第16話 声

 第九十八階層へたどり着くと最初に行ったのは、時間をかけて陣形を組むことだった。


 今回の大調査の目的は、大幅な地図マップ開拓にある。


 多数のパーティーの尽力により、現在転送陣から日帰りで往復できる範囲の地図マップは開拓され尽くした。

 これ以上は一日以上かけた泊りがけの調査に乗り出さねばならないわけだ。今回は片道二泊、計四泊の調査の予定になっている。


 予想では今回で階層の端まで辿り着けることになっているが、今までで最大の階層では三泊かけても端から端まで辿り着けないこともあるので、目処は立ってないのが実際のところ。


 そして泊りがけの調査において最も憂慮すべきが、階層主ボスとの遭遇だ。


 現在第九十八階層の階層主ボスの目撃情報はないが、今回ほどの大規模調査となれば、かなり高い確率で遭遇することになるだろう。


 階層主ボスと会敵する危険リスクはかなり高い。

 犠牲者が出ることは必至であるし、その上で初見の討伐は


 それはフィールブロン最強の戦士の一人、カミラさんがいても同じことだ。

 階層主ボスは単体の戦力でなんとかなるような存在ではない。

 なのでこのような調査では極力遭遇は避け、遭遇した場合は最低限の犠牲でできるだけ多くの情報を持ち帰るのが最善となる。


 このために考案された陣形が二叉槍バイデントの陣形である。


 全員に強固な伝達魔術をかけ、そして大きく前後に間隔を取る陣形だ。

 隊の端には索敵担当が複数置かれ、随時危険なモンスターがいないか連絡を取り続ける。


 名の由来はその特殊な進行方法で、分かれ道においては隊を二つに分けて同時に進行させ、どちらかがまた新たな分かれ道にたどり着き、行き止まりがないことを確認すればもう片方の分隊は引き返して合流し、また分かれ道で隊を分ける。


 これを繰り返す。


 一見非効率的な進行方法に見えるが、未知の階層を進む際に限っては、地図マップを多く開拓できるという点で都合が良い。

 そして何より階層主ボスと遭遇した際に隊全体が追い詰められるということがなくなり、うまくいけば挟撃の体制を取れる。


 俺の担当は最前列の左部隊。

 高い機動力が求められ、なおかつ最も戦闘機会の多い部隊である。

 役目はとにかく強化バフをかけまくり、走力と攻撃力と防御力を全部底上げすること。

 そして余力があれば索敵の補佐と経路及びトラップの予測。


 責任重大だ。

 俺次第で進行全体に遅れが出てしまう。

 俺だからできることを計算に入れてくれたのは素直に誇らしいけど、吐きそう。


「緊張してますか、ヴィムさん」


 アーベル君が心配してくれている。


 アーベル君もハイデマリーと同じく未来の幹部候補なのだが、同い年の同性ということで、カミラさんが気を使って同じ部隊に配置してくれたのだ。


「もうするだけしたので、腹は括れてますぉぇっ」


「吐いてるじゃないですか」


「すみません。大丈夫です。大丈夫」


 深呼吸をする。


 集団行動でこれ見よがしな独り言は厳禁。復唱は頭の中で。


 局面を二つに分ける。第一に移動局面、第二に戦闘局面。前者においては部隊全員に恒常的な走力強化を付与し、かつ索敵担当のベティーナさんと適宜連携して索敵をかけ、トラップや経路を予測していく。体力配分的にも鍵になるのは走力強化だ。多人数を対象に長くかける強化なので、いつもの簡易なものではなく、ある程度意識から切り離して自律的に強化できるよう複雑なコードを組んである。このコードが頭から抜けると計画全体に遅れが出るから一定時間に一回の確認は必須だ。まず通り道パスの構成だが通常の──


「──個別に通り道パスを繋げる構成と違って今回はスポーク型の通り道パスを作成せねばならない。象徴詠唱は『廻るダリーディオン』から始まって……よし、覚えてる。このあとに調和機構を構成して、各々の運動量に呼応して『軽量化』『硬化』を当然百三対ディガンスで。象徴詠唱は『無欠ウィダーシューン』。本詠唱ちょっと怪しいな一度バラしてみるか。いやでもさすがに……いやいや空で言えないと」


「ヴィムさん?」


「ひゃいっ!?」


「大丈夫ですって。訓練では一度だって失敗してません。それに今からそのやたらめったら複雑な本詠唱まで参照してたらそれこそ出発できませんって」


「……声に出てました?」


「すごく」


 やらかした。


 ただでさえ心臓がバクバクしているのに、顔まで熱くなってきた。


「ごめんなさい、癖で」


 反射的に言うとアーベル君はかぶりを振って言う。


「頼りにしてます。その代わり、ヴィムさんも俺たちを頼りにしてください。大丈夫です。ヴィムさんがどんだけやらかしたって、俺なら救援が来るまで守りきれます。階層主ボスからだってちょっとくらい耐えてみせますよ」


 やだ、かっこいい……男なのに惚れそう。


 しかしここがアーベル君の素敵なところだ。

 自分で言った台詞がキザすぎるとあとから気付き、若干赤面しているらしい。


 それを取り繕おうとして視線を泳がせたりもする。好青年という属性と合わされば、不躾ながらとても可愛らしく見える。


 一方的に思っているだけかもしれないが、恥を分け合ったような気がしてちょっと嬉しかった。


 これは友人というやつなのだろうか。


 そこそこお話ししているし、もうときどき敬語は外れるし、これはもう友達と呼んでいいのでは?


 いやでも、定義がわからない。

 そうだまだ一緒に食事をしてない。そのうち誘ってみるか? うんそうしよう。

 いつか、またいつか。


 ……ダメだろうそれは。


 今だ。


「あの! アーベル君!」


「はい?」


「あの……その……」


 いやいやよく考えろ。

 命が懸かった戦いでこれ終わったら飯行きません? と言うのは極めて縁起が悪い。次の方がいいんじゃないか?


「その、なんていうか、あの」


 よく頑張った俺。


 ……いやいや勇気を振り絞れ。


 いけ。言うのだ。



「今度、ご──」



「સ્વાગત છે」



「ふぁい!?」


「どうしました、ヴィムさん」


 また、聞こえた。


 ここ最近、迷宮ラビリンスに来るたび聞こえる謎の声。


 雑音じゃないことがはっきりわかる。

 意味のある発音に聞こえる。


「いや、虫が」


 幻聴だろうか。

 迷宮ラビリンスに来るたびというふうにタイミングは限られているから、心的外傷トラウマの一種か。


 それとも迷宮ラビリンス特有の現象なのか。


 なんにせよ、人に言うと気が触れたと思われそうなので言えるものじゃない。


 今のところ害はないので、様子を見ることにした。


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