第368話 子供パトロール隊が日馬桜町を巡回する件



 来栖家のブースでは、お昼までに『異世界の絵画』が2枚も売れて紗良と姫香はホクホク顔である。それなりのサイズだったので、強気で5万円の値段設定で出した品だったのだ。

 値引き交渉はされたけど、そこは青空市の醍醐味だいごみでもあるので全然オッケー。幾らか値引きした上で、同じ人が2枚とものお買い上げに。幸先良いねと、姉妹で机の下でグータッチなど。


 他ではキャンドルや文房具など、やはり異世界での回収品が少々さばけて行ったくらい。生活必需品かられると、なかなか売り上げは伸びないのが現状ではある。

 それでもたまに、さっきみたいに娯楽品の類いが思いもせず売れる時もあって。そんな時は、景気も回復して来たのかなぁと喜ぶ2人なのであった。


 とは言え、ダンジョン回収品はやはり飛ぶようには売れてはくれず。お昼の時刻になって、応援要員の凛香と小鳩がブースに訪れて売り子の交替となった。

 そこからようやく、お昼ご飯を買いに屋台へと出掛けて行く姫香。本日の出店ブースも特に波乱も無く、探索者のお客も午前中に1組のみである。

 その点では、平和で有り難い限りの来栖家だったり。


「本部の仕事も、今日の午前中は割と静かな印象だったかな。集客もいつもより穏やかで、先月よりは2割くらい減ってるって話だったね。

 この位の客数の方が、騒ぎが少なくて済むからいいよね」

「そうだね、まぁ食料品を買い込むお客さんは、相変わらずの印象だったけど。その後はここのブースも、割と平穏だったかなぁ?

 まぁ、3月の騒動があった割には有り難い事だよね」


 そんな事を話し合う、凛香と紗良は完全にリラックスモード。もうすぐお昼休憩だし、前を通る客もほとんどが冷やかしの雰囲気だ。

 ブース奥で待機していた護人も、昼食用に追加のテーブルの用意をし始める。この辺は、1年近く参加をしていて既に慣れたモノ。


 護衛役のレイジーも、どこかまったりした雰囲気で緊張感は無い。護人の側に寝そべって、通りを行き交う人の群れを眺めている。そんな中、無事に姫香とツグミのペアが買い物から戻って来た。

 そして外のテーブルで、ブースを一時留守にしての昼食タイムのスタート。春の日差しは穏やかで過ごしやすく、厳しかった冬がようやく過ぎたのだと知らせてくれる。


 テーブルの上は、屋台で買ったお好み焼きや焼きそば、フランクフルトや揚げポテトで彩られていた。そこに紗良が朝にパパっと用意した、お握りや簡単なおかずが並んで行く。

 お呼ばれの凛香と小鳩は、野外にも関わらずのボリュームに思わず歓声を上げる。それから越して来て良かったと、改めて自分たちの決断に内心で感謝する。

 何しろ日々の食事ほど、大事なモノはほぼ無いのだから。


「相変わらず美味しいな、紗良姉のお握りは……これを食い逃すなんて、和香と穂積は一体何してるんだ?

 友達と遊ぶのも、まぁ大切なのは分かるけど」

「大丈夫、香多奈ちゃんにみんなの分を持たせてあるから。最近は色んな所でお友達が出来て、香多奈ちゃんも遊ぶのが楽しいみたいだよね。

 特に探索者ごっこを、同い年のお友達としてるみたい」

「紗良姉さんは、本当に甘やかしさんだよね……香多奈も調子に乗っちゃって、変なコトしなきゃいいんだけど。まぁ、コロ助とルルンバちゃんがついてれば大丈夫かな?

 ミケはまだキャンピングカーだっけ、出してくれって言ってない?」


 姫香の言葉に、キャンピングカーの扉を開けて中を確認しに行く紗良。ミケは食いしん坊とは程遠いけど、寂しがり屋なので仲間外れはよろしくない。

 ところが幾ら呼んでも返事は無く、何とキャンピングカーの中はもぬけの殻。どうやら香多奈が遊びに出たタイミングで、一緒にふらりと外に出た模様。


 それとも、最近覚えた『透過』スキルで勝手に飛び出した可能性も。そうなると、密室で封じ込める事自体が不可能になってしまう。

 田舎住まいの来栖家では、ミケも好きな時に外を散歩するのであまり関係無いとは言え。こんな外出先でいなくなられると、迷子の可能性が出て来て困る。


 そう心配し始める紗良と姫香だが、護人は至って呑気な構え。ミケなら気が済めば自分で戻って来るし、何ならハスキー達で探し出せるだろうと。

 犬もそうだが、猫にだって帰巣本能は備わっているのだ。恐らくは香多奈たちキッズが無茶をしそうなのを察知して、様子を見に行ってくれたと思われる。

 ――ならば、保護者としてはミケのその勘を信じてやるのみ。





「何だ、誰かと思ったらヘンリーさんじゃん! は、はぅあーゆ~? その肩の子はだぁれ、ヘンリーさん家の娘さんとか?

 可愛い娘だね、一緒に遊んで行く?」

「あ、あぁ……私の愛娘のレニィ、5歳だ。みんなでお昼を食べてたのか、邪魔して済まなかったね。娘が屋台の人混みを嫌ったんで、どこか他に楽しめる所を探していたんだよ。

 この飛行物体を遠ざけてくれないか、娘がおびえているんでね」


 怯えられたと知ったルルンバちゃんは、ショックを受けたようで半ベソ状態で下がって行った。食事中のリンカが、それならコロ助と遊びなよと、来栖家のハスキー犬をプッシュする。

 ところが、コロ助を見たレニィは父親にすがり付いて、あのクマさん怖いと拒絶の姿勢。クマに間違われたコロ助は、いたくプライドを傷つけられた様子。


 コロ助はデカいからねと、太一は慰めているのかフォローの言葉を掛ける。ただし、5歳の子供と距離を縮めるには手段的には全く及んでいないよう。

 それならこれを見せてあげると、香多奈は立ち上がって自分のポケットの中身を披露する。そこにはおやつにしまってあった、ビスケットを内緒で頬張っている妖精ちゃんの姿が。

 それを目にして、ようやくレニィは可愛いと嬌声をあげる。


 それから幼女は、もっと近くで見たいとせがんで父親に地面に降ろして貰う。それから香多奈のポケットを夢中で眺めて、言葉を掛けたり指先を差し出してみたり。

 もちろん妖精ちゃんは、全てのコンタクトをマルっと無視して知らん顔。それでもレニィは、夢中で異世界の不思議生物を眺め続けている。


 その内に、食事の終わった面々はその時間にも飽きが来始めた模様。そろそろパトロールに出掛けようよと、誰からともなく口にし始める。

 それには、しょげていたコロ助とルルンバちゃんも前向きな姿勢で賛同の素振り。役に立つ所を見せて、自分達の株を上げる機会を窺う気満々である。

 そんな所は、1匹と1機は共にアグレッシブで良く似ている。


 そんな訳で、キヨちゃんの指示でキッズ達は町の方向目指して出発する事に。しかし困った事に、レニィも一緒に行くと言って聞かない様子。

 と言うよりも、もっと妖精ちゃんと触れ合っていたいそう。


「あんな不愛想で食っちゃ寝してる存在が、コロ助より可愛いって評価なのか……私は断然、コロ助の方が可愛いと思うぞ。

 おっと、ルルンバちゃんもだ、お前は格好良いって感じかな!」

「仕方ないな、このポシェットに妖精ちゃんを入れて貸してあげなよ、香多奈ちゃん。私の妹も、私のモノ1度欲しいって言ったら聞かなくなる時あるもん。

 その代わり、散歩が終わるまでだからね?」


 リンカのフォローで、幾分か持ち直した様子のコロ助とルルンバちゃん。そしてキヨちゃんのナイスアイデアで、愚図ぐずるレニィの問題も解決してくれた。

 ひたすら恐縮してお礼を言って来るヘンリーは、そんな訳でキッズ達のパトロールに付き合う事に。レニィも同じく、ポシェットを首に下げて物凄く上機嫌に後ろをついて来る。


 はたから見たら妙な行進だけど、キッズ達だけは全員が大真面目な表情である。町のパトロール隊員として、どんな異変も見逃さないぞと意気も高い。

 先頭を進むコロ助は、飽くまで子供たちの護衛のつもり。その上を飛行するルルンバちゃんは、皆で散歩は楽しいなってお気楽モード。


 その後ろを歩いているレニィは、物語に出て来る妖精とお散歩をしている事実が楽しくて仕方がない様子。時折ポシェットの中身を眺めて、にへらと笑って父親を振り返って自慢げな表情。

 ヘンリーは良かったねと言う表情で、しかし内心ではこの状況に戸惑いっぱなし。しかしまぁ、子供たちだけで遊ばせるのも考えてみれば危ない時世ではある。

 保護者枠と捉えてみれば、それはそれで良いのかも?


 特に愛娘のレニィが、こんなに機嫌が良いのはかなりまれである。こんな時代なので保育園までは機能しておらず、同い年の友達もほぼいない現状なのだ。

 お姉さんばかりとは言え、集団で散歩している姿は微笑ましい限り。父親としては感無量で、このまま友達になってくれないかなと思ってみたり。


 ただしこの田舎の子供達は、やや過激な目的の集団みたい。その証拠に、先頭にいたキヨちゃんが、町外れの空き地に停められていた1台のキャンピングカーを指し示す。

 ここまでの道のりはほんの5分で、キッズ達に作戦会議などする暇はほぼ無かった。怪しい車を目の当たりにして、途端に狼狽うろたえ始めるお茶目な面々。


 キヨちゃん情報では、人相の悪い探索者風の男達が、少し前から数人ほど居座っているそう。そいつらは、明らかにこの町について何か調べている風だとの事。

 叩けばほこりが出る身の香多奈としては、苦手なポーカーフェイスでフーンと言うしか無く。これって大人案件じゃ無いかなと、後ろ向きな発言の太一と和香。

 確かにいきなり襲って来られたら、子供集団にはちょっと荷が重い。


「そ、そいつ等って“ダン団”って組織の人達じゃないよね……ヘンリーさんは、あの組織がどうなったか最新情報を知ってる?」

「さあね、私のホームは広島市方面とは真反対だから、情報はどうしても遅れがちなんだよ。ただし連中が雇っているならず者の情報に関しては、職業柄詳しくってね。

 “アビス”調査で見掛けないと思っていたら、こんな所にいたのか……ほら、今車から出て来たのが、探索者崩れで今はダン団所属の“血染め”の釘宮くぎみやだよ。

 素行不良で協会を追放された、筋金入りの悪い奴だ」


 とても子供にする話では無いが、間違って立ち向かわれても厄介なので。ヘンリーは素直に事実を口にして、建物の影から見守るキッズ達に忠告を与える。

 それから見付からないようここを離れて、誰か大人に応援を呼んで来るよう指示を出す。レニィはさすがに怖くなったのか、父親の足に抱き付いて怯え顔。


 ヘンリーも子供同伴のこんな時に、血の気の多い悪漢と事を構えたくなど無い。静かにこの場を去ろうとしたのだが、こんな時に限って自分の携帯に電話が掛かって来る運の悪さ。

 誰だとの誰何すいかの声に、途端に固まるキッズ達。その声に反応して、空き地のキャンピングカーからは人相の悪い連中がぞろぞろと出て来た。


 こうなると大人と子供の体力の差で、逃げ切る事も難しくなった。しかも連中はご丁寧に半分以上が武装しており、人相と合わせて野盗にしか見えない有り様。

 さすがのお転婆リンカも、この事態には顔面蒼白での貧血状態。香多奈の名を呼んで、どうしようと言う目でリーダー役をバトンタッチして来る始末。

 その点は、探索の日々で度胸だけはある来栖家の末娘である。


「何だ、近所のガキどもか……コソコソ嗅ぎ回りやがって、さてはこっちの事情を協会に売る気だな? あれこれ情報集めももう飽きたし、強硬手段に持ち込むか。

 コイツ等を人質にとって、聖女と交換ってのはどうだ?」

「釘宮さん、まだ聖女がこの町にいるって確証も取れてないっスよ……協会の仲間からの不確定情報だけで、それで苦労してるんじゃないですか」

「だからここで、それを確定させてやるって言ってんだろ!? こんだけいるんだ、2人くらい殺っても交渉には持ち込めるしラッキーだったな!」


 そんな向こうの遣り取りを耳にして、やはり足がガクブルの香多奈である。それでも、コロ助とルルンバちゃんが前へと出てくれて再び勇気が湧き出て来た。

 友達は自分が守ると、香多奈は健気にも指示を飛ばしに掛かる。


「みんなは私が守るよっ、コロ助とルルンバちゃんで時間は幾らでも稼げるし。その間に、叔父さんかお姉ちゃんに連絡がつけばこっちの勝ちだよっ!

 誰か、青空市まで連絡係お願いっ!」

「俺たちだって、対人戦はそれなりに経験してるぜ? コロ助の突っ込んだ時のフォローくらいは、俺たち双子でしてやるよ。

 そっちのおっちゃんは、子供もいるんだし下がっておきなよ」


 顔のそっくりな細身の双子にそこまで言われ、ヘンリーも黙ってはいられない。と言うか、動物と子供を盾にして、後ろで隠れていてはB級探索者として失格だ。

 武器こそ持ってないが、娘を香多奈へと預けて同じく前へと出張って行くヘンリー。それに応じて、“血染め”の釘宮が血走った瞳でこちらをにらんで来た。


 護衛犬と子供だけかとあなどっていたら、とんだ保護者の登場に。車から出て来た連中も、チームで武器を配布して臨戦態勢はバッチリみたい。

 ところが来栖家の護衛役も、明らかな敵意を向けられてヤル気に火がついての戦闘準備。コロ助は香多奈の『応援』を受け巨大化、敵の群れを思い切りビビらせている。

 ルルンバちゃんは、何が起きてるか未だ良く分かってない様子。





 ――果たしてこの窮地、キッズ達は見事に切り抜けられる?






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