第4話 妖刀【霞】

「大丈夫か?」


 俺はそっとカスミに手を伸ばす。

 か細い腕を掴み、手のひらを握って立たせる。


 さっきまで冷たかったその身体に、急速に熱が戻って行く。

 

 俺はその事実に、安堵の溜息を漏らす。


 良かった、ちゃんと生きていた。


「うん。ありがと……」


 透き通るような、少し高い声。

 さっきまで脳内に響いていた声が、今はその声帯が震え俺の鼓膜を揺らす。


 黒髪がサラサラと長く伸び、前髪の隙間から、ブルーの輝く瞳が覗く。

 すらっとした体型で身長は俺より数センチ高い程度だが、胸はそれなりに主張が激しい。


 刀の年齢(?)は分からないが、見た目の年齢は十四、五歳と言ったところだろうか。少なくとも十代のような見た目だ。着ているボロ布が所々穴が開き、魅力的な素肌が覗き見える。


 カスミは少し震えながら、身体を左右に揺らす。

 自分の身体の状態を確かめるように、手をにぎにぎと繰り返したり、頬を引っ張ってみたり、ペタペタと裸足で地面を踏みしめてみたり。


 まるで幼女の様に、ゆらゆらと落ち着きのない姿を見せている。


「うん……うん……。動きは問題ないみたい」


 カスミは繰り返し頷く。

 そうしてようやく、パッと顔を上げて俺を見る。


 カスミはすっと右手を差し出し、俺の手を握る。


「ありがとう、えーっと……ホロウ。私を封印から解放してくれて」

「あ、あぁ。えっと、気にしなくていいよ……うん」

 

 俺は少し照れ臭くて反対の手で頬を掻く。


 カスミはじっと俺の目を覗き込んでくる。

 吸い込まれそうな、そんな感覚。


「――私はあなたの刀として。ホロウ……あなたに付き従うわ。私はあなたの剣。あなたを私の所有者として認めるわ」

「俺が……所有者……」


 カスミはコクリと頷く。


「手、握ってて」


 そう言い、カスミは俺の右手にさらに力を入れる。


 俺はそれにこたえるように握り返す。


 すると、俺の右が振れていたはずの柔らかい感触が一気に硬くなる。


 人間とは思えない、無機質な感触。

 目の前の黒髪の少女が、まるで溶けるかのように姿を変え、次の瞬間――俺の手には一振りの刀が握られていた。


「……えっ?」


 はっ……まじ……?

 本当に、剣……!?


『剣だけど、これは刀っていうの。東方の島国で作られた、片刃の剣』

「うわ、さっきみたいに声が頭に」

『今のはさっきと少し違うけどね。私が所有者として認めた相手は、声に出さなくても意識が通じあうの。まあ、私が刀の姿の時だけだけど』

「なるほど……認めてくれた、ってことか」

『そうよ。嫌だった?』

「そんなことないよ。俺自分の剣なんて与えられたことなかったし……これだって勝手に倉庫から引っ張り出してきただけだし。兄さん達みたいに何かを買い与えてもらったこととかないから……めっちゃ嬉しいよ!」

『そう……ならよかった』

「それに、剣豪の剣術を学べるんだろ!? あーめっちゃワクワクするなあ」


 俺は居てもたってもいられず、うずうずとしながらカスミを上下に振る。


 ――っと、これ、刀……何だよな。


 俺はまじまじとカスミを眺める。


 先ほどカスミを見た時と同じような、不思議な魅力を感じる。

 吸い込まれそうな不思議な輝きを放つ刀身。


 これが妖刀……。

 

『じゃあ一旦戻るね』


 そう言った次の瞬間、俺の手に握られていた刀は溶けるように崩壊し、あっという間に元の人間の姿に戻る。


 まあ、刀なんだからどっちかと言えば刀の方が元の姿な気もするけど。


「ふぅ。こんな感じ。これからよろしくね? 私を解放してくれた恩は絶対に返すから! ご主人様!」


 俺はそのご主人様という呼び方に、思わずむせ返る。


「ゲホッゲホ! ちょっ……」

「だ、大丈夫!?」

「あ、あぁ……お、おい頼むからご主人様は止めてくれ」


 俺の答えに、カスミは首をかしげて唇を尖らせる。


「うーん、じゃあ何て呼べば……」

「ホロウでいいよ、ホロウで。名前で呼んでくれればそれでいいから」

「そう? わかった。じゃあホロウ、これからよろしくね。私はカスミでいいよ」


 カスミは満面の笑みでそう返事をする。

 それは完全な美少女で、まるで刀だなんて思えないような、そんな人間らしい表情だった。


「あぁ。よろしくな、カスミ」

「うん!」


 こうして俺は、ダンジョンの奥で出会った不思議な魔剣――妖刀【霞】を手に入れたのだった。

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