7月21日(水)【04】『萌え』の生まれる余地

「で、その姉さんきれい?」

 ケイタはテレビ画面から目を離さずに聞いた。


「まあ、きれい......かな」

 きれい、と吐き出した声が少しだけ揺らぐ。息が足りていない。


「ほおー。エロい?」

「ふつうかな」

 においはエロかった。


「まあ、よかったやん。俺ん家の近所なんて、ガキとオッサンとオバサンしかおらんからな」

「たしかに」


「いや知らねーだろ。おるからっ! 年齢と性別だけなら女子高生が2体もおるからっ」


「《だけ》ってんなんだよ」

「いや《体》でつまずけよ」


「女子高生いるならいいじゃん」

「この世界では、ゴーレムでも筆記試験の結果次第でスカートを穿くことが許されるんや。でも、ゲーム世界でスカートを――」


 ケイタの演技が調子づいてきたタイミングで、ゲームはムービーシーンに入った。


「俺ん家の近所にも、こんなかわいいお姫様がおったらな。命がけで助けたるのに」


 起こるはずのないif物語に浸るのが、ケイタの生きがいだ。


「かわいいお姫様じゃないと助けないの? ゴーレムでも仲間にしたら強いじゃん」


 ケイタは操作していた指を止め、テレビ画面から視線を外す。


「メスのゴーレムを助ける物語......か」

 遠くを見るように、はがれた土壁を見つめている。


 ケイタは現実世界のようにゲーム世界を楽しめる才能も持っている。妄想力という類の気質。


「ヒロインは見た目がよくないとダメなの?」

「そうやなあ。目がある以上、人間は美しさを求めてしまうやろな」


「見た目の美しさが1で、中身の美しさが100だとダメ?」

「ゲームソフトの売上で考えると、ダメやろな」


「でも両方100のヒロインって、あんまりいなくね?」

「『萌え』の生まれる余地が無いからな。サブヒロインなんかむしろ、見た目60、中身90の方が人気出るやろし」


 ケイタがコントローラを握りなおす。


「じゃあ、ツンデレヒロインなら見た目90、中身30とかか」

「それがこのゲームのヒロインや。その30が、クライマックスでどうなっているか。楽しみや――」


 〇


 帰り道。少しだけドキドキしながらマウンテンバイクをこいだ。

 しかし、アパートの敷地にお姉さんの姿はなかった。


 部屋にあがると「あんたが出かけてすぐに、キヨちゃんから電話あったわよ」と母が言った。彼女の知るキヨは幼稚園時代で止まっている。温まっていた体がスッと冷めた。「明日の朝電話する」と返事をする。


「お母さんさ、小山内のおばちゃんに娘さんがいたの知ってる?」


 ご飯を半分のっけたスプーンをルーの下に潜り込ませ、ニンジンと玉ねぎをすくう。父の帰宅が遅いので、夕食はいつも母と二人で先に食べる。


「ああ。確か前の家では、娘さんと暮らしていらっしゃったとか、ちらっと聞いた記憶が......。どしたの急に?」

「その娘さんと会った」

「いつ?」

「朝。水やりしてるとき」

「夏だし、帰ってこられたのかね」

「知らない......」

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