救世中毒者

 追放された先代勇者。

 言葉通りであれば、仰々しいローブを身に纏っているこの男は俺の前の勇者であり、そしてニェとダイヤ様に追放された男らしい。


「ニェちゃま、もしかして男をとっかえひっかえする趣味がおありで……?」


 異世界転生するだけして飽きたらポイ、みたいな。

 いやぁ、でも俺が何度もやらかしてもちゃんと理由を聞くし、やらかしても罰ゲームとかしてこないし、そういうことはしなさそうだが。


「別に大した関係じゃないでシ。ダイヤの異世界転生の新人研修として一緒に担当してたやつでシ」

「そもそもニェちゃまの元の身体が肉塊だったんだから、むしろ大した関係だったら拍手喝采ものなんですが」


 あれ相手に抜き差しならない関係になるとかちょっとね。

 今の肉体ならワンチャン……いや、ネコチャンくらいしか希望がない。

 つまり気分がのらなきゃいくら頑張っても無理というやつだ。


「ひどいなぁ、あんなにも一緒に世界を救ってきたっていうのに」

「そうだぞ! ひどいぞ! 俺の時は一人で放り出しやがって!」


 いや、よくよく考えるとこの先代勇者先輩はダイヤ様とニェと一緒に異世界転生の旅を楽しんできたってことだよな?

 こいつも敵かもしれん、警戒しておこう。


「あれは追放ではありません。病気になった貴方を休ませる為の措置でした」

「あの、異世界転生者も病気になるんでしょうか?」


 ダイヤ様の言葉を聞き、凜音さんが尋ねる。

 そういえば俺らは異世界転生する度に死んで肉体を再構築されて蘇生させられているんだから、病気もクソもない気がするのだが。


「………彼は、その、救世中毒者だったのです」

「救世中毒者?」

「世界を救う度に得られる称賛、偉業。それによって増幅する”存在”の質量。それに溺れる症状でシ」

「もっと簡潔に」

「デブになる喜びを見出して食いまくる病気でシ」


 デブは病気らしい。

 いや聖書か何かだと暴食は原罪ってことになってるし、それに比べればまだマイルドか。


「でも別に自分の身体なら好きに食べていいんじゃないっすかね」

「”存在”の質量が増えすぎたら異世界転生した世界がその質量に耐えられないでシ」

「もっと分かりやすく」

「デブは身と世界を滅ぼすでシ」


 世界がデブに厳しすぎる件。

 デブが何したってんだよぉ!?

 ―――世界を滅ぼすんだっけか、ならしょうがないかなぁ……。


「だからこそ、私とニェ先輩で彼を最後の異世界転生した世界に置いてきたのです。魔王もいない、平和な世界に……」

「異世界転生ならぬ、異世界追放というやつだ。オレがあれだけ頑張ったのに! 期待に応えてきたのに! どうして!!」


 そう叫びながら男は大声で泣き出した。

 流石にちょっと可哀想に思えてきたので声をかけようとしたのだが、急にその泣き声が止まった。


「だからここまで追って来たんだ」


 先ほどまでとは表情が一変し、屈託のない笑顔を向けてきた。

 顔は悪くないのだが、不気味にしか見えない。


「さぁ、また一緒に異世界転生しよう! 三千世界の魔王を殺し! 全ての世界を救おう!」


 パイセンだった人は、ニェとダイヤ様を迎え入れるように両手を大きく広げている。

 うん、確かにこりゃ病気だわ。


「……返事をする前に、お前に聞いておくことがあるでシ」

「なんなりと」

「お前、どうやってこの世界にやってきたでシ」


 そういえば俺や凜音さんは神様に異世界転生してもらっているが、この人はどうやってここに来たんだ?

 そういうチート能力があるなら、別にここに来なくたって一人で勝手に別世界で魔王殺してればいいだろうし。


「それがオレにも分からないんですよ。オレはただ……皆を、止めようとしただけなのに…うぅっ!」


 そうってこの病人は再び泣き出した。

 情緒が不安定すぎるのだが、あれか、太りすぎて重心が定まってないのか。


「魔王を倒した! それで<めでたし めでたし>でよかった! なのに、また皆が争いだした! どうして、どうして、どうして!?」

「当たり前でシ。魔王はあくまで世界に取り付いた害虫みたいなもんでシ。倒したところで恒久的な平和が約束されるものじゃないでシ」

「だからオレは皆を止めました! オレにはそれだけの力があった! だからとにかく行動して、行動して、行動して………最後はみんないなくなりました」


 それを聞いたダイヤ様が蒼白な顔をしながら衝撃波をぶつけるも、男は微動だにしなかった。


「い、いけない! 魔王化が進行してる!」

「魔王化って……魔王はさっき倒しましたよ!?」

「違うわ! この世界の魔王じゃない! あれはもう異世界転生の勇者じゃない、元の世界を食い尽くした別世界の魔王よ!」


 凜音さんがダイヤ様を守るように前に立つが、男から発せられる威圧によって若干腰が引けてしまっている。


「ところでニェ先生。あの人がこの世界にきたのと魔王化っていうのは関係あるんでしょうか」

「さっき魔王を害虫と例えたでシ? 害虫がエサを食い尽くしたらどうすると思うでシ?」

「そりゃあ次のエサを探しに――――」


 あー……そういうことね、7割くらい完全に理解したわ

 残り3割は諦めた、考えてもどうしようもないし。


「あの世界がなくなって、だけどまたニェとダイヤに会えて、これはきっとまた一緒に異世界転生するっていう運命なんだ!」


 そして魔王化が進行しているあの人は嬉ションするんじゃないかと思うくらいにハイテンションだ。


「お前、自分の名前は覚えてるでシか?」


 だがそれを無視してニェはいつものように、平坦な声で尋ねる。


「ひどいなぁ、忘れたんですか? オレはメシアですよ」


 それを聞き、ダイヤ様は悲しそうに顔を背け、ニェは無表情のままだった。


「……質量を取り込みすぎて、もう自分が消えてしまってるでシね。ならもうお前に名前は必要ないでシ、魔王メシア」


 そう言ってニェが触手を生やして戦闘体勢に移る。


「はは、ハハハハ、あははははハハハハハハ! オレが魔王!? 面白いなぁニェは!」

「黙るでシ。魔王がニェの名前を呼ぶことは許してないでシ」

「いいよ、やろうか。オレは496の世界をこのチート能力”相対的”で救ってきた勇者! 相手の強さを必ず上回るこの力を思い出させてあげるよ!!」

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