第44話 正式入団

「というわけで、新団員の紹介だ。ヴィム少年、入ってきてくれ」


 カミラさんの声が響いて、俺は大広間の扉をくぐった。


 みんなの顔が見えた。拍手をしてくれている。カミラさんが指した檀上に立って、みんなの方に向き直った。


「……っ」


 セーフ。


 踏みとどまった。危うくあの、とか、その、とかから始めてしまいそうになった。へへへ、から始めそうだった気もする。



「改めまして、ヴィム=シュトラウスです! 精一杯やらせていただきます!」



 一気に言った。

 声が途中で上ずったか不安になる。


 でも、できた。噛まなかった。


 止まらなかった。小声にならなかった。


 顔を上げると、みんながさっきより強い拍手で迎えてくれていた。


「ほれ、行ってこい、ヴィム少年」


 達成感に打ち震えていると、体がひょいと浮いた。


 カミラさんに抱えられたのだ。


 そしてそのまま、みんなに向かって投げられた。


「そーれ!」


 何ごとかと思った。


 けど音頭がとられて、下で俺を待ち構えるたくさんの腕が見えて、何をされるのかがわかった。


「「「「「わっしょい! わっしょい!」」」」」


 胴上げだ。


 初めてだけど意外と怖くない。

 上下がわからない中でももみくちゃにされて歓迎されている感じがする。


 これが、本来の【夜蜻蛉ナキリベラ】の距離感か。

 やっぱり仮が付くと付かないではここまで違うというか、みんな遠慮してくれてたんだな。





 療養期間は戦力になる団員がある程度回復した時点で切り上げられた。


 階層主ボスが倒された第九十八階層の開拓合戦にできるだけ早く参戦する為だ。


 その階層主ボスを倒したパーティーが早期撃破の恩恵に与れないのは本末転倒というもの。

 ギルドはすでに正式な撃破の声明を出したので、ここから先は一刻が惜しい。


 俺が正式に加入した翌日に早速迷宮潜ラビリンス・ダイブが再開された。



 相も変わらず上を見上げれば暗い“空”。

 階層主ボスが倒されたあとにはもう雨は降っていないらしいが、それでもあんなことがあったのだからもう気持ちの良いものには見えなかった。



 今回はある程度安全であることを見込み、本隊と複数の小部隊で効率良く地図マップを開拓していく方式。


 俺がいる小部隊は三人一組スリーマンセル

 アーベル君と、ベティーナさんという索敵担当の女性が一緒だ。


 ベティーナさんは、見かけたことはあるけど話したことはないはず。

 こういうときはちゃんと挨拶を交わしておくのが礼儀だろう。


「ヴィム=シュトラウスです。よろしくお願いします。足を引っ張らないよう頑張りますので」


 頭を下げる。よし、今回も噛んでない。


「あの、ヴィムさん」


「はい」


「そんな初対面みたいに……」


 あれ?


「ヴィムさん、ベティーナさんとは前回の大規模調査で一緒の班でしたよ」


 アーベル君が小声で教えてくれる。


 やってしまった。


 喋り方ばかりに気を取られ、人としてそもそも弁えるべきことができていなかった。


「すみませんすみません、人の顔を覚えるのが苦手なもので! いえ、決してベティーナさんの印象が薄かったというわけではなく!」


「大丈夫です。私、地味ですから……」


 正式に入団して最初の迷宮潜ラビリンス・ダイブなのに、早速自業自得の危機に陥ることになった。





「『廻るダリーディオン』・『無欠ウィダーシューン』──」


 アーベル君とベティーナさんに走力強化をかける。


付与済みエンチャンテッドです」


 今回の迷宮潜ラビリンス・ダイブでは俺たち三人が要らしい。

 俺が走力を底上げできてなおかつ戦えるので、多少の危険リスクを負ってでも効率を追い求めることができるという計算だ。


 アーベル君はもちろん、ベティーナさんもとても優秀な人だった。

 俺のペースを完全にわかってくれているみたいで、俺の方から合わせる必要がほとんどない。


 三人で通路を駆け、次々とモンスターを抜き去っていく。


 躱せない分はアーベル君が弾いてくれるし、俺がモンスターの種類を調べている傍ら、ベティーナさんは着々と地図マップを作製し、新たな通路が見つかったらすぐに報告してくれる。


 いよいよ、人としてダメな感じで俺がベティーナさんを忘れ去っていたみたいだ。

 この様子だと前回も相当世話になっているはず。


「ヴィムさん!」


「はい」


「すみません、分かれ道に大型が隠れてたみたいです」


「距離と種類はわかりますか」


「前方距離二十五、ワイバーンだと思われます」


「了解です。特徴は?」


「左右非対称の翼をしています。それと……角が二対かな。後ろの一対が長くて、前の一対は短いですが武器のように前を向いています」


 と、なると、恐らくあまり飛ぶことは得意ではない丁種のワイバーンだろう。


 どうだ、いけるか?


 走る速度がある分、接敵も早い。

 瞬く間にワイバーンは視界に入ってきた。


 やはり丁種。

 色は黒を基調として淡い青色がかかっている。

 脚が大きく発達していて、全体としては大型化した鶏のような印象を受ける。


 アーベル君が率先して割って入ってくれる。

 これで初撃でやられる心配はなくなった。


 愛用の山刀マチェットを握る。

 よくよく観察して、なんとか倒しきる算段を立てる。


 蹴れそうな岩を見繕って、うん、三回蹴れば急所の首まで到達するか。

 これなら傀儡子ペプンシュピーラーまで使わなくていい。


 そこまで考えると、手がピクッと震えた。

 いつの間にかその震えは脚にも伝染している。



 ──これはいける、みたいだな。



 久しぶりの戦闘の予感に、心が踊っていた。

 どうやら俺は思ったよりも体を動かすのが好きみたいで、正直迷宮ラビリンスに来てからこの瞬間を心待ちにしていた節すらある。



『カミラさん、ワイバーンに遭遇しました。戦闘許可を』



 伝達でカミラさんに指示を仰ぐ。

 返答が返ってくる前に山刀マチェットを抜く。


 よし、許可が出たらすぐに。



『了解した。しかし戦闘は避けて欲しい。抜き去ることはできるか?』


 あら?


『はい。恐らく』


『なら避けてくれ。本隊が到着し次第、あとから囲い込んで倒す』


 そうか。それが効率的だな。

 俺たちは高機動の地図マップ作製班なんだし。


 二人に目配せして、少し囮動作フェイントになる攻撃をしてからワイバーンを抜いた。


 やってみると案外あっけなかった。


 結果、ワイバーンは本隊に倒され、地図マップはまた大きく更新されることになった。


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