第93話「帰港」

 輝石の船は、帆いっぱいに風を受けて、空をすべるように進む。ゆっくりゆっくり海に近づきながら。


「あっ! 陸が見えてきたよ!」


 船首にいたクリードが進む先を指さした。


「あれって……」


 ベリルはそう言うと、バッグから日記を取り出した。ページをめくって、旅日記の一ページを開く。


「間違いない! あの大きな半島はカプリア・テサリア半島だよ。イリノス海に浮かぶたくさんの島も見える」

「てことは、その先は……」


 ジェイドは船の進行方向の彼方を見やった。


 朝の光がその町に降り注ぐと、一斉にみんなが感嘆の声を上げた。朝日にきらめく白亜の町は、空から見ても美しかった。


「ラ・ブランシュ。あなたたちの故郷ね?」


 スピネルがジェイドとベリルを見てそう言った。ふたりは、互いの顔を見合ってうなずいた。


「帰って来れたんだね。僕らの母港に」

「ああ。手に入れた交易品は、何一つ持ち帰れなかったけどな」

「けれど、わたしたちが生きていられるのはふたりのおかげだよ」


 スピネルがそう言った。


「だって、ふたりがいなかったらわたしたちは生贄にされていたと思うんだ。そして、悪魔と海賊たちは、これからもずっと子どもを犠牲にし続けたんだと思う。それを止めたふたりはすごいと思うよ。だから……」


 そこまで言って、スピネルが言葉を止める。口を迷わせていた。ジェイドとベリルも、そしてクリードや周囲にいた子どもたちも思わずスピネルを見つめた。


「……助けてくれて、本当にありがとう」


 まっすぐに兄弟の眼を見つめて、スピネルはそう言った。ベリルがくすぐったそうに笑う。ジェイドも照れを隠すように肩をすくめた。


「こっちこそ、ありがとう。僕らだけじゃあ、助からなかったと思うんだ」

「ま、確かに厳しかったろうな。全員でつかんだ勝利だ」

「ねえねえ、お兄ちゃんたち?」


 一人の女の子がジェイドの服を引っ張った。捕虜牢の中で海賊たちと渡り合ったあの元気の良い女の子だった。


「お兄ちゃんたち、帰る場所がないの?」

「えっ?」

「だって、さっき居場所がないって言ってたから」


 そう言われて、ジェイドとベリルはドキリとした。


「帰るところがないならさ、うちに来てよ! 小さな村だけど歓迎するよ? ふたりが来てくれたらうれしいな!」


 そう言って、女の子は笑った。ふたりは互いを見やって笑った。ベリルが、首を横にふる。


「ありがとう。うれしいんだけど、僕らの住む場所はこのラ・ブランシュなんだ」

「ああ、それに、まだやり残したこともあるしな」


 ジェイドはそう言うと、女の子を見て言う。


「けど、いつか遊びに行くかも。そん時は、なんかうまいモンでも食わしてくれよ」

「うん! 遊びに来て! 楽しみに待ってる!」


 それを聞いていたほかの子どもたちと、そしてクリードも口をはさむ。


「まってよ、おにいちゃんたちぃ! 先にぼくの家に来てよ!」

「アタシの島にも遊びに来て! おいしい魚がよく釣れるところ、案内してあげるよ」

「ぼくの村ではね、おいしいチーズを作ってるんだ。ごちそうするよ」


 子どもたちの明るい声を響かせながら、輝石の船はゆっくりとラ・ブランシュの港に着水した。

 船を包んでいた光の粒は、ゆっくりと船から離れて、空へと昇っていく。帯状に、空高く。


「さよなら、おにいちゃん」


 エリスの声が光の帯から聞こえた。


「うん。さよなら、エリス」


 空を見ながら、クリードが返した。


「みんな、ありがとう!」


 ベリルが大声を出して空に手を振った。


「君たちにもお礼を言わないとね! 君たちのおかげで、僕ら無事に家に帰ることができるよー!」


 ベリルがそう言うと、ほかのみんなも空に向かって手を振り、思い思いに声を響かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る