第61話 素晴らしき街

 大きく息を吸う。


 そして吐く。


 上げるな。調子に乗るな。役目を弁えろ。



「なあ! ちょっとくらい、乗ってやるよ!」



 大声で角猿を挑発する。


 意図は二つ。


 俺を囮にするということと、みんなに今から俺が相手をするという決意表明。


 だから、別に本心を口にしたわけじゃない。乗りたいなんて思ってない。


 俺の役目はみんなを守ること。



「『瞬間増強パンプアップ百倍がけヒュンダーマール』」



 角猿はニヤァと笑っていた。

 俺が出力を上げたのをわかっているみたいだった。


 援護は期待しちゃいけない。

 だから、攪乱する。

 ここは密林ジャングルだ。地面を蹴るだけの二次元的機動じゃなくて、もっと使えるものがたくさんある。


 前ではなく後ろの、木の幹に向かって跳ぶ。

 足裏がつくのに合わせて両脚を折り曲げて、一気に押す。

 直接肉薄はしない。他の木の幹を経由する。

 前後左右だけじゃなくて上下も鑑みて、そして最後は当然上から抑え込む。


 衝突。


 上から落ちる力がある分、俺の側が角猿を弾き飛ばすことができた。



 距離を取られる。

 いや、角猿は広葉樹の枝にぶら下がっていた。



 ──そうだよな。猿なんだから、三次元の機動はもともとそっちの領分だ。



 目と目が合った。

 くそ、どうしても意図が通じ合ってしまう。

 でも今に限ってはそれでいい。俺はしばらく戦い続けなければならない。


 角猿は姿を消した。隣の枝に飛び移ったのだ。

 俺が脚で加速しながら動くように、角猿は腕で加速しながら四方八方に飛び回る。


 俺も応じる。視界いっぱいの木々をすべて頭に入れる。

 リアルタイムで記憶しながら、とにかく止まらないよう、互いの機動を把握し、軌道を予測しながら蹴る。何本も何本も、追いかけっこみたいに。


 そしてその瞬間がわかった。


 まるで偶然歩調が一致することを察したような感覚。あと三本蹴れば俺たちはすれ違う。


 一本目。

 角猿の姿が消える。

 多分むこうからも俺の姿が消えている。


 二本目。

 見えた。

 互いに空中にいる。次の幹を蹴れば相対する。


 三本目。

 真正面。

 また目と目が合う。次の瞬間には激突する。


 体はそれを求めていた。

 蹴ったらぶつかるとわかっているのに、勢いを利用して脚を曲げるのが止められない。


 刹那。互いに一刀。


 奇しくも急所を狙いあっていた。

 互いの全運動を籠めた一撃がぶつかり合い、突進の角度が変わる。

 その先には木はない。

 あえなく地面に転がり、受け身を取ってすぐ立ち上がる。


 角猿を見失うまいと睨みつける。

 するとまたまた目が合う。


 やめろよ、俺たち一緒の動きだったね、みたいな顔すんな。


 跳ぶ。木々を蹴る。

 狙いを絞られないように、ひたすら動き続ける。

 相手の動きも頭に入れて攪乱し合う。


 さあ次だ。次こそ仕留めてやる。


 内臓の浮遊感が心地いい。

 速度と角度の変化に風切り音が対応するのが楽しい。

 その先に命のやり取りがあると思えばなおさら。


 殺してやる。

 でもその代わりに俺の命を狙ってこい。


 そうじゃないと面白くない。


 またすれ違う。

 横腹が少し切れた。俺は手の甲を少し斬りつけてやった。


 熱い。痛い。疲労感とは別。

 単に体を動かしているだけでは得られない感情。


 角猿に呼応するようにどんどん速度を上げる。

 頭の回転速度が強制的に上がっていく。一個でも処理を間違えたら終わり、その緊張感がたまらない。



 でも、戦う傍ら、俺はちゃんとカミラさんの返答を待っていた。



『──ム少年! こちらは解決した! 戻って構わない!』



 だから声を拾えた。



 ああ、終わった、のか。



 そっか。


 急停止のち、大きく跳んで、跳んで、みんなに合流する。


 角猿は警戒を解かず、俺とは反対の方向に後退している。


「アーベル君! 大丈夫だった!?」


「ヴィムさんこそ! ……さすがです!」


 戦況は振り出しに戻った。

 見たところ、みんな陣形は固めきっている。


「みなさん、ご無事でしたか!?」


 おう! とかもちろん! などの返答が来る。


「僕もあれ以上は危なかったです……本当になんとかなってよかった。でもまだ戦いは終わっていません! 力を合わせていきましょう!」


 本当に良かった。

 そして戦術的にも朗報だ。

 これでいつもの通り一塊ひとかたまりになって安全にこの局面を切り抜けられる。


 もはやそれは撃退に成功したも同然だった。

 見慣れたパターンで結果がわかりきっている。

 猿たちもそれを理解しているらしく、茶番のような数撃を繰り出しあったあと、密林ジャングルの闇に消えていった。



『諸君! 再び我々は生き残った!』



 カミラさんの全体伝達が入り、湧いた。


 本当に、終わった。


 躊躇なんてしていない。

 名残惜しくなんてない。

 さっさと脳の付与バフを解除する。


 ゆっくりだった景色に速度が戻って、音が帰ってくる。



 やっぱりまた、頭痛が来た。





 地上に戻れば、冒険者ギルドの前でフィールブロンの住人のみなさんが待っていた。


 サインを求めてくる人、手を振ってくる人、多分居酒屋の店員さんっぽい人も多数。

夜蜻蛉ナキリベラ】が訪れたというだけでなかなかの宣伝効果があるらしい。

 泊まり枝も俺が紹介して以来繁盛し始めたみたいで、グレーテさんに大げさに感謝されたりもした。


 どうやら人死にが出ず、必ず成果を挙げて返ってくるパーティーというのは応援しやすいみたいだ。

 吟遊詩人も好き勝手に成果に尾ひれをつけて語り、その証拠かのように団員たちは金を落として街を潤す。


 みんなと同じように、俺も手を振って応える。


 いろんな人が俺の反応を求めている。

 主婦だったり、冒険者好きのおじさんだったり、純真な目をした少年だったり、若い女の子だったり。


 悪い気はしない。


 だってこれは俺が求めていたものなんだから。

 最高の仲間に囲まれて、策を尽くして冒険に臨み、活躍して、その成果をたくさんの人が褒めてくれる。

 仲間たちは俺を認めて重んじてくれるし、輪の中にだって入れてくれる。


 でも、耳鳴りがする。頭が痛い。


 あの“声”が追いかけてくる。迷宮ラビリンスの外にまで。


 そうだ、みんなと一緒にお酒でも飲もう。

 そうすればきっと少しはマシになる。


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