領は俺に向かって声をかけた。
「貴様、人間か?」
「……エ?」
自分の喉から出た声に、驚いてしまった。
やけに震えていたのである。低いようで高いような。
そういえば、一日以上、声を出していない気がした。
「……ア?」
あれ?
声が、出ていない。
「オエ……ア?」
俺の喉から出ているのは、どちらかといえば、声というより、音というべきなような。
喉を触った。
俺以外の人間が喉を触ったみたいで、びっくりした。そのくらい感触が違った。
掌を見た。
真っ白だ。信じられないくらい、血が通っていると思えないくらい真っ白。
頬を触る。
異物感。
毛むくじゃら、のような。
「アエ?」
「人間だな!? 禁忌でも犯したか!?」
頭領の声で、俺は久しぶりに自分の姿と、やったことを客観視した。
そこから考えて、あの薔薇は魔力を保有している。だから食べれば魔力回復薬になる。ただしそれは毒と表裏一体なので、体調の悪化の危険がある。
俺はここを気つけの
これで全部解決。
そんなわけあるか。
そもそも、薔薇を食べた動物が「魔力を獲得する」だなんて言い方から、副作用から逃げようとする魂胆が透けて見えていた。
違う。
薔薇を食べた動物は、モンスターになるんだ。
「……ヒヒヒッ!」
引き笑いだけはまだできるらしかった。
俺は両足だけではなくて、両手も使って地面を踏みしめていた。
なるほど、だから木から木を飛び移る、なんて芸当もできるわけか。
「来い。化け物。引導を渡してやる」
頭領は言った。
立場まで妙になってますます一切合切妙だったけど、彼の声には、憐憫の色があった。
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