第36話 その目は何を
俺が押し黙っていると、ギルドマスターは言った。
「【
初耳、ではない。一応聞き及んでいる話ではある。
でも詳細はまったく知らないし、ギルド側の手続きの問題だと思っていたのだが。
「それは、審査中ってだけでは……?」
「この私が、認可を止めているからですよ」
まったく悪びれる様子もなく、無表情だった。
感情が読めない。俺はいったい何を求められている?
「その、なぜでしょう? 討伐証明部位とか報告書の類は不備がないようにしたと思うのですが……」
「ああもちろん。完璧でしたとも。ヴィム殿、あなたは事務方の中では有名人なのですよ。仕事が丁寧で無矛盾かつ目次付き。書類仕事の苦労を理解なされているようだ、とね。何せ冒険者は荒くれ者が多い。ギルドとしても報告書等々の指導には手を焼いておりましてな」
「……あの、その、へへ。ご迷惑をおかけしてなかったのならいいのですが」
これは褒められているのか? そんなわけない。
「なら、どうして……?」
「報告書によると、クロノス殿、ニクラ殿、メーリス殿、ヴィム殿の四人は大鰐相手に死を覚悟して立ち向かい、形態変化を引き出すまでに追い詰めた。しかしあなた以外の三人は止めの一歩前で力尽きてしまい、残ったあなたが最後の一撃を見舞って討伐に成功。三人を救助して
「……はい。事実です」
問題ない。
そういうことにしたのだ。
みんなが言外にそう求めていたのはいつものことで、何より俺もそれでよかった。
事実として
口裏合わせ、と明言したことはないけど近いことはやった。
これは
報告書と証言が一致すればそれ以上深入りすることはできない。
「部下に命じ、記者を装って話を聞いたのですがね。あなたが去って以降はクロノス殿が止めも刺したことになっていますぞ」
……あー。
そうか、そういうことしちゃうか。まあクロノスだしなぁ。
「……クロノスも冒険者なので、誇張するなんてよくあるというか、その、重要なのは報告書と物証で、記者みたいな人に話すときはまた別、では」
というかなんなんだギルドの側も。
わざわざそういうことをするのか? 何がしたい?
「無矛盾かつ制度に沿っているだからといって正しい、などは子供の理屈ですぞ。素直に見ておかしいものはおかしい。クロノス殿は確かに才気煥発でありますが、如何せん器が足りませぬ」
ギルドマスターの力強い目が俺を射抜いた。
「あの、ギルドマスター」
でもわけがわからない。
「つまるところ、僕に何を求めてるんでしょう、か……?」
恐る恐る聞く。ギルドマスターはわずかな笑みを湛えて言う。
「ヴィム殿、
具体的に見たことがある顔だった。
式とかそういう類で見たことがある、演説するときのような顔。
「ならせめて送り出す側くらいは公明正大でなければならんでしょう。ましてやこれは
ヴィム殿、と俺に真正面に向き合う。
「あなたには名誉を回復する権利がある」
ああ、そういうことかと理解した。
この人はきっと、正しい人なのだ。信念の下に話すタイプの人だ。
ギルドという存在としても
こうするのが正しいし後々問題にもならないと判断したことにはしっかり理がある。
自分の正義と組織が一致して、その上で規則を超越し、俺の味方だと言ってくれているのだ。
嬉しい気持ちがあった。
ずっと下を向いて耐えていたから、大きな力を持つ人がこう言ってくれたのは報われた気分がある。
胸が熱くなる。
俺の行動を見てくれた人がいた。感じた理不尽を、理不尽だと言ってくれる人がいた。
そしてふと、素直な気持ちに立ち返って、自分が感じたことを総じて心に思う。
……正直に言って、やめて欲しい。
「【
過去の話なんて考えたくない。俺の中で消化する見込みすら立っていないのに。
「それで、何か問題がありますか?」
自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。
ちょっとして、我に返った。
「すみませんすみません、そんなつもりはなくて、その、報告書が全部の事実なので、それ以上はなんとも言えないというのが」
「……わかりました」
ギルドマスターは芝居がかった顔を引っ込めて立ち上がり、扉へ向かった。
「
「終わりましたか」
「ああ」
病院を出ると、カミラが街中で悠然と待ち構えていた。
「どうです、ギルドマスター。あれがヴィム少年です」
「わからん。本当に、わけがわからん」
ギルドマスターに就任して長い。
人を見抜く目には自信があったつもりだが、それでもあのヴィム=シュトラウスという男はわけがわからない。
「カミラ、あの少年は
「聡い少年です。額面通りの事実なら全部承知しているでしょう」
「それはそうだろうが……」
カミラ含む【
しかし物証と証言、何よりカミラの実績をもってすれば疑う余地がない。
これでヴィム殿が才気あふれる大男だったらまだ肩透かしを食らわずに済んだが、あの少年はまったく強者然としてない。
強者はその風格に肌で感じられるほどの気配を備えているものだ。
けれど
「わからんのだ。少なくとも受け身のまま凄みを感じられるような男ではない」
今日は見定めるために来た。
あわよくばこちらに引き込もうとした。
「しかし、ヴィム少年が本気になれば我々など瞬殺されるでしょう」
「そんな雰囲気はなかったがなぁ」
「しばらく共に過ごしてみればわかります。彼はいくら大金を積んでも釣り合わない」
「入れ込んでいるな」
「ええ。必ず獲得してみせます」
いや、入れ込むのは当然だ。
普通は数年かける
それだけに、拭えない違和感をどうしても説明したくなる。
唯一感じたものがあるとすれば、最後のあの一言だ。
──それで、何か問題がありますか?
凡庸な風体の奥に垣間見えた、芯のような何か。
拒絶か、端から用いる論理が違うようなそんな感触。
振り返ってみれば発言にしても挙動にしても、彼の反応は極めて表面的だった。
果たしてあの少年は、
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