第33話 翼破②

 メーリスさんの怪我が治り、【竜の翼ドラハンフルーグ】は迷宮潜ラビリンス・ダイブを再開した。


 さすがと言うべきか、前よりは連携もマシになってきた。

 索敵や計画等は私が担当していたけど、地図マップの読み方とか、そういう雑事も覚えてもらえば、できることは増えた。


 ……むしろ今まで、なぜこれでやってこられたのか不思議でならない。


 それでも第五十階層でなんとかやれているのは、三人の潜在能力ゆえなのだと思う。

 三人とも出力自体にはなかなか光るものがあって、無謀と紙一重の勇気が良い方向に転ぶこともある。



 でも、未来ビジョンが見えない。

 中堅のパーティーとして赤字と黒字の間を彷徨さまようことはできると思う。

 でも、最前線で迷宮ラビリンスの攻略を担い、名声をほしいままにしていた【竜の翼ドラハンフルーグ】の姿はそこにはない。

 元に戻る算段がまったくもって立たない。



 しかも階層主ボス討伐だなんて、そんなの、物理的に可能だとは思えない。


 言葉は悪いけど、パーティーの力量自体が足りてなかった。



 パーティーハウスの食卓も、重い空気が立ち込めていた。


 クロノスさんとメーリスさんが持ち前の明るさでみんなを笑わせて、ニクラさんが皮肉る、という感じで明るいふうを装っていたけど、無言になった時間はとても耐えられるものではなかった。



「そうだ! 仲間を増やすのはどうだろう!?」



 クロノスさんは突然そう言い出した。

 いや、様子を見るに前から考えていたみたいだけど。


「再建に夢中になっててそこまで気が回らなかったけど、俺たちは名実共にAランクパーティーだ。募集すればいくらでも人員は集まる。人数を集めたら、また最前線に潜ろう!」


 ニクラさんが口を開く。


「どのくらい、増やすの?」


「そうだな……多いほうがいいかな。それこそ何十人とかでもいい」


 みんな、微妙な顔をした。


 それはパーティーの形態を大きく変えるということで、確信を持った賛成もしづらいし、感情的な拒否以外の反対も難しい。


「人選はどうしよう、うちのパーティーは女の子ばっかりだから、そういうのが目的の男に来られても困るな。どう思う、メーリス」


 クロノスさんはメーリスさんをじっと見た。


 このパーティーに大分慣れてわかってきたことだけど、クロノスさんはこうして人をコントロールしようとする節がある。


「ま、まあ、私も、クロノス以外の男の人が来るよりは、女の子の方が安心できる、かな?」


 そしてメーリスさんはその通りに答えてしまう。


 ここもパーティーの問題点の一つだった。


 メーリスさんとニクラさんは、クロノスさんのことが好きだ。

 異性として。そしてクロノスさんも二人を想っているらしい。


 命を懸ける迷宮潜ラビリンス・ダイブのことではあるけど、この関係が邪魔して話が円滑に進まなかったり、逆に進みすぎたりすることもある。


 二人はやはり微妙な顔をしていた。

 新しく女性がパーティーに入ってくるとなれば、クロノスさんの気がそっちに向くことも考えられた。


 反論できるのは、私しかいなかった。


「あの、クロノスさん」


「なんだい、ソフィーア」


「パーティーの拡張はもうちょっと慎重になった方が良いと思います。お金のこともありますし、大人数を回すだけのノウハウを持っている人が誰もいないので……」


 いつもの通り、いっそう固い空気になった。

 具体的な話をするといつもこれだ。

 クロノスさんはしばらく顎と口を手で隠すふうに考えて、言った。



「最初から無理って言うのは、良くないんじゃないかな。やれることからやっていこうよ」



 ……予想はしていた。


「その、そういうことでは」


「それに金はなんとかなるさ!階層主ボスの討伐報酬がある。しばらく遊びまわって暮らせるくらいだろう?」


「え?」


 それは、説明したはずだ。


 不味い。何か考えているはずだと思ったら、それを算段に入れていたのか。


「あの……」


「どうしたんだいソフィーア、言いにくいことならあとで部屋で」



「まだ、階層主ボス討伐の認定が下りてないんです」



「え?」


 そう、まだ【竜の翼ドラハンフルーグ】はAランクパーティーじゃない。

 ギルドは未だに階層主ボス討伐を認めていないのだ。


「それはどういうことなんだ、ソフィーア」


「はい。ヴィムさんから引き継いだ記録ではちゃんと必要書類と討伐証明部位は──」


 空気が、ぴん、と張った。


 しまった。


「ごめん、ソフィーア。あいつの名前は出さないでくれ」


 どうも【竜の翼ドラハンフルーグ】ではヴィム=シュトラウスという名前は禁句らしかった。


「すみません。その、前任の人の記録を見る限り出すものは出しているので、そろそろ認可が下りているはずなんですが、なぜだかまだなんです。お金も」


「つまり、あいつがヘマしたってこと?」


「……そういうこと、なんですかね? いえ、普通ならさすがにもう認可が下りている頃なんですが、何分迷宮ラビリンスのことなので、確認が難航してるのかも。いずれにせよお金が入るのはもうちょっと先になるかと」



 バン、とテーブルが叩かれた。



「くそ! またあいつか」


「落ち着いてクロノス! あなたは悪くないから!」


「そうよ、【竜の翼ドラハンフルーグ】は第九十七階層の階層主ボスを倒した。この事実は揺らがない」



 クロノスさんは頭を抱えた。

 それを二人が慰める。そしてヴィム=シュトラウスを悪者にして、団結を確認しあう。


 ここ最近の【竜の翼ドラハンフルーグ】は、ずっとこんな感じだった。


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