第25話「三つの部屋」

 船尾には、三つの部屋が連なっていた。


 右舷側は、ロウソクやランタン用の油が保管された部屋。

 中央は、予備のランタンや燭台しょくだい、手持ちランプが保管された部屋。

 そして、左舷側は、解体された樽が置かれた部屋だった。湾曲した樽用の木材が積み上げられ、樽に使う丸い鉄枠が壁に掛けられている。


 左舷の部屋に扉があり、その奥から、かすかに人の声や足音が聞こえる。扉の向こうは、左舷側の大工の通路なのだ。


 ジェイドが、失敬したランプ片手に壁を見つめている。絵だ。船尾側の壁に、額縁つきの小ぶりな絵画が飾ってある。汚れていてよく見えないが、ひげをたくわえ頭に冠を乗せた男が立派な椅子に座っていた。


「これは、お城の絵だね。玉座に座ってるのは王様だよ、きっと」


 後ろにいたベリルがそう答える。


「こんな物置小屋に飾って、だれが見るんだか」

「そんなことより、早いとこ隠れ穴を見つけようよ」


 ベリルの声は少し焦っていた。兄を見やって言葉をつづける。


「照明用のロウソクや油は頻繁に使用するはずさ。夜ともなればなおのことね。いつ海賊がここに来てもおかしくはないよ」

「了解ですぜ、旦那」とジェイドは返した。




 ふたりは、床に這いつくばるようにして隠れ穴への入り口を探した。だが、それらしいものは見つからなかった。

 ただ、ほかの二部屋にも、同じような大きさの絵画が飾ってあった。それぞれ「婦人と子ども」の絵と「騎士と農民」の絵が描かれていた。


「結構古い船っぽいから、もしかして隠れ穴がないなんてことはないよな?」とジェイド。

「船の構造上、そんなことはないはずだけど……」とベリル。


 ふふふふ──


 ふたりの耳元に、小さな子どもの笑い声が聞こえた。ふたりとも、ハッとして顔を上げる。


「なんだ今の?」


 ジェイドが、身体を固めたまま小さく言った。


「あっ!あれ!」


 ベリルが目の前の壁を指さす。

 血のように赤い文字が、壁に浮かび上がる。今までなかったはずだ。


『かべのえを よく見て』


 そう書かれていた。文字は、すぐに壁に染み込むようにして消えていった。


「なんなんだろう?海賊たちと関係あるのかな?」

「さあな。けど、海賊のほかに幽霊までいたら、笑えるよな。空飛ぶ海賊船でもあり、空飛ぶ幽霊船でもあるってわけだ。もしかして、ほかにもなんかいるんじゃないか?死神とか悪魔とか狼男とか」


 冗談めかしてジェイドは言ったが、その顔は半分引きつっている。


「笑えないよ。そんな冗談」

「けどさ。もしこの船を手に入れられたら、見世物小屋にできるぜ?そしたら、俺たち一生遊んで暮らせるかもな」

「ジェイド……。その楽観的なとこ、時々羨ましく思えるよ」


 ベリルが、やれやれと首を振る。立ち上がると壁の絵を照らす。


 三つの部屋の絵画は、左舷から「王と城」「婦人と子ども」「騎士と農民」である。


──さあ。隠れ穴の入り口はどの部屋にある?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る