第366話 “アビス”遠征の顛末を協会に報告に赴く件



 何とか茶々丸をなだめて、星羅と共にお留守番をして貰う事に納得して貰った来栖家チーム。その後お昼を家で済ませて、午後のお出掛けへと洒落込む。

 いや、キャンピングカーで麓の協会支部へと向かうだけで、つまりは仕事の一環でもある。護衛役のハスキー達を一緒に連れて行くだけで、何となく大仕事に思えてしまう不思議。


 やる事はいつもと変わらず、魔石やポーションを売って動画依頼を申し込むだけ。まぁ今回はそれに加えて、依頼料の確認が乗っかる位のモノ。

 それから動画に映った三原の“聖女”を、アップの際には綺麗に消して貰う約束も忘れずに。彼女を家にかくまっている事実は、既に協会本部は知っている。

 その事については、改めて説明するまでも無いとは思う。


 ただまぁ、支部まで伝わっているとも限らないので、その辺の流れはこちらからも説明すべきかも。そんな事を考えながら、護人はキャンピングカーを運転する。

 そしてすっかり春らしさを増した景色に、そろそろ花見の計画を立てようかなと脳内思考。この手の遊びは、普段は子供達が勝手にせがんで来るのだけど。


 今年は春先に色々あったし、野外でのバーベキューとなると護人の専門分野でもある。去年は麓の寂れた公園でやったのだが、今年は場所も変えたいかも。

 紗良と姫香の友達が、そう言えば4月の中旬に来る予定だったか。その頃には、桜の花はまだ散って無いだろうか、無事なら歓迎会込みで花見をするのも悪くない。


 家族サービスについて考えている内に、車はいつもの協会支部の駐車場に到着した。元気に飛び出して行く子供達とハスキー軍団、ミケは車内でお留守番をするみたい。

 それを見て、妖精ちゃんは香多奈について車外へと飛んで行った。この両者は、どうやらいつまでたっても仲良くなれそうもない。

 捕食者と襲われる側なので、これは仕方無いとも。


 ミケの為に車の扉は開けっ放しだが、田舎では特に当たり前の事ではある。愛猫に留守を頼むねと言いえて、護人も子供たちの後を追って協会の建物の中へ。

 そこではいつもの席で、子供達が能見さんを掴まえて盛大なお喋り会が始まっていた。香多奈が軍艦に乗るつもりで港に行ったら、普通のフェリー船だったよとの愚痴から始まって。


 私たち“浮遊大陸”までお邪魔したんだよとの、姫香の爆弾発言まで話題は尽きない。紗良は魔石を受け取りに来た江川に、いつも通りに受け渡しを完了させていた。

 それから動画内容チェックの準備を、いそいそと始めている。


「叔父さんっ、早く座って……どこまで喋ったかな、今回も凄く色んなことがあったからね! 異世界の旅行に引けを取らない大冒険だったよね、お姉ちゃん!

 凄かったんだから、本当に!」

「慌てなさんな、香多奈……動画のチェックをしながら説明すればいいじゃん。今回も長丁場かな、2日に渡って色んな所に行ってたからね。

 あと、アップする動画には乗せないで欲しい情報も幾つかあるから」

「そ、それは穏やかじゃありませんね……あっ、協会本部から色々と伝達が朝の早い時間にありましたよ、護人さん。近い内に本部長が、またこちらに訪れるそうです。

 こんな小さな支部なのに、本当に厄介な事案で……」


 そう言う能見さんは、本当に困った顔付きで申し訳ない限り。仁志支部長も同じく、戸惑いの表情が建物に入った瞬間から付きまとって離れない感じ。

 画面は現在、スタートの宇品港を映しており、そこで愛媛の女子チームと仲良くなったんだよと香多奈の矢継ぎ早な解説。それに加えて、A級ランクって言ってたねと姫香のさり気ない注釈が添えられる。


 能見さんも、この娘たちのコミュ力は凄いなと内心で思ったに違いない。あちこちで友達を作れる能力は、探索者でなくてもうらやましい能力である。

 画面を覗き込んだ仁志支部長が、確かに“千手せんじゅ”の阪波はんなみに間違いないですねとコメントして来た。そんな二つ名あったんだと、今更ながらの姫香の面白そうな反応。


 叔父さんは“四腕”なのに、あっちは千本なんだと変な反応の香多奈はともかくとして。接近戦でも遠隔でも、手数で圧倒する物凄い戦闘能力の持ち主なのだそう。

 所持スキル数も、“皇帝”甲斐谷に勝るとも劣らないそうな。愛媛の協会からの受け売りなので、どこまで本当かは不明だけど。仮にもA級なので、弱いって事は無いだろうと仁志の言葉。

 ただし子供達の印象は、コロ助をひたすらモフってた覚えしか無い。


 そんな仁志に、協会からどの程度聞いてますかと探りを入れる護人。画面はフェリーでの船旅を終えて、いよいよ“アビス”へと上陸するチームを映している。

 その数の多さは、さすが大規模レイドでの作戦中って感じで壮大だ。そして“ダン団”組織と揉めるシーンと、呆気なく墜落して行く戦闘ヘリ。


 これは私たちのせいじゃ無いよと、香多奈は関わってませんアピールに余念がない。ミケやルルンバちゃんなら出来そうだよねと、家族全員が内心で思ってたのは内緒である。

 この辺もカットですねと、何とか笑顔を作っての能見さんの大人の対応。ウチのチームの犯行じゃ無いのにと、末妹は何故か不服そう。

 ただまぁ、政治案件になりそうな動画をおいそれと流す訳にはいかない。


 それから動画は、やっとこさダンジョン探索の風景に。順調に進む前衛のハスキー達と、呑気に追随する後衛陣。遺跡タイプの攻略は、今の所は順調そのものだ。

 香多奈の説明も、特に付け足す事も無い感じ。“アビス”の浅層は、選ぶ扉が20以上と多いけど、他のダンジョンとそこまで変化は無いとの総評である。


 それに姉達も同意して、ただし5層ごとに再突入するのは変わってるねとコメントを口にする。“アビス”の中心の暗闇もなんか怖かったねと、香多奈も率直な感想を漏らしている。

 そんな“アビス”も、6層の扉の先から段々と牙をき始めた。いや、これは単なる来栖家チームの準備不足に過ぎなかったのだけど。


 そう言う情報は、協会でもデータ集めしてるから利用して下さいと能見さん。来栖家は、動画編集と魔石の販売でしか協会を利用しないチームなのだ。

 もっと有効利用すべきですと、能見さんのお叱りの言葉に。もっともな忠告に何も言い返せない子供たちは、ただ反省するのみである。


「そうだね、そこは私の責任かな……だって一応、チームの情報収集係だもんね。そこは反省だよ、ダンジョンってちょっとした事で詰む事もあるもんね」

「紗良姉さんだけの失敗じゃ無いよ、ねぇ護人さん? でもこう言う失敗も、ちゃんとギルドで共有して同じ過ちを繰り返さないようにしないとね!

 そう言う連絡網って、他の所はどうやってるのかなぁ?」


 ギルド運営も確かに悩ましいが、その辺のノウハウも協会は少なからず持っているとの事。能見さんは、もっと協会を利用して下さいと口酸っぱく忠告して来る。

 リーダーの護人は、基本的に農業や自治会やらで忙しい。だからその役目は私が担うねと、改めての姫香の立候補に。私もサポート手伝うよと、紗良も役割分担は大事と名乗り出る。


 末妹の香多奈も、私も頑張るねと元気に挙手して乗っかる構え。何を頑張るかは不明だが、動画の中はハチャメチャな戦闘シーンが映されていた。

 場面は10階層の中ボス戦で、大ウツボとの戦いのシーンである。ルルンバちゃんが丸呑みされた映像に、アレは肝が冷えたねぇと呑気な香多奈の呟き。


 結構な衝撃を受けた能見さんだったけど、この位でビックリしていたら最後まで持たないよとの姫香の言葉。その忠告は本当で、その後に出て来る問題映像の数々と来たら絶句モノ。

 まずはルルンバちゃんの『波動砲』の試し撃ちに、“ダン団”所属の冒険者の襲撃事件。それを返り討ちにしたかと思ったら、今度は三原の“聖女”の登場である。

 更にこの人、今お家でお留守番してるよと香多奈の発言に。


 護人から詳しい説明を受けた仁志支部長は、この事かと顔を手で埋める仕草。能見さんも呆れ返っているようで、良い事したねとは褒めて貰えないみたい。

 人助けをしたのにねと、香多奈は納得していない表情である。つまり末妹は、危険な火種を持って火薬庫をうろついている状況を理解していない様子である。


 何とか立ち直った仁志は、近日中に本部長と話し合いをお願いしますと口にするのみ。換金作業から戻って来た江川が、何事だろうとこの雰囲気をいぶかしんでいる。

 それはともかく、今回の魔石とポーションの売り上げは130万円程度とパッとせず。それに依頼遂行代金の50万が乗っかっても、過去の売り上げには及ばずで残念な限り。


 まぁ、能見さんがこの一連の報告で、卒倒せずに済んで良かったと前向きに考えるしか。何よりその分、自販機から仕入れた魔法アイテムの数々は、秀逸で換金したら大変な額になりそう。

 恐らくそれについても、協会のお偉いさんから話が来ると思われる。その辺は渡した動画データに、しっかりと記憶されている筈である。

 来栖家としても、その辺は特に隠すつもりも無し。



 そうして動画は、三原の“聖女”とコロ助が転移系の罠で消え去るシーンへ。それを追って、来栖家も前人未到の“浮遊大陸”へと潜入を試みる。

 香多奈は呑気に、ここから別のダンジョンねと能見さんに説明している。ダンジョンの逆走攻略なんて初だよねと、姫香もかなり呑気な相槌で応える。


 そして地下の“太古のダンジョン”から、何とか“浮遊大陸”の地上世界へ抜け出しに成功。そこで一夜を明かしての、翌日から迷子の探索を始める一行である。

 この地上のモンスターも、肉体がちゃんと存在していて倒して魔石になる事は無い。しかも聞いた話では、4つ以上の勢力が覇権を争っているとの事。


 妖精ちゃんのナビって凄いよねと、改めて異世界からの使者に感心する来栖家の面々。そんな勢力に頭上を取られているのが、今の瀬戸内海全域の現状だと思うと少々怖いかも。

 それはこちらからはどうする事も出来ず、今の所は静観するしかない状況だ。“浮遊大陸”の勢力の中には、かなり強欲で喧嘩っ早い連中もいるとの事。

 そんなやからたちの、地上への侵攻は無いとも言い切れない。


 その辺は、さすがの妖精ちゃんも完全に読み切れる訳でもなく。精々が注意してねと、瀬戸内海周辺の地域に警告を発する程度しか出来る事は無い。

 そう聞いた仁志支部長と能見さんは、一転して不安そうな表情に。この日馬桜町は、まだ山中に存在するのでそこまで危険度は高くは無いけど。


 敵は宙を漂う巨大な島なのだ、その戦火がこっちまで拡大しないとも限らない。対策は不十分でも、各々が危険に備えて生活するだけでも違って来る筈だ。

 そして画面の中の来栖家チームは、幾つかの戦闘をこなした末にコロ助の遠吠えを頼りにして。ようやくの事、パペットとゴーレムの砦の中で迷子の保護に成功していた。


 そして額に宝石のあるパペットに、お土産を渡される来栖家チーム。呆れ返った表情の能見さん、この辺も当然カットですねと目は少々うつろだったり。

 もちろん、鎧で素性を隠している三原の“聖女”もアップ動画に乗せられない。そんな事をしたら、間違いなくこの町と来栖家が“ダン団”の標的にされてしまう。

 何しろ連中は、狂信的で言葉が通じる相手では無いとの噂なのだ。


 そして動画は、来栖家チームが1人も1匹も欠ける事無く、無事に戻って行くシーンへ。時間が無いと騒ぎながら、途中で自販機をあさっているのはご愛敬。

 この交換で、凄いアイテムをいっぱい回収出来たよと姉妹はとっても嬉しそう。協会や企業に売っても良い様に、多めに交換して来たよとの言葉はくまで無邪気。


 仁志も能見さんも、商魂たくましい子供達だなぁと内心で思ったに違いない。まぁ、それもこんな時代なのだから仕方がない。

 それより今回の動画、割と長編なのに使える箇所が意外と少ないと言う困った内容。来栖家チームって行く先々で問題を起こすなぁと、座っているのに立ちくらみを覚える能見さんである。


 仁志支部長も同じく、彼は本部からの連絡でそれなりに詳しい事情を事前に知っていたのだ。それでも、ここまで破天荒だとは夢にも思っていなかった次第。

 何より“ダン団”から逃走中との三原の“聖女”を、今後どうするつもりなのだろう。その辺の事も、恐らくは本部から来た職員と話し合うとは思われる。

 それに関しては、実は来栖家は何も考えてないんじゃないかなぁと思う能見さん。





 ――そしてその推測は、おおむね正しかったりして。








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