第7話 詩乃には笑ってほしいから

 昼。外のベンチで柚乃の手作り弁当を二人で食べている。


「うん、うまい! 柚乃はほんとに料理上手だな」


 醤油に漬け込んてある唐揚げに舌つづみする。


「お姉ちゃんの料理は世界一美味しいですから。万尋様、ありがとうございました」


「ん、何がだ?」


「私のことを守ってくださったことです」


 ああ、午前中のことか。

 詩乃にちょっかいを出す人がいないよう、常に見張っていたお陰で何事もなった。


「そのくらい当たり前だ。俺が無理言って詩乃を連れ出したからな」


 それからも、時々話をしながら弁当を食べていると、足音が聞こえてきた。


「あの、久城くん!」


「ん?」


 俺の前に立つ女子生徒。名前が分からない。


「その女って……飼恋人セフレだよね?」


「ああ、そうだけど」


 その女という呼び方に違和感を感じたが、スルーしておく。


「やっぱり万尋くんも、男の子だもんね……うん」


「は、はぁ……?」


 いきなり現れて何を言ってるんだこの人は。


 全員が全員って訳じゃないが、飼恋人セフレを買う多くの人は性目的。だからこの人のきっとそうだと思っているのだろう。


「俺は別にこの子をそういう目的で買ったわけじゃない」


「そっか……。だよね、うん。良かったよ」


 先ほどから一方的な質問と解釈。目論見が見えてこない。


「何が言いたいんだ……?」


 俺が聞くと、彼女は深呼吸をして……


「私、万尋くんが好きなの……。だから、そんな女捨てて私と付き合ってください」


 今までの流れから急に告白された。

 唖然としたが、俺の答えは最初から決まっている。


「悪いが俺は詩乃を捨てるつもりもないし、アンタと付き合う気もない」

 

 大体、この女の子とは初対面だ。


 話は終わったので、また弁当を食べるのを再開していると、


 バシッ


 隣でそんな快音が響く。そして、詩乃がよろけた。

 詩乃の頬は赤い。

 つまり、この女に打たれたのだ。

 

「っ……」


「アンタのせいで……アンタのせいで万尋くんに振られたじゃない……!」


 奇声を上げ、詩乃を睨む。

 また叩くのか、手を上げ——


「させるかっ」


「痛ッ」


 俺はその手首を握りしめた。


「ふざけるな……! 振られた腹いせに詩乃に手を出しやがってッ」


 頭に血が登り、握りしめている手首に自然と力が入る。


「痛い痛い……っ。なんでこんな奴を庇うなよ! 普通私でしょ! 飼恋人セフレみたいな負け組、アッサリ捨てて、私と付き合う。これが普通の選択よ!」


「そんなのは普通なんかじゃねぇ! お前は、飼恋人セフレを下に見るとともに、自分の都合のいい解釈をして、優越感に浸りたいだけだ! 自分の思い通りにいかなかったからって、暴力を振るのはそもそも人として、最低なことなんだよッ」


 怒りが収まらない。このままじゃ、この女の子を殴りそうだ……。


 落ち着くために、浅く深呼吸をする。

 少し、頭が冷えた。


「他人の飼恋人セフレに暴力を振るったりするのは法律で禁止されている。この事実を大学側に言えばアンタは間違いなく退学だ」


「そ、それだけは……」


「ならとっとと失せろ。もう俺の前に……俺たちの前に顔を見せるな」


 女子生徒は泣き目になりながら逃げるように去っていった。


「詩乃、大丈夫だったか……って」


 ポツリ


 地面に雫が落ちる。

 それは詩乃の瞳から出ていた。


「もぅ、やだ……こんな身分……嫌だ……っ」


 ポロポロと泣く詩乃。

 

 彼女たちの過去は想像を絶するもの。

 同情の声なんてそう安易かけられない。


「ごめん詩乃……俺が守れなかったせいで……」

 

 泣く詩乃を抱きしめる。


「やだ、やだ。元に戻りたい……」


「……」


 俺は黙って抱きしめることしかできない。

 いくら金があっても、辛い過去を消すことはできない。


 もし、詩乃の親の会社が倒産しなくて、両親が元気でいたら飼恋人セフレなんてならず、幸せな生活を送れていたのだろう。

 

 運命とは時に、一人で抱え込むにはあまりにも重すぎる……。


 抱きしめる手に力を込め、


「俺が、詩乃をもう悲しませない。俺が絶対に詩乃を幸せにするからっ。泣いたって我儘言ってもいい。自分の振る舞いたいようにしてくれ。だから……詩乃には笑っていてほしい」


 詩乃は俺のところに来たっきり、一度も笑ってない。

 姉の詩乃と話す時は少しは口角が上がっているが、俺にはまだ、怯えている。


 俺がそう言うと、詩乃は胸にしがみつき、泣き叫んだ。


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