〜小山若犬丸の乱〜 祇園の城を目指して。2

私は、はやる気持ちを抑えられず、我武者羅に山を登って行った。



歩き続けて、体力も尽きかけていた。



そして何とか山の頂上の菊田の荘を一望出来る場所に辿り着いた。




『ここが菊田荘……。』




風が心地良い。



疲れた身体を包み込む様に癒やしてくれる。



山の上から見た菊田荘は、山と海に囲まれて、とても美しい場所だった。




まるでこの前の戦が嘘みたいに思えるほどに。



『やっと着いたわね!

さあ、斑鳩は藤井って人の所にいるはずだから、後もう少しよ!』




山を下りて暫く進むと、領主だけあって藤井さんの館はとても大きくて直ぐに分かった。




『……何者だっ!!』



案の定、門番が私達を止める。




『あ、あの!!

藤井さんに……い、斑鳩に!』



私は斑鳩に会いたい一心で、言葉が出て来なかった。




『……なんだ? お前は??

それにしても小汚い娘どもだな、帰れっ!!』




『ああ、アタシ達はここに来た小山若犬丸様の縁の者よ。

アタシ達の名は破邪の剣の舞姫、如月サクラとその従者の花月。

それを伝えれば若殿は分かる筈……。

若殿は何処に?』



私がマゴマゴしてると隣で花月が冷静に説明した。




『なっ、なに!? 誠かっ!?

た、確かに聞いている特徴と似ているな……。』



門番達がコソコソ相談して、一人が中に入って行った。



暫くすると、慌てる様に走って戻って来た。




『これは大変なご無礼を致しましたっ!!

ささっ! 早う中へ!』




『良かったね! 花月!』




私が喜んでいる所を花月が耳打ちしてくる。




『いーい? サクラ。

まだその藤井って人が味方かどうか分からないわ。

十分警戒してね。』




『えっ!?』



『我が身可愛さに裏切ったとも考えられるでしょーーが!!

だけども、中に入らない限りは斑鳩がここに匿われているのか、はたまた捕われているのか分からないわ。』




『う……うん。』



私は急に不安になった。


もしそうだったら、斑鳩は無事なのっ!?





『ささっ! どうぞ!』



門番に連れられて、館の入り口にやって来た。



だ、大丈夫かな……。




すると奥からドタドタと誰かが走って来る音がする。




……。




……。





私と花月は警戒を解かずに、屋敷の奥から走って来る人を待つ。




『サクラーーっ!!』




『斑鳩っ!?』




目の前に映る人は紛れもなく、私の大好きな斑鳩だった。



斑鳩は人目も憚らず、私を抱きしめる。




『良かった……。無事で良かった!』




ああ。斑鳩……。



私はポロポロと涙が出てしまった。



無事で良かった。



本当に。





『はいはい。

二人共、感動の再会はその位にしなさい。

皆んな見てるわよ!』




斑鳩は我に返って、途端に顔が真っ赤になってる。




この人のこういう時の仕草が本当に愛おしい。




『あ、ああ。

花月、お前も無事で良かった。

大変な道のりであったろう。』



『取り敢えず、アンタも無事で良かったわ。

変に警戒して損した。』



斑鳩と花月はお互いの無事を確認して笑顔になる。





『ははは!

若犬丸殿、良かったのう!』



『こ、これは藤井殿。

お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました。』



この人が藤井さんか。


親戚筋だけあって、何処か斑鳩に似ている。




『しかしサクラ、こんなに傷だらけになって……。

直ぐに私が手当てを。』



『それはアタシの仕事。

それに少しはアタシの傷の心配もしなさいよ。』



『す、すまぬ……。

頭の中がサクラで一杯であった。』



『ったく、このお殿様はね〜〜。』




なんかホッとするな。このやり取り。



やっとまた皆んな一緒になれたね。



やっぱり三人揃えばなんだって出来るよ!




『さっ! お二人共、旅の汚れを落とされよ。

それに傷の手当てもな。』




そう言われて館の中に案内された。





私達は傷の手当てが済むと、戦や旅の汚れを落としてから別室に案内され、女中さん達に用意されていた衣に着替えをさせられた。



『この衣は殿が舞姫様と花月様の為にご用意なされたのですよ。』



『うわっ! とても綺麗……。』



触れた事も無い様な滑らかな肌触りの衣には、透き通り輝いた白地の生地に、艶やかな柄が入っていた。



藤井さんは、いつの日かこの地にたどり着く私と花月の為に、この着物を用意してくれていたんだ。




『こりゃ、相当高価な着物だねぇ。

アタシゃ、こんなの生まれて初めて着たよ。』



隣の部屋から花月の声が聞こえた。



『うん、私もよ。』




そして花月の言う様に、この衣がとても高いのも分かった。



きっと斑鳩から色々と話を聞いたのだろう。



藤井さんの心遣いに感謝した。




傷を隠す様に、薄らと化粧を施された。




『な、何か恥ずかしいな。

私、お化粧なんて初めてで……。』



『そんな事は有りませんわ。

舞姫様、とても美しいですよ。』



『あはは……。』



女中さんの言葉に照れてしまった。





そして着替えが済むと、皆んなが待つ大きな部屋へと入って行った。



『おおっ! お二人共見事な美しさよの〜〜!』



藤井さんは満足した様に笑顔で迎えてくれた。



花月は真っ紅な衣を煌びやかに、そして優雅に纏っていた。


着物に縫い込まれた、黒と金の柄が紅を一段と輝かせていた。



花月って美人だし、着物を綺麗に見せる所作が上手いなぁ。



私なんて、孫にも衣裳って感じなのにな。




『舞姫殿も花月殿も、御二人の雰囲気にとても合っておられる。

しかし本当に美しい! のお、若犬丸殿!』



斑鳩は、藤井さんの話しを聞いていない様子で、瞬きもせずに私を見つめていた。




『ん? どうしたのだ? 若犬丸殿??』



『えっ!?

え、ええ。嫌、何でも御座いません。』



『ははぁーーん。

アンタ、サクラが余りに綺麗で見惚れてたんでしょ?』



『そ、それの何が悪いのだ……。』


斑鳩は顔を真っ赤にして花月に言う。




その言葉に私も顔が真っ赤になってしまった。




ったく、花月ってば!




『ささ、今宵は皆の無事を祝っての席じゃ! 大いに楽しんでくれっ!』




藤井さんにもてなされて皆んなの無事を祝っての宴の席となった。



『ほれ! 早く酒を用意しろっ!』



そして次々と豪華な料理やお酒が運ばれて来る。




やっと無事に皆んなが再開出来たんだ。


こんなに嬉しい事は無いよ。



こうなったら今夜はとことん飲むわよ!





……!!



ってか私何言ってるの!?




何か、もうだいぶこの時代に馴染んで来ちゃったんだな。




それに戦も経験したし、人も沢山殺めた。




もう未来にいた時の私とは程遠いな……。




でも、もう私は帰らないって決めてるから。


破邪の剣の力を使って斑鳩と花月を生きる未来にする為に。




私にとって、もはやここは現代なの。




『さっ、舞姫殿も。』


と、藤井さんがお酒を進めて来る。




クイっと飲み干して、藤井さんにもお酒を注ぐ。



『では藤井さんも。』


藤井さんもクイっと飲み干す。




『花月殿も! ささっ!』



『あら、藤井様。

いい飲みっぷりね。』




『おいおいサクラ。

あまり飲み過ぎるなよ。』




再会を喜び合う様に、楽しく延々と宴が続いて行った。





『して、若犬丸殿……。小田からの返事は?』



突然、藤井さんの顔から笑みが無くなって、真面目な顔で斑鳩に問いかける。




『……いえ、まだに御座います。』




『まあ、そう焦る事は無い。待つのも時に兵法ぞ。』




『密書は藤井殿にご迷惑が掛から無い様、別の場所を経由しておりまする故、時間も掛かっておるのかと。』




『すまぬな、力になれなくて。』



藤井さんは申し訳なさそうな顔で、俯きながら瓶子を取って酒を注ぐ。




『いえ、無用な火の粉は掛から無いに越した事は御座いません。

こうして匿ってくれてるだけでも感謝しております。』




『有難う、若犬丸殿。』




そっか。



藤井さんもこの菊田の荘の人達を守る立場だものね。



私達を匿ったのがバレてしまったらただじゃ済まないだろう。



それを分かってて匿ってくれる。



幾ら親戚筋だとしても、なかなか出来る事では無い。




きっと優しい人なんだろうな。





『あ、アンタっ! 小田って言えば……!』




『ああ、そう来るだろうと思っておった。』



花月は二人の会話に驚いて身を乗り出した。



『その、小田って?』


私は話の内容が分からずに思わず斑鳩に問いかけた。




『小田殿は、先の祇園の戦で敵の先陣を務めて功績を挙げた武将だ。』





『え、ええっ!?』


何でそんな人の連絡を待ってるの!?




『誰でもそう言う反応をするだろうな。

だがな、小田殿は多大な犠牲を払ったのにも関わらずに、不思議な位に恩賞が少ない。

そして、鎌倉公方は我々の下野国と同様に常陸国でも同じ様に佐竹と小田殿を守護としている。』




『あ、それって。』




『察しが良いな。

下野国と同じ様に、次に滅ぼされるのは我等と思っているのだ。

そして小田殿は、我等の領地を奪った鎌倉公方とは隣接する事にもなるしな。』




『恩賞が少なければ、家中の者達に十分分け与えられない。

そうなれば、不満を募らせた家中の者達は、いざと言う時に動かないかもしれない。

それに次の標的にされていて、更に鎌倉公方と領地が隣接するなると、軍事的脅威は増すばかり……。

だからアタシ達の味方になるかもって事ね。

正に敵の敵は味方ねぇ。』




『それとさ、話しは分かるんだけどさ。

私前々から気になってたんだけど。』



『ん? 何をだ??』



『若犬丸って幼名でしょ??

何で殿様になったのに、元服して大人の名前にならないの?』




何か意味が有るのかな?


これは、生前にツバキが言っていた事だけど、私も気にはなっていた。



『ああ、私が元服しないのにも訳が有る。』



『確かに、アンタはその歳でまだ元服もしてないし、幼名のままだからねぇ。

気になってたけど、やはり何か考えが有ったのね。』



『ああ、子供には霊的で神秘的なものが宿るからな。

だから元服は、小山が安泰になってからと考えていたのだ。

昔から小山は宇都宮や鎌倉公方と一触即発だったからな。

私はこの霊力をまだ手離す訳には行かない。』




確かこの時代は、霊的な物を信じる時代だ。



そして、子供には大人には無い霊的な物を持っていると考えられている。



だから、散り散りになった小山の皆んなや、小田さんの様に鎌倉公方に不満を持ってる人達が、その力にあやかって集まるかもしらない。



だから、もしもの時の為に、あえて元服せずに子供のままだったんだ。





『流石、若犬丸殿だなっ!』



『これは小山と鎌倉公方との最悪の事態を考えての事でしたが、本当に来て欲しくは無かった……。』




そう言うと、遠くを見つめる斑鳩の目が涙で溢れそうになっていた。





宴も終わり、皆なそれぞれの部屋で眠りについた。




私は眠れなくて、一人廊下で夜空を眺める。




何処か微かに潮の匂いがした。




この先どうなるのかな?



そう考えると、たちまちに私は不安になった。



この破邪の剣の力を使う事が出来れば、きっと斑鳩を助ける事が出来る。



でも、どうやって力を使えば良いの?



私にはまだ、破邪の剣の力の使い方が分からない。



早く破邪の剣の力の使い方を知らないと……。





『サクラ……。どうした? 眠れぬのか??』



振り向くと斑鳩がそっと近寄って声をかけた。




『うん……。

色々あったから、考えると眠れないの。』



此処に来る間も殆ど眠れなかった。



敵への警戒もあったけど、殿や芳様の事を考えると……。



『そうか。

父は、死んだのだな……。』



『う、うん……。』



『そうか。』




それ以上、斑鳩は何も言わなかった。



でも、私が全てを伝えないと。




『わ、私……。』



『……。』




『あの日、私は殿が死ぬ事を知っていたの……。

それに芳様の事も……。』



『そうか……。』



『だけも、どうする事も出来なかった。

助けてたくても助けてられなかった。

私がこの時代に来たせいで殿を、芳様をっ……!』



『知っていても歴史には抗う事は出来ぬと言う事だ。

それに、サクラが悩む事では無い。』



『殿も芳様も私を庇って……!

それで……それで!』




『また辛い思いをさせてしまったな……。』



斑鳩は私を優しく抱きしめた。




『ごめんなさい……!!』



本当は斑鳩の方が辛い筈なのに。



私は止めどもなく涙が溢れた。




『……最後に父上は何と?』



『斑鳩を頼む、と。』




『そうか……。』



そう呟くと、斑鳩の抱き締める力が少し強くなった。




斑鳩の心が全て私に流れて来る。


悲しさ。


悔しさ。


辛さ。


不安。


私への思い。


花月への感謝。




ああ……。


どんなに些細な事でも良い。



私はあなたの支えに少しでもいいからなりたい。




剣が部屋の襖越しから光ってるのが分かった。



剣を通して斑鳩の心が流れて来るの?




『ねえ、斑鳩……。』



『……。』



私はそっと斑鳩を抱きしめた。



『今夜はあなたを一人にさせない。

せめて側にいさせて……。』




斑鳩を哀れむつもりでも無い。


私が悲しさを忘れたい訳でも無い。




でも今夜は……。



あなたの側に……。







そしてその夜、私と斑鳩は初めて心も身体も一つになった。






互いに互いを確認する様に。

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