第10話 (詩乃side) ②

 なんて、考えていたら……翌日。大学に連れてこられた。


 憂鬱だ。

 なんでわざわざ外に出ないといけないのだろう。


 媚びを売って機嫌を取ってやめさせたい気持ちもあったが、逆上せるのも格好がつかないので、忠告に従うとしよう。

 お姉ちゃんが味方についてくれてないというのが一番の理由だ。


 大学の中に入ると、当たり前だが、人がいた。

 視線はまず、私の腕の黒い腕輪に注がれる。

 第一印象が顔なんて時代は終わった。

 今は仮恋人か飼恋人か。


 憐れんだ瞳で見る者や欲望が宿った瞳でいやらしく見る者もいる。

 

「怖い時には俺の服とか掴むといいよ。知らない人より俺の方が安心だろ」


 怯える私にかけられる優しい言葉。

 この人と一緒にいると、すぐ人を信じてしまいそうだ。



「あの、久城くん!」


「ん?」


 昼。万尋様とご飯を食べながら会話をしていると、女性がこちら来た。


 ギロリ


 別に悪いことをした訳でもないのに睨まれる。


「その女って……飼恋人セフレだよね?」


「ああ、そうだけど」


「やっぱり万尋くんも、男の子だもんね……うん」


「は、はぁ……?」


 困惑の表情を浮かべる万尋様。

 私はなんとなくこの後の状況を察した。


 ——万尋様に告白するつもりだ。


 ドクリ


 胸がざわめく。

 もし、万尋様が告白をOKしたら私たちはどうなるのだろう。

 捨てられて施設に逆戻り?

 それとも……


「俺は別にこの子をそういう目的で買ったわけじゃない」


「そっか……。だよね、うん。良かったよ」


「何が言いたいんだ……?」


 ここで一旦会話が途切れる。

 何故なら、女性が浅く深呼吸を始めたから。


 そして……


「私、万尋くんが好きなの……。だから、そんな女捨てて私と付き合ってください」


 万尋様は驚いていたが、すぐに……


「悪いが俺は詩乃を捨てるつもりもないし、アンタと付き合う気もない」

 

 万尋様の言葉に胸のモヤモヤが無くなる。


 良かっ——


 バシッ


 そんな音が鳴った。


 ……頬が痛い。ズキズキする。

 誰かにビンタされた。叩いたのは万尋様じゃない。

 鬼の形相で私を見下すこの女の人だ。


「アンタのせいで……アンタのせいで万尋くんに振られたじゃない……!」


 ああ、同じ女性のはずなのに、こうも扱いの違いが出るとは……っ。


 再び、振り上げられる手に抵抗することもなく、また叩かれることを覚悟していた時。


「させるかっ」


「痛ッ」


 万尋様がその手首を握りしめた。

 ミシミシと痛々しい音が聞こえる。


「ふざけるな……! 振られた腹いせに詩乃に手を出しやがってッ」


「痛い痛い……っ。なんでこんな奴を庇うなよ! 普通私でしょ! 飼恋人セフレみたいな負け組、アッサリ捨てて、私と付き合う。これが普通の選択よ!」


「そんなのは普通なんかじゃねぇ! お前は、飼恋人セフレを下に見るとともに、自分の都合のいい解釈をして、優越感に浸りたいだけだ! 自分の思い通りにいかなかったからって、暴力を振るのはそもそも人として、最低なことなんだよッ」


 万尋様が声を荒げて怒っている。

 いつもニコニコしていた時とは違う、表情。

 まさかこの姿を——私のために怒ってくれている時に見るとは思わなかった。


 万尋様から目が離せない。

 

「他人の飼恋人セフレに暴力を振るったりするのは法律で禁止されている。この事実を大学側に言えばアンタは間違いなく退学だ」


「そ、それだけは……」


「ならとっとと失せろ。もう俺の前に……俺たちの前に顔を見せるな」


 女性は泣き目になりながら逃げるように去っていった。


「詩乃、大丈夫だったか……って」


 ポツリ


 地面に雫が落ちる。

 それは私の瞳から出ていた。


 我慢していた感情だったんだけどなぁ……。


 泣き始めたら止まらない。


「もぅ、やだ……こんな身分……嫌だ……っ」


 いくらいい主人様に拾われたからって、周りの反応は同じ。自分より劣っている飼恋人セフレを見下し、自身の価値観を上げる。


 ……結局、仮恋人には勝てない。


「ごめん詩乃……俺が守れなかったせいで……」

 

「やだ、やだ。元に戻りたい……」


 抱きしめてくれる万尋様の胸にポカポカと拳を叩く。


 ——離してッ、私に優しくしないでッ


 けれど、離すどころか抱きしめる力が強くなった。


「俺が、詩乃をもう悲しませない。俺が絶対に詩乃を幸せにするからっ。泣いたって我儘言ってもいい。自分の振る舞いたいようにしてくれ。だから……詩乃には笑っていてほしい」


 万尋様の目の端にも薄ら光るものがあった。


 見ず知らずの女の子にどうしてそこまで優しくできるの。

 いいや違う。


 万尋様は——他の男性とか違う、特別な人なんだ。





「昼間はお見苦しいところをお見せしました……」


 高校生にもなって、あんなにワンワン泣きじゃくるなんて……。


「全然見苦しくないよ。なんというか……詩乃に頼られてちょっと嬉しかった……なんてな」


 照れたようにふにゃりと笑顔を浮かべる万尋様。


 ……凄く、落ち着く。


 頬に手を当てると、そこで初めて自分が笑っていることに気がついた。


 ……甘えても、いいよね。


「し、詩乃?」


 黙って万尋様の手を握る。

 動揺していたが、すぐに不思議そうな顔をされた。


「少しだけ、手を握っていてもいいですか……?」


「あ、ああ……いいぞ」


 ギュッと二回り大きい手に力を込める。

 繋がった手のひらが触れ合う感触が凄

く心地いい。


 歩くスピードも合わせてくれて、繋がる時間も長くなる。


 ……万尋様、優しい。もっと甘えたい。

 

 そんな気持ちがさらに、私の胸の奥を温めてくれる。


 これが……心のざわめきの正体。

 私は万尋様に——惹かれているんだ。

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