第20話 大広間

 大広間までもう少しというところ、先遣隊が組まれることになった。


 目的は大広間の観察であり、存在が予想される水脈の大きさが如何ほどかを調べる。

 もしもその水脈に道を沈める仕掛けが確認されればすぐさま引き返し、次回は水の対策を十分に行って再び調査に挑むことになる。


 今のところ階層主ボスの気配はない。


 戦々恐々としていたが、判断材料がない以上は止まるという選択肢もない。


 隊のメンバーは俺やアーベル君、ジーモンさん含めて五人。

 俺の走力強化でできるだけ早く状況を把握するのが得策だということになった。


「行きます。『廻るダリーディオン』・『無欠ウィダーシューン』──」


 最大出力の走力強化。


付与済みエンチャンテッドです。いけます」





 早歩きではなく小走り。さっきまでとは比じゃない速度。


 随時索敵を回して、最短距離かつ戦闘を避けた経路を選ぶ。


「ヴィム君! どうだ」


 しかし当然、どうしても大型と会敵してしまうときがある。


 あと距離は六十、五十九、五十八。


「接敵は避けられません!」


「どうする?」


「抜きます。俺が気を引くので右に!」


「わかった!」


 ジーモンさんと少し距離をとって俺が先行する。


 見えた。黒い蛙型フローチの乙種……じゃなくて新種。

 成人男性の三倍くらいの大きさ。

 後ろ脚がすべて接地しているから多分踏ん張っている。舌が飛んでくるな。


 山刀マチェットの柄を握って居合の構えを取る。


 一本横線の入った瞳と目が合った。


 来る。


 黒色の体皮に覆われた口が開き、桃色の口腔が見える。

 と同時に矢のような舌が発射。


 蛙の舌は筋肉の塊で、絶対に追尾されるので回避は不可能。

 しかし無意味じゃない。

 下側に軽い囮動作フェイントを入れて軌道を逸らし、大きく左に跳ぶ。


 無理やり軌道を変えられたことで舌の速度が若干落ちる。


 タイミングを合わせて、居合抜き。

 飛んでくる舌先に刃を合わせて、衝撃が来る前にもう片方の手で峰を抑える。


「ガガッ!」


 舌先から綺麗に真二つに割れた。

 一瞬遅れて痛みを感じたのか、黒い蛙型フローチは喉を鳴らす。


 相手をしている暇はないので、止まった脚を横目に抜き去る。

 加速して、少し先に行ったジーモンさんたちと合流する。

 お互いなかなかの速度で走っているので、前を見ながら注意して声をかける。


「やりました!」


「さすがだ! ヴィム君!」


「えへへ……ありがとうございます!」


 一瞬の小手先でなんとかなり、得意げな気分になれた。

 素直に賞賛を受け取れる。


 まあ、本当に戦っていたら危なかったけどさ。


 めまぐるしく壁が通りすぎていく。

 足音の反響の仕方がやや変わっていくのがわかった。


 さっきの蛙型フローチが最後の関門だったらしい。

 ちょっとすると左右から圧迫感を放っていた壁が徐々に横に拡がり始めた。


 それ以上に“空”が拡がり、解放感が増していくのが感じられた。


 大広間だ。本当にすぐそこ。



 気配があった。

 まるで山の頂上を前にしたときのよう。きっとその大広間には特別な景色が待っている。


 みんなが加速すると同時に足並みが揃う。


 誰が一番最初だということで揉めないように、こういうときは全員が歩幅を合わせて行くものだ。


 目線を下げた。

 こういうときは上を見ながら変化を楽しむのか、それともある瞬間にパッと顔を上げるのがいいのか。

 前者はなんだか勿体ない気がしているけど、みんなどうなのかな。



 そして、空気の流れが変わったのを感じた。


 顔を上げた。


 一気に視界が拓けた。



 端が見えないほど巨大な空間。


 もはや広間と呼べる大きさじゃない。どこまでも地続きになっているような感覚すら芽生える。


 この解放感の源は、限りのない天井だった。

 見通しの悪い迷宮ラビリンスにおいては便宜的に“空”と呼んでいるつもりだったが、しかし果たして、そこは本当に空のようだった。


 地面は広く見てみればまるで地上の荒地のようで、この風景はまさに新月の荒野だった。


 それに、確かに感じる水の気配。



 荒野に、湖があった。



 詩的な風景だった。

 閉鎖された迷宮ラビリンスという状況下であればまさに、秘境というべき場所だろう。

 何より自分達が最初にここに辿り着いたという達成感。

 もしかすると征服感。


 これこそ冒険心アーベンティアが報われる瞬間だ。


 しばらくは互いに声をかけるということは野暮なように思われた。各々が心に秘めた感動を噛み締めていた。





「ヴィムさん」


 アーベル君が差し出してくれた手を、俺は握った。


「ありがとう! アーベル君」


「あ、いや、こちらの台詞で。本当にありがとうございます」


 共有することで感動は増していく。

 そして同じものを感じているという確信が、何かさっきまでと違った絆を育んだような心地すらする。


「ほら、やっぱり湖があった。川じゃなかったな……となると湧き水? この暗さじゃ本当の水脈を見つけることは難しいけど……」


「ヴィムさん、その前に報告です。あの湖、思ったより小さくないですか? 池ってくらいでは」


「アーベル! ヴィム君! 調査の再開だ! 大広間全体を調べるぞ!」


 ジーモンさんが檄を飛ばし、俺たちは大広間を調べ始めた。


 大広間と仮定したがそれ以上に広い。

 小一時間では調査を終えられそうにない。

 そして広間の中心には湖が、いや、湖というにはやや小さい。精々大きめの池というくらいだろうか。

 透明度は高いので、沸かせば飲料水として使えそうだ。


「ジーモンさん、池の中、どうですか」


「うーん、そんなに深くはない。池底に小型の、多分敵性は持ってないモンスターがそこそこいるくらいか。水量はそんなにないな」


 俺も周りを観察する。

 モンスターが多少いるが、水を求めて来ているだけで攻撃性は見られない。

 俺たちが近づいていけば逃げそうなくらいだ。


「しかし、野営にはお誂え向きだと思わないか、ヴィム君。見晴らしも良い」


「はい。これなら中継地点にできるかも」


 野営地を選ぶときにおいては見晴らしが良いこと、そして退路が多いことが重要だ。


 この大広間には来た道に加えて反対側にもたくさんの道の入り口が見える。


 適切な陣を張れば追い詰められることはまずないだろう。

 罠を担えるほどの水量もないとなれば、むしろ早くこの大広間に集合した方が安全かもしれない。


 結局先遣隊の総意として、大広間は安全であり、本隊もこちらに来るべきだということになった。


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