第367話 4月の青空市も何とか無事に開催される件



 香多奈の春休みも、残りわずかとなった土曜日の午後。明日は青空市が開催されると言うので、キッズチームは張り切ってその準備に励んでいる。

 具体的には山菜取りだ、来栖家の所有する山林はそう言う意味では宝の宝庫。ウドやわらびやゼンマイ、ふきのとうやコゴミやつくしがさほど探さないでも収穫出来てしまえる。


 それを青空市で売って、小銭稼ぎをしようと言う計画は名案には違いない。香多奈の率いるキッズチームは、現在は和香と穂積を含めて3名である。

 もちろんコロ助も、バスケットを咥えての強制参加。ルルンバちゃんも飛行モードを駆使して、ついて行く気満々である。ただし茶々丸は、採った野草を食べるので排除の方向で。

 それには不満げな仔ヤギだが、まぁ順当と言うか仕方のない事。


 それに加えて、居候中の星羅せいらが暇だからと野草採りに参加する事に。彼女も元は山育ちらしく、食べられる野草の見分けはつくそうだ。

 予定外の助っ人の追加だが、子供達も元気さでは負けていない。姉の紗良におやつを作って貰って、それを手に山に突入するキッズチームの面々。


 そしてモノの30分で、最初のバスケットは満杯に。護衛の筈のルルンバちゃんも、容赦の無い発見率でサポートしてくれたお陰もある。

 その上に、大物のタケノコを掘り出せたのも大きいし、ふきのとうは文字通り売る程に収穫出来た。実際売るのだが、これにはキッズ達もテンションアップ。


 他の山の幸も、程々に収穫出来てお小遣いには充分な量である。魔法の鞄に入れておけば、しおれる事も無いし魔法アイテム万々歳だ。

 午前中には新玉ねぎやスナップえんどう、それからレタスなどの明日売る分の収穫も済ませてある。とは言え、“春先の異変”のせいで来客数も減る可能性もある。

 そんな訳で、収穫も程々に留めておいたので売れ残りも無いだろう。


「えっ、食べ物が売れ残る可能性もあるの? 今までだったら、全部午前中に売り切れちゃうほどの人気だったんでしょ?」

「そうなんだけど、あれ程のオーバーフロー騒動が起きた後だからねぇ。叔父さんやお姉ちゃんは、来客数自体が減っちゃうんじゃないかって。

 食べ物も大事だけど、命はもっと大事だからねぇ」

「凛香お姉ちゃんのパトロールじゃ、最近はほとんど野良モンスターも見ないそうなのにね? そんな警戒する必要無いのに、みんな臆病だよね」


 穂積の言葉は、やや無責任だが一応は核心も突いており。実際に日馬桜町の安全は、“春先の異変”以前の水準に確実に戻って来ていた。

 それには異世界チームの手助けも一役買っており、もちろん町の自警団チームの活躍もある。後は“喰らうモノ”の駆除だけなのだが、それはさすがに簡単ではない。


 そんな近所の噂話を、星羅はなるほどと頷きながら聞いている。青空市なるモノの存在も、子供達の話から何となく想像して理解済みである。

 ちょっと参加してみたい気もあるが、さすがに大勢の人前に顔をさらすのは現段階では不味い。前準備だけ参加して、居候いそうろう分の借りを労働で返している次第である。

 もっとも、来栖家の面々はそんな事はちっとも気にしていないけど。


 早朝からの家畜の世話や、家の家事も普通に割り当てられて、その点では気兼ねは全く無い。そのまま居着いちゃおうかなと思わなくもないが、さすがにそれは迷惑だろう。

 姫香などは、もうすぐ友達がお泊りで遊びに来るからねと呑気な物言い。つまり今更何人家に泊めようが、あまり関係無いよと言いたいらしい。


 それにしても、労働した後のおやつとお茶の美味しい事と言ったら。今は山の中腹で、収穫した結果に満足しながらの休憩中である。

 おやつとお茶は、キッズ達はお出掛け時には持参して当然と思っているみたい。何とも恵まれた田舎生活である、星羅でなくてもこのまま住み着きたいと思う程には。


 山の中腹から眺める景色はとっても長閑のどかで、現実でのしがらみなどは忘れてしまいそう。春の日差しと適度なお喋り、それからおやつを分けてと首を突っ込むハスキー犬。

 こんな生活もあるんだなと、コロ助におやつを分けてあげながら星羅は思う。好きに出歩けない不自由さはあるし朝も早いけど、心は平穏で前の生活の比ではない。

 何しろ“ダン団”に囲われていた頃は、自由など一切なかったのだ。


 この現状を維持したい星羅だが、果たしてそれがいつまで続くか不安でもある。“ダン団”がその後にどうなったか知りたいけど、こんな田舎では情報もろくに入って来ない。

 キッズ達はなおもはしゃいだ声音で、今は新学期の事について話している。学力が足りなかった和香と穂積も、4月からようやく小学校に通い始める予定なのだそう。

 春は良いなと星羅も思う、何もかもが心浮き立つ季節だ――




 今回も来栖家の借りてるブースは、旧グラウンドの出入り口で集客的には良い立地。そして心配された来客数だけど、確かに出足はやや鈍い感じに思える。

 それでも劇的に減ったと言う程でも無く、野菜の販売ではいつも通りの鬼気迫る集客振りだった。キッズチームの春の山菜の詰め合わせも、30袋がほんの20分で全てけて行ってくれた。


 お小遣いを見事にゲットしたキッズ達は、売り子の手伝いを終え爽やかな笑顔。もちろん家で用意した春野菜も、全て売り切れて今はブース前も静かなモノ。

 今日の仕事はこれで終わったと、香多奈は3人分のお小遣いを護人に毎度のお強請ねだり。見事に追加で軍資金をゲットして、勇ましく屋台方面へと消えて行く。


 そのお共には、もちろんコロ助が毎度の如く従っている。お手伝い賃を貰った和香と穂積は、律儀に護人にお礼を述べて香多奈の後を追い掛けて去って行った。

 恐らくこの後、お昼を買うか何かして他の友達と合流するのだろう。元気ねと呆れたようなセリフと共に、姫香は販売ブースの商品の並び替えに取り掛かる。

 その辺は、何度もこなして既に慣れたモノ。


 ちなみに今回は、ルルンバちゃんと妖精ちゃんも香多奈と一緒について行ったみたい。茶々丸と萌は、星羅と共に来栖邸でお留守番なのは毎度の事。

 星羅も楽しそうなイベントに、本当は参加して見たかったようだけど。さすがに大勢の来客の集まる場に、顔を出すのは不味いと思ったのだろう。


 素直に留守番をおおせつかって、茶々丸と萌の相手を買って出てくれた。ミケはキャンピングカーの中で、主と化してのんびり寛いでいる所。

 案外そのプレッシャーに負けて、妖精ちゃんも末妹について行ったのかも。そして香多奈の去った来栖家のブースは、現在は紗良と姫香の2人体制である。

 追加でお昼前に、小鳩と凛香がヘルプに来てくれる予定。


「もっと来客数は減るかなと思ったけど、案外そうでも無かったね、紗良姉さん。この分なら、お昼からの人出ももう少し増えるかも?

 午前中の売り上げもバッチリだったし、午後も頑張らなきゃ!」

「そうだねぇ、本当に良かったよ……出店した屋台の数も、ほぼ減ってないみたいだし。私たちも色々買って、向こうの売り上げにも貢献しなきゃね」


 そんな事を話しながら、青空市に来てくれた人々の喧騒けんそうに耳を傾ける仲良し姉妹。人の流れは旧グランドの円状に設置された屋台に沿って、ゆっくりと流れて行っている。

 来栖家のブースは、そんな流れのちょうど出入り口で立地的には申し分ない。今も数人の来客者が、並べられたばかりのこけの絨毯やクーラーボックス、異世界の絵画や楽器などを興味深そうに眺めている。


 異世界で回収した品は、他にも文房具や食器類など数も種類も豊富である。それらが目をくのか、それとも安さに釣られてかのっけから売れ行きも好調だ。

 そんな人の賑やかな集まりが、更なる来客を招くのもいつもの事。ダンジョン回収との注釈の付いている、ワカメ束や蜂蜜瓶がさっそく売れて行ってくれた。

 一緒に出していた解毒ポーションも、買って行く人がチラホラ。


 この辺は、家庭でお薬として使う人も今の時代はいるようだ。来栖家でも、腹痛や二日酔いにも効能があるのは立証済み。解熱ポーションも、同じ理由から備蓄薬にと買って行く人が多い。

 これらはもちろん、協会でも割と高値で買い取ってくれる。ただし、これ以上ランクを上げたくない来栖家チームとしては、青空市の集客目的で売る方を選んだ次第である。


 エーテル関係は、他の探索者チームに好調だから続けていると言う側面も。今月も律儀に、それ目的にお馴染みのチーム『ジャミラ』の佐久間とその仲間が訪れてくれた。

 そしてエーテルとMP回復ポーションを、適当に買っての情報交換も少々。何しろ来栖家チームの最近の活躍は、探索者業界でも話題に上っているそうな。


 しかもこの日馬桜町も、“春先の異変”騒動でかなり噂となった。ここに来れば異世界人に会えるぞとの噂も加わり、広島県内でもマル秘スポットに成り上がっていると聞かされて姉妹もビックリ。

 その辺の事情もあって、探索者の視線も随分と集めている模様である。幸いにも、最新の秘密である三原の“聖女”に関しては、まだ広まっていないよう。

 それをさり気なく聞き出して、安堵する姉妹である。




 その頃、お手伝いを終えた香多奈たちは、無事にリンカとキヨちゃんと太一と合流出来た。それから熊爺家の双子と合流しようと、今日の計画を練り始める。

 いつものメンバーが集まったら、自警団チームの真似事をして遊んでも良い。それとも春の恒例事業である、山の散策を行うのも良いかも知れない。


 今の時期、山で手に入る各種山菜の類いは、何度も言うけど売れば幾らでもお小遣いになる。天馬と龍星も、それを知れば喜ぶに違いない。

 最近は探索者のお仕事にも、興味を持ち始めたこの双子である。正式にギルド『日馬割』にも入ると言う話だし、週に2度は来栖家の特訓に参加するようにもなった。


 まだまだ子供なので体力は低いけど、戦力的にはスキルも覚えているし有望である。双子ならではの息の合ったコンビプレーは、大人の探索者でも面食らう程。

 リンカも将来は探索者も良いなと、お転婆てんばな発言が目立つようになって来た。


「双子に電話したよ、すぐにこっちに来るみたい……んで、そこから何をしよっか? この前みたいに、みんなでまた学校の裏山にのぼる?」

「ん~と、パトロールしよっか? まだまだ逃げた野良モンスターいるかもだし、今日は他所の町から来た人も多いもんね。

 中には、ちょっと怪しい奴らもいるかもだよっ!」

「あっ、それは私も思った……実は最近多いんだよ、町の探索者事情を探って来る変な大人とか。異世界のチームの事とか、変に噂になってるせいかもね」


 それはちょっと不味いかなと、星羅を家にかくまっている香多奈は背中に冷や汗タラリ。今の時間の来栖邸には、ハスキー達の鉄壁の護衛も無いし、乗り込まれたらアウトである。

 そもそも怪しい大人が、何を求めてコソコソ動き回っているのか。判然としないけど、確かに注意すべき問題には違い無さげ。


 それを受けて、子供達はお昼を買い込みながらパトロールごっこに賛成の構え。本人たちは、ごっこでは無く本気で町の治安維持を行う勢いだ。

 それから案外と近くにいた双子と合流して、見晴らしの良いグランドそばの空き地で、昼食を一緒に食べながらの作戦会議。コロ助も毎度のお相伴しょうばんにあずかって、ご機嫌に尻尾を振っている。

 子供チームは、皆が揃って甘やかしてくれるので大好きなコロ助だったり。


 ほぼみんなからおこぼれを貰って、お腹いっぱいのコロ助は満足そうな顔付き。一方のルルンバちゃんは、今日は飛行ドローン形態でのお供である。

 本人は護衛役のつもりで、フル装備なのはアレだけど。幸いにも、周囲の人々はオモチャとでも思っているのか、威圧感は覚えてないので問題は無し?


 それより情報通のキヨちゃんは、朝から怪しいキャンピングカーを実は目撃していると口にした。子供の目と言うのは、意外といつも見慣れている風景から違和感を探し出すのに長けている。

 今回もちょっとした違和感が、怪しいと感じる発端だったようで。青空市が目的の来訪者とは、明らかに異なる行動が目立っていたのだそう。

 そいつ等は、人相からして悪役ヅラだったと容赦の無い子供の主張。


 熊爺家の双子は、悪人なら嫌と言う程見て来たぞと、チェックに向かうのに前向きな様子。子供だけだと危ないよと、慎重論を諭すのは和香や太一のみである。

 そこに歩み寄る大きな影、コロ助が振り向いた時にはその大男は既に目の前にいる始末。あっと驚く子供たち、何しろ色々と大人に聞かれたら不味い話が混じっていたのだ。


 その大男はどうやら外国人で、荒事の世界で生きて来たかの容貌をしていた。ただし彼が肩に担いでいるのは、5歳くらいの小さな女の子。

 ルルンバちゃんが、その両者を確認するように近付いて行く。





 ――大男が束の間、子供を守る様にその太い腕を掲げた。






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