第9話 (詩乃side) ①

 独り暮らしが長いと、ペットを飼いたくなる。


 まぁ聞く話だ。

 ストレスを軽減させたり、ものを見る視点や考え方が変わるらしい。


 妻や恋人以外のパートナー。


 そんな感じで飼恋人セフレも傍に置いておきたいのだろう。


 飼恋人セフレの所有者は圧倒的にと独身や一人暮らしの男性が多いらしい。

 

 衣食住の提供。自分以外の面倒。


 中にはそれができない人もいる。


 自分の世話もロクに出来ないのに、飼恋人セフレの世話なんか、出来るわけがない。

 

 だから——そういう主人様に当たった時、飼恋人セフレは人間としての人権を剥奪されたように雑に扱われる。


 ……これ以上はもう、想像したくない。


 そして私は今日、誰だか分からない主人様に買われた為、外に出る。


「おい、お前の主人様が来たぞ。出ろ」


 係員に呼ばれて、最低限の格好に着替え、ロビーに出た。


 数分後。入り口から、主人様らしき若い男性と……


「お、お姉ちゃん……っ」


 先に買われてしまい、別々に離れてしまった姉の柚乃の姿があった。


「お姉ちゃん~~!」


「詩乃……っ、また会えて良かった……」


「わ、私もだよ~~」


 久しぶりのお姉ちゃんとのハグ。

 洋服からはシャンプーのいい香りがする。ちゃんとお風呂に入らせてもらっているようだ。


 抱き合う私たちの横で、主人様が手続きを済ませている。


「ご希望の飼恋人セフレは届きました」


「どうも。それじゃあ」


「はい。またお待ちしております」


 主人様とともに施設を出る。

 久々の外、日差しが眩しい。


「じゃあ二人とも、まずは服を買いに行こう」


 お姉ちゃんは嬉しそうに返事をしていた。


「……お姉ちゃん、この人が主人様?」


「ええ。久城万尋くじょうまひろ様よ」


「そんなかしこまらなくていいから。普段友達と接するくらいのラフな感じでいいよ」


「あ、ぅ……」


 ちょっとだけ顔が近づき、情けない声を上げてしまう。

 

 気遣いの笑顔が怖い……。


「詩乃、万尋様は凄く優しい方だから大丈夫」


 でも私は知っている。

 優しい人ほど、裏が怖い。


 施設に逆戻りしてきた子が涙ながらに話す。外ではどんな仕打ちをされてきたかを。


「好きな物を選んでいいよ。選び終わったら呼んで」


 と、店の外に行こうと足を進める。

 お姉ちゃんと二人っきりで選べるのは嬉しい。

 緊張が解けた時だった。


「あの、万尋様に選んでいただく事は可能ですか?」


「えっ、俺?」


 なんとお姉ちゃんが呼び止めたのだ。

 普通、主人様の目が届かない空間は嬉しいはずなのに、お姉ちゃんはそれが嫌な様子。


「いや、柚乃と詩乃が好きな服を選んだ方がいいんじゃないか?」


「私は万尋様に似合うと言われる服を着たいんです」


「で、でも……」


「お願いします……!」


 こんなに男の人に積極的なお姉ちゃん、初めて見た。

 これは主人としての関係ではなく、恋愛感情も含まれている。


「わ、分かった。でも本当に女の子の服とか知らないからな?」


 と、万尋様と一緒に店内に入った。


「万尋様、これなんてどうですか」


「うん、似合ってるよ」


 試着室で着替えたお姉ちゃんの姿をもう二、三回は見ている万尋様。

 それにも関わらず、怒ることもなく、ただ微笑ましそうに見ていた。


「詩乃はこういうのが似合いそうだな」


 と、ハンガリーに掛かったオシャレな服を指す。


「……ありがとうございます」


 険しい表情と冷たい口調。

 つれない態度を装っていても、万尋様は怒ることも、注意することもなかった。

 私に興味がないというよりは、見守っている感じ。


 なんだろう。心がざわめく。



 お姉ちゃんの手作り料理を食べさせてくれた夕食後。


「万尋様、この度は捨てられた私を買ってくださるだけではなく、妹まで買っていただき感謝の言葉が見つかりません」

 

 お姉ちゃんと一緒に、頭を擦りつけて土下座していた。

 

 ここでこの人の本性が分かる。

 目の前で土下座をする飼恋人セフレが二人。その姿に、自分が上の存在だと自覚し、優越感に浸るに違いない。


「……顔を上げて」


 ニヤニヤと薄汚い笑みをしているのか、と思えば……万尋様は悲しい顔をしていた。


 ……どうしてそんな顔をするの。


「あ、あのっ」


「ん、なに詩乃?」


「こ、これから万尋様のためにたくさんご、ご奉仕しますからっ。どうか、どうか……」


 気づけばそう口走っていた。

 なんでか自分でも分からない。


「別に俺はそういう目的で君たちを買った訳じゃない。俺は普通の女性として柚乃と詩乃を見ている」


 ……っ。

 普通って……私が飼恋人セフレになる前ってこと?


 そんなの、そんなのって……


 しばらく止まっていた息を吹き返すと、今度は目から涙が溢れた。


「主人命令だ。これから生活する上で遠慮はなし。言いたいことがあればちゃんと言う。柚乃、詩乃。守れるな?」


 淡い期待を抱きながら、コクリと頷く。

 

 私は、その優しさに甘えてもいいのかな——

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