第32話 決着
不思議な震え。何にビビっているわけでもない。
見つかった道筋に震えている。
それは突如思いついた割には完全すぎてかえって疑わしく、しかし反論の余地がなくて戸惑いすらした。そういう震えだった。
思い返してみれば、ずっとこんなふうに震えていたのかもしれない。
今ならわかる、これは勝利の予感だった。
普通にやったら勝てないような相手でも、何万分の一の奇跡を仮定することで、たった一本の道筋が見えることがある。
妄想と何が違うのだろうか。客観的に見れば何も違わないくらい馬鹿げてる。
でも、今の俺には実行できる確信があった。
ほとんど自殺みたいなものだし九分九厘死ぬけど、その分のスリルが味わえるなら悪くない。
一番蹴りやすそうなのは槍だった。
水ではあるが粘度が高い。
横向きに跳ぶなら十分な足場だろう。
下に落ちてくるものを横に蹴る。
それも触手やら何やらを躱しながら。
馬鹿みたいな考えだが、できる。
そう思った瞬間できていた。
攻撃を蹴りながら躱していたからか、いつの間にか俺は結構、上の方にいた。
半分落ちながら横にどんどん加速していく。
躱して、蹴る。押す。
躱せなかった分は斬るか受け流す。
反作用も全部加速に利用する。
風が冷たくて心地良い。
加速しきって、雨よりも速く落下していた。肌に水が当たっていないのが久しぶり。
音が消えた。
時が止まる。
静かだ。この世界に俺だけしかいないみたい。
まるでこの空間の支配者みたいで心踊る。
後一瞬で肉薄。
驚いた
同じ箇所を五回斬った。
それで十分。残った魔力を全部使って、体を最大限に硬化させた。
加速はそのままに、突っ込む。
「……ヒヒッ」
突き出した
肉塊が破れてそこを全身が通る。
肌全体に舐められるような気色の悪い感覚がぬるっときて、そして一気に外に出る。
貫いた。
*
──刹那。
真っ白い景色に、大きな殻のようなものが見えた。俺が貫いたものだとわかった。
その隙間から、何かが立ち昇るように這い出てきた。
人型に見えた。顔は見えない。
それを見ている俺がどういう状態かもわからない。
その人型は、ゆっくりと俺の前に佇んで、多分、
「ફરીથી આવવા દો」
意味はわからない。でも、悪い気持ちはしなかった。
「うん」
だから俺は、頷いて返した。
*
全部の魔力も体力も使い切って、降り立った。
振り返る。
巨大な半透明の塊はそうしているとまるで大きな鍾乳石のようだった。
おぉん、と悲鳴ともつかない音が聞こえて、巨大な塊は上から崩れて溶け始めた。
目の前の巨大なものが崩れ去るのは、視界を邪魔するものがなくなって、景色が開けるような感じだった。
そうなると見えるものがあった。
みんなの姿だ。立ち上がってこっちに駆け寄ってきているように見える。
そうか、俺は、みんなを守るために戦ってたんだっけ。
そんなこともあったか。
気が抜けて意識が朦朧とする。
全身が引き裂かれそうに痛い気がする。
無理したもんな。疲れてるし、もう何も動かせない。
誰かに抱きかかえられた。声をかけられていた。わからない。
少なくとも、雨は止んだようだった。
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