100限目 準備

 年が明けて、寒さが一層厳しくなった頃、レイラは桜花会室の窓から真っ白になった中庭を見ていた。


(相変わらず大道寺はクリスマスイベントはなく、年明けも両親が朝挨拶しただけだったな)


 レイラは毎年、この時期になると前世の盛大なクリスマスパーティーやカウントダウンが恋しくなった。


(あ、あれは?)


 レイラの視線の先には、中庭を歩く彩花と相馬の姿があった。彩花と相馬の姿があった。彩花は強い口調で何かを言ってるようだが相馬はそれをニコニコして聞いているようだあった。


 彼のいやに赤く腫れている頬が気になるが見なかったことにした。


「レイラ様?」

「え、あ、なんですの?」


 長時間窓の外を見ていたため、亜理紗に声をかけらた。


「何か気になる事がありましたか?」

「いえ、それよりもさっさと進めましょう」

「はい」


 レイラと亜理紗の前には山積みの資料があった。それは2か月後に行われる卒業式と桜花幹部の引き継ぎ資料である。

 数日前に憲貞と薫から引き継ぎを終え、今はそれをまとめると共に卒業式の準備をしている。


 扉を開ける音がした。


 分厚い資料を持って現れたのはレイラの兄であるリョウだ。


「お待たせしました。卒業式と襲名式の件は生徒会と話がつきました」


 そう言って、レイラと亜理紗に元に来ると二人に持っている資料を渡した。レイラは礼を言ってそれを受けるとすぐに読み始めた。

 亜理紗はリョウの顔を見ると大げさに机に突っ伏した。


「亜理紗もう無理」

「無理でもやってください」

「リョウちゃん、助けて」


 亜理紗の甘えるようなセリフにリョウは顔を赤くして隣に座り、資料を一つ一つ解説を始めた。


「実の妹の前でイチャつくのはやめてくださいます?」

「いえ、そんなつもりは……」

「レイラ様。お兄様を取ってしまい申し訳ないですわ。必要ならいつでも言って下さい。すぐに返すから」


 亜理紗が慌てる。リョウは嬉しそうに笑った。


「レイラさん。嫉妬ですか? 私はいつでもレイラさんが1番ですよ」


 レイラはため息をついた。


「お兄様、1番は辞退しますわ。それと、亜理紗、返却不要ですし不可です。だだ、公共の場では甘えないでください。兄のだらしがない顔など目が腐りますわ」

「腐るなんて……」


 反論しようとするリョウにレイラはキッパリと「恥じない行動を」と言った。それにリョウは素直に頷いた。


「あははは、いいね。会長らしくて素晴らしい」


 ずっと黙って仕事をしていた香織が笑いながら声を上げ、資料をまとめるとファイルに入れ棚にしまった。


「亜理紗の特待Aをクビにした時は驚いたが、リョウに家庭教師をさせるとは流石にいい考えだね。あんなに成績が上がるとは思ってなかったよ」

「クビではありません。亜理紗の頭の質は悪くないですわよ。兄は世話好きですから」


 レイラは、手を動かしながら答えた。


「そうかい。それにしてもレイラの方の特待Aはすごかったな」


 笑いながら言う香織を横目にレイラは、夢乃と藤子に“自分付の特待A”ではなくなる可能性を伝えた時彼女らがダッシュで生徒会室に駆け込んだのを思い出した。


「生徒会の江本会長、驚いていましたね」

「あぁ、あの時はまだ学園側に相談中で話が生徒会までいっていなかったからな。レイラは伝えるのが早過ぎる」

「失礼しましたわ」


 レイラがすまなそうに言った。


「この件で、レイラ君が特待Aに慕われていることが周知の事実になったからいいではないか」


 憲貞が助け舟の出すと香織が「結果だけをみればの話だ」とそう言いながら一枚の紙をレイラに渡した。彼女は礼を言ってそれを受け取るとすぐに目を通して満足げに笑った。


「おや、面白いかい」

「ええ。来年の生徒会も優秀な方が入りそうですね」

「うん? 河野(かわの)まゆらって子かな? 中等部への編入ってのも珍しいがその編入試験が満点だったらしいじゃないか。通常の入試より難しい編入試験で満点は初じゃないかな」

「そうですね」


 レイラは桜花会メンバーを見て眉を寄せた。


(吉本先輩の名前がない……。辞めた? でもそんな話は聞かない。気づいたらいなくなっていた)


 彼女は深く詮索するのをやめて、他の生徒会メンバーと桜花会メンバーを確認した。


(あれ、阿倍野相馬が入っている。成績上げたのか。あとは新人1人……、うん?なんて読むんだ、“一(いち)”か? いや、“にのまえ”かぁ。あとは……、桜花会は2名。この二人は知っている)


「桜花会の新規メンバーは2人ですか」

「二階堂(にかいど)春(はる)と横山(よこやま)大晴(たいせい)って……。アレか」


 春も大晴は香織が初等部卒業と共に入学したため接点はほとんどないが、噂になるほどの人物であった。


「二階堂さんは特殊性癖で、横山君は成金ですわ」


 亜理紗が発言すると香織がニヤリと笑って彼女の方を見た。するとビクリと体を動かして小さくなった。


「せっかく、香織先輩とも話せるようになったのですから脅さないでください」

「あははは。亜理紗のリハビリまでご苦労だね」

「香織」


 バカにする香織を諌めたのは会長席でペンを走らせたいる憲貞だ。香織は素直に返事をすると軽く「ごめんね」と言った。憲貞の方からため息が聞こえたが彼はそれ以上何も言わなかった。


「特殊性癖は知っているが、成金って家のことか?」


 香織は続きを話すように亜理紗に目で訴えたが、彼女は言葉が出ず、困った顔でリョウを見ると彼は軽く頷いて口を開いた。


「はい。横山大晴は横山弁護士事務所の息子ですよ。現在は初等部の桜花会会長です」

「それは知っている」

「優秀な兄がおり、彼が継ぐようですから次男の大晴は割と自由に生きているようですね。特に母と姉は可愛がっているようで思い通りにならないことはなかったようです」


 リョウは感情を込めず淡々と話した。


「なるほどね。じゃさっさと天狗の鼻を折った方がいいよ」


 笑いながら言う香織であったが目が笑っていなかった。憲貞も頷いているようであった。


(過去の経験からくる判断かな。もしかして中村幸宏かぁ? 奴は先輩たちにトラウマ残しすぎだろ)


「二階堂春は噂通りの人物です」

「そうか」


 香織はリョウの説明に納得していた。

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