第36話 試験開始3

 佳奈の試験が終わり、完全に流れができたおかげで朱音の順番が来るまで9席の女の子を除いて全員が勝利を収めていた。

 その子は最初から今の地位を分不相応に感じていたみたいで、そこまで残念がっていなかった。

 まぁ、十傑からは落ちちゃったけど、あの戦いを見た感じAクラスのままだと思うからこれからも仲良く切磋琢磨していきたいなと思う。


 それ以外はみんなほとんど完封勝利を収めていた。


 もともと、講師陣は本気を出さずに、良いところまで行けば負けるようになっていたみたいだけど、ほとんどの先生が本気で戦ってると思う。

 佳奈と戦った先生だけは後味が悪い感じになってしまっていたが、他の先生は意外と試合が終わっても笑って握手をしていた。


 なんでも、「この仕事をしているとよくあることなので今更気にしても仕方のないこと」らしい。

 俺たち生徒側からしても、自分たちから先生と確執を作りたいわけではないので、すごいありがたいことだった。


「さて、今度は私の番ね」


「水無瀬さん、行こっか」


「はい。負けませんよ」


 朱音がそういうと、葛木先生はニコッと笑いながら「楽しみにしている」とだけ言って先に観戦席から降りて行った。

 今まで先生の中には厄災級のアウラと契約している人はいなかったけど、葛木先生と柊木先生は多分厄災級と契約しているはずだ。


 つまり、ここからが勝負どころとなる。


「バハムート、きて」


「カレンちゃん、参上!」


 朱音の召喚に応じるように、元気に飛び出してきたのはカレンちゃんである。

 最初の佳奈の時以降、変に出し惜しみをしても意味がないことがわかったので、みんな自然と最初からアウラを召喚している。


 もう、講師陣も驚きつかれたのか、カレンちゃんが出てきても何もリアクションしなかった。


「グリモワール、具現化せよ」


 葛木先生がそういうと、手に一冊の本が現れた。

『魔導書』グリモワール。

 厄災級100位のアウラと認定されているが、厳密に言えば魔導書は生き物ではなく魔導媒体である。


 ただ魔導書にも意思が宿るものがあるので総じてアウラ認定されている。


「なるほど……魔導書ですか」


「うん。僕は七つの大罪がテーマだね」


 また厄介なテーマである。

 魔導書は、それぞれにテーマが設定されており、その中でも七つの大罪は非常に強力なテーマである。


 確かにグリモワールは厄災級100位だが、実際に戦おうとなるともっとレベルは上がるはずだ。


「それじゃあ、始めようか。先手は譲るよ」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただいて……っと!」


 朱音とカレンちゃんは二人で葛木先生の懐まで近づき、一気に本体を倒そうとするが、強力な結界に拒まれてなかなか攻撃が通らない。

 そう、魔導書保持者は魔導書の結界によってなかなか攻撃を通させてくれないので、結構めんどくさいのだ。

 しかも、もたもたしていると、術式を発動されて自分が不利になる。


 朱音はなんとしても初手で倒し切りたかった場面だが、思っていた以上に結界が強かったらしく、一旦引く判断をしている。

 

「カレン、もうちょっと強くならない?」


「んー。別にできるけど、殺しちゃうよ? それでも良いなら、一瞬で蹴りをつけてくるけど……」


「却下。仕方ないもうちょっと相手に付き合わないとダメそうね」

 

「朱音が指示してね。私は今回自分から戦わないから」


「いいよ。たまにはそういうのも面白いしね」


 俺視点では、朱音とカレンちゃんが何を話しているのかは聞こえなかったけど、さっきのカレンちゃんの動きを見るに今回は自発的に動くことはなさそうな感じだ。

 もともとこの試験自体生徒側である朱音の力を測るものであって、アウラはその要素の一つなので、カレンの判断は正しい。


 きっと今までの試合を見て、今回の試験の意義を理解したのだろう。


「アウラとの連携がよくできてるね。僕も油断しているとすぐに負けそうだ」


「私たちの体もあったまったんで、そろそろ葛木先生も攻撃してくれていいですよ」


「了解。じゃあ手始めに……『憤怒』で行こうかな」


 葛木先生はそういうと、体に赤いオーラを纏い、一気に朱音たちとの距離を縮めた。

 あれは多分身体強化の派生系だろう。

 結界を含めではあるが、カレンちゃんと同等のパワーはある。


 流石にあれを無防備で食らってしまうと、朱音であろうともただでは済まなそうだ。

 明らかに一生徒にする攻撃ではないと思うけど、それだけ葛木先生が朱音のことを信頼しているのだとも言える。


 葛木先生は素手でカレンちゃんと戦いながら、横槍を入れている朱音の攻撃を裁いているが、やはり戦い方が綺麗である。

 ただ単に力押しをするのではなく、一つ一つの技に意味を持たせている。

 体術では朱音ではなく葛木先生に軍配が上がりそうだ。


「朱音、どうする?」


「カレンは今のまま葛木先生の相手をよろしく。後、武装化もするからね」


「いいね! 楽しくなってきた」


「だね。せっかくだし楽しみながら戦うよ!」


「がってん!」


 朱音は一度、全面的にカレンちゃんに前衛を任せると、武装化をするために目を瞑って深呼吸をした。

 すると、朱音の手には深紅と金色のオーラを纏ったドラゴンの籠手がつけられていた。


 武装化第一段階、バハムートの籠手である。

 あれだけで戦術がかなり広がるが、その分体力と精神の消耗が大きなものとなる。

 だが、元々のステータスが非常に高い朱音からすれば籠手だけでは大した問題にはならない。


「行くよ! カレン、魔法支援をよろしく!」


「わかった!」


「っ! それはまずいかも……『暴食』」


 朱音の準備が整うと、今度は朱音が葛木先生と近接戦を行うみたいだ。

 見るからにさっきのカレンちゃんよりも強力なパワーとスピードを感じるが、葛木先生はうまくテーマを変えて防御している。


『暴食』のおかげで、常に体力回復と防御力が上がっているらしい。

 隣でミカエルがわかりやすく俺たちに教えてくれている。


 勝手に具現化するアウラを聞いたことがないのか、みんな驚いてたけど今はそれはどうでもいい。


 それよりも、上空で何か企んでいるカレンちゃんに注目しよう。

 多分あれは朱音が想定しているよりも強力な魔法な気がする。

 あの感じだと、カレンちゃんが我慢できなくなっちゃってる感じだ。


「カレン! やりすぎ!」


「いいじゃん! 多分、大丈夫だよ! 君、頑張って防いでね!」


「いやいや……異界魔法なんて僕久しぶりに見たよ。これはやばいね」


 カレンちゃんはめっちゃ笑顔だけど、それを受ける葛木先生は上空を見て固まっていた。

 まぁ俺もあんな太陽みたいなエネルギーの塊を捌くなんて絶対にやりたくない。身長が小さいカレンちゃんが自分の体をゆうに超えるサイズの太陽を作っているのがすごい絵になっている。


 異界魔法は調子に乗ると街が一つ吹き飛ぶので、観客席にいる先生たちはみんな焦っている様子だった。


 まぁ、危なくなったら毬乃さんがなんとかしてくれるはずだ。


 万が一、何もしなかった場合はミカエルに頼んでなんとかしてもらおう。


「ふぅ……七つの大罪、『憤怒』『暴食』『強欲』『傲慢』」


 葛木先生は七つの大罪のうち四つを発動させて、なんとかカレンちゃんの魔法を防いだ。

 暴食、憤怒で自身の能力を上げ、強欲と傲慢でカレンちゃんの能力を下げたみたいだった。


 おかげで、余波も大したことなかったので助かった。


「んー……流石にもう無理だね。降参」


 結局、葛木先生はカレンちゃんの魔法を防いだ後、降参して朱音の勝ちとなった。


 もっと切り札はあるんだろうけど、今それを全て曝け出すようなことはないようだった。まぁそれは朱音も同じだったのだが、朱音の力を測るには十分すぎる結果となった。


 こうして、二人の戦いは朱音の勝利という形で終えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る