第181話 日馬桜町の神社ダンジョンに詣でる件



 11月の中旬、そろそろ寒さも本格的になって来た山間の日馬桜町ではあるが。地元のダンジョン事情はいつも通りで、来栖家にも定例の自治会の間引き依頼が回って来た。

 ひょっとして、この前の“キャンピングカーダンジョン”のクリアで、今月はお終いかなと考えていた護人の予想を裏切って。逆にあの移動ダンジョンのお陰で、この“神社ダンジョン”が活性化してしまったという推測も。


 マジで迷惑な話だが、解明の進んでいない魔素の性質的には、そう言う事もあるのかも知れない。そんな訳で割り振られたこの場所、日馬桜町の地元の神社である。

 その名も『大蔵神社』と言って、田舎特有のうらびれた雰囲気の場所である。


 とは言え、そこは地元の神社には違いなく、文句など絶対に言えない来栖家だったり。ちゃんと作法に則って、鳥居を潜って参道の端を進んで手水舎前へ。

 それから家族全員で、ご神前の前へと並んでお賽銭の投入からの参拝など行って。アレ何をしに来たんだっけと、お参りを終えての末妹の素っ頓狂な言葉。

 姫香が黙って、境内の端に存在するダンジョン入り口を指し示す。


「そうだった、家族でお参りに来たんだと思っちゃった! 今からダンジョン探索だけど、神社の参道に木の枝や葉っぱが落ちてるのが気になるっ。

 叔父さんっ、入る前にちょっと掃除して行こうよっ!」

「アンタにしては良い事言うじゃん、そう言えば子供会でもたまに町内清掃やってたよね。ダンジョンの側は危ないからって、やらなくなっちゃったけど。

 いい機会だから、ついでに掃除もやって行こうよ、護人叔父さん」


 そんな姉妹の言葉で、家族で境内掃除を始める事に。時間は良く晴れた土曜の午後で、お昼を済ませて割とすぐの時間である。最近は朝から潜る事も多かったが、今回は午後からの探索に。

 チーム『ユニコーン』も同時出動で、日馬桜駅前のダンジョンの間引き任務を担っている。この町での初のお仕事に、凛香や隼人も張り切っていたけど。

 怪我無く戻って来て欲しいと、切に願う護人である。


 もっとも、向こうもこの町に来てから訓練ばかりで飽きていたようで。元々生活のためにと、週に3日のペースで潜っていた彼女たちなのだ。

 こんな間が開いたのは初めてだと、確かに彼らの言いたい事も良く分かる。まぁ、今回は無理せず7層程度まで、しかも魔人ちゃんも同行させての万全の体制である。

 恐らくは、そんな変な事にはならないだろう。


「お掃除って気持ちが良いねっ……叔父さんっ、集めた落ち葉はどこに集めよう?」

「こっちに持って来てくれ、後で一緒に焚火で焼いちゃおう。おっ、偉いなルルンバちゃん……さすがお掃除の腕前は、一味違うな」


 褒められたルルンバちゃんは、今回も飛行ドローン形態である。さすがに神聖な神様の住居に、間引き目的と言え小型ショベルなどで入り込めない。

 そもそもこの“神社ダンジョン”は、入り口もそんなに大きくはないので。小型ショベル形態では、ギリギリつっかえてしまうサイズ感だったり。

 そんな訳で、凶悪な小型ショベルは封印される事に。



 15分後、随分と小奇麗になった参道とその周辺の境内に大満足の様子の子供たち。掃除道具を所定の場所に片付けて、それじゃあ今度こそダンジョンの掃除と洒落込もうと話し合う姉妹である。

 これでドロップ運も上がるよねと、物凄く現金な言葉を口にする香多奈に。姉の姫香は、呆れた表情で隣を歩く妹の頭を軽く小突く。


 そしていつものメンバーで突入した、毎度の自治会依頼の“神社ダンジョン”だけど。今回はフィールド型ダンジョンのようで、当たり前のように見慣れた境内が目の前に拡がっている。

 ただし、細部はところどころ違っているようだ。季節感も違うし、神社の境内は紅葉もみじが映えていて綺麗ながらも、空気はどこか温かい。

 って言うか、セミの声がどこかから聞こえて来る始末。


「あれっ、ここは本当にダンジョンの中だよねっ? セミの声……ふあっ、何か飛んで来たっ!」

「モンスターだね、大セミかなっ? 前情報にもあったし、そんなに強い敵では無い筈だから。油断だけはしないで、落ち着いて対処して行こうっ!」


 香多奈の驚く声に、紗良の冷静な声掛けと言う。了解と元気に返事をした姫香は、ハスキー軍団を引き連れてそいつ等を撃退へと走って行く。

 今回から新しい盾を装備している護人は、それに慣れるように少しずつ体を動かしている。それから周囲を見回して、本殿の屋根の上から飛来する敵を発見。


 後衛を守るように位置につく護人と、飛翔して迎撃に向かうルルンバちゃん。その姿に、無邪気に応援を送る香多奈だが、最近はその効果はルルンバちゃんにも及ぶようになって来て。

 赤いオーラを纏ったように、一気に飛行速度が上昇する飛行ドローン。そしてネイルガンと魔銃を駆使して、以前と違う空中戦で敵を圧倒するその勇姿。

 5匹いた大カラスは、あっという間に迎撃されて行く。


 そして敵が落とした魔石と、自分が発射した釘を丁寧に回収して行くその機能。真面目だなぁとか思いつつ、後衛を警護しながらそれを見守る護人であった。

 そして半ダース程度の大セミを倒して、姫香たちも戻って来る。オシッコ引っ掛けられそうになったと怒っているが、その液体は特に浴びても害はないとの報告は上がっていて。


 要するに、本当にモンスターの尿で戦闘着についても臭いだけみたい。それはそれで安心だが、やっぱり浴びて嬉しい液体で無いのも本当で。

 姫香はハスキー軍団に、アレは絶対に浴びちゃ駄目だよと厳命している。


 それにしても、地元の“大蔵神社”は元からそんな敷地も大きくなかったのに。入ったダンジョンは不自然に広くて、地元では無い筈の境内社や宝物庫が存在している。

 さすがの末妹も、宝物庫の中を探索しようとは言い出さず。ハスキー軍団の探索によって、5分も掛からず2層への階段は発見されて。

 順調に2層へと、来栖家チームは降りて行く事に。


 こんな楽な探索は、最近では無いかもと軽口を叩きながら。お気楽な香多奈にクギを差しながら、チームは続いて2層の探索へ。ここも適温で過ごしやすいが、敵の数は前の層より多いかも。

 空からやって来る敵に混じって、白い大ネズミが地上から。コイツは前の層にもいたよと、姫香はハスキー軍団が一方的にやっつけていた事実を、遅ればせながらリーダーに告げる。


 “大蔵神社”の敷地内には針葉樹が多く生えているのだが、その間からもパペット兵士がわらわらと接近中。待ってましたと、それを迎撃に向かう元気者の姫香。

 さっきの大セミも結構いるようで、フィールド型なのに狭い敷地が災いしているのか。敵の密度がやけに高い感じで、ハスキー軍団も相手に苦労はしていない様子。

 護人も前進しつつ、ようやくシャベルでパペットを倒し始める。


 その時、本殿の正面に吊るされていた鈴が派手に鳴り響いて。本殿奥の障子がバカっと開いて、小さな影が数匹わらわらと出て来た。

 何事かと見守る一同だが、どうやら新たな敵らしい。見た目は一つ目小僧で、恐らく妖怪カテゴリーの敵なのだろうけど。特に武器も持っておらず、あまり強そうに見えない。


 そもそも小僧さんはお寺の小坊主さんの様な衣装を着ており、神社に出没するのはどうなんだと護人は思うのだが。考えてみれば妖怪は日本の生まれなのだから、神道を扱う神社に出て来ても不思議では無いのかも。

 少なくとも、外国由来の仏教施設のお寺に出没するのも違和感が。いやでも、昔話で出て来るのはお寺の方がメジャーなのかも。

 そんな思考とは関係なく、雑魚の大セミを倒した姫香が奴らを迎え撃つ。


 そしてサポートに入ったツグミと一緒に、途端に痺れたようにへたり込んでしまった。驚く香多奈の声にも、反応出来ない事態に陥ったらしい。

 咄嗟に魔玉を投げ込んで、時間稼ぎする末妹は戦闘度胸がついて来た証拠かも。それより慌ててパペットの相手を切り上げて、姫香の元へと駆け寄る護人。


 ってか、いかにも怪しいポーズを取っている奴が2体。まるでアニメで、眼からビームを放つような格好の一つ目小僧が、足を止めてポーズをキープしている。

 護人は咄嗟に、薔薇のマントから弓矢を取り出してそいつの目玉に射掛けてやる。それを見たルルンバちゃんも、空中からすかさずサポートに割り込んで。

 最近得意になった、魔銃の射撃で敵を蹴散らして行く。


「姫香っ、大丈夫か……どこか痛い所はないか、何にやられたっ?」

「うん、護人叔父さん……奴の目を見てたら、途端に力が抜けちゃって」


 そう言う能力持ちの妖怪なのか、それともこの敵の独自のスキルなのか。とにかく護人は射撃を四腕に任せて、慌てながら前線の姫香を後衛へと運んで行く。

 それから遅ればせながら、同じくへたり込んでいるツグミを救出。そう言えばミケも似たような能力を最近身につけていたけど、ドレイン能力か金縛りか判然としないのが怖い。


 ただその頃には、パペット兵士や大セミの群れはレイジー達が全て倒し終わっていて。周囲を確認しても、敵の姿はもういない様子。

 姫香も幸い、視線が外れてからは苦しみは消えたようで。紗良から回復を貰って、ほんの少しでもう大丈夫と元気を取り戻したアピール。

 ツグミも同様で、こちらは回復すら貰わずに走り出す始末。


 チームの防御力も、強化の巻物などでアップしているとは言え。特殊系の能力に関しては、防ぎきれないのが現状である。ってか、あんな敵は過去の動画には無かったと紗良が憤慨している。

 護人も一通り、細見団長の過去の動画はチェックしたけど。確かに妖怪系の敵は、動画に一度も出て来なかった記憶が。

 まぁ、ここも半年以上放置のダンジョンだし。


 しかも今回の依頼も、割と切実でどうも例の“キャンピングカーダンジョン”が側に近付いたせいで。こちらまで魔素が活性化してしまったと、慌てて依頼が挙がって来たらしく。

 本当に迷惑千万ではあるが、そろそろ間引きの時期だったのも事実らしく。来栖家チームも、月に1度の地域貢献は既に諦めて受け入れる格好に。

 かくして、こうして家族でお昼から潜っている次第である。



 そして一行は3層へ、香多奈は宝箱もドロップも渋いとボヤいているけど。確かに前に潜った奴に較べると、格段に少ない気がしないでもない。

 間引きは一応順調だが、また癖の強い敵が出て来るんじゃと気が気でない護人。ハスキー軍団も気を引き締めて、あまり本体から離れようとしない。


 そしてすぐに敵の集団が、本殿の高床式の床下から巨大な白ネズミが半ダースほど襲い掛かって来る。大蔵神社の本殿は特徴的で、神楽殿と本殿がくっ付いている形なのだが。

 その腰までしか囲いの無い神楽殿にも、鈴の鳴る音と共に妙な人影が。


「わっ、今度も妖怪の登場だっ! のっぺらぼうとろくろ首かな、何で男女ペアなんだろ?」

「知らないけど、何かヘンな武器みたいなの持ってる……あれって独鈷杵とっこしょ!?」

「それって密教の道具じゃ無かったかな、何で神社で妖怪が持ってるんだ?」


 ちなみに独鈷杵を持ってるのはのっぺらぼうで、服装は修行僧のそれだった。もう一方のろくろ首は、錫杖を手にしてこちらを威嚇している。

 そして早速首を長く伸ばし、その口からは炎を吐き出す始末。ターゲットに選ばれた護人は、それを丁寧に新品の盾でブロック。

 そして階段を駆け上がって、神楽殿の部隊へと舞い降りる。


 靴を履いているのに多少の申し訳なさが湧き上がるが、向こうはそんな事など気にしていない様子。それどころか、独鈷杵からは雷が飛び出てこちらを打ち据える。

 護人の装備する翡翠水晶の大盾だが、何とコイツには魔法吸収の能力が備わっていて。先ほどの炎の攻撃共々、全くのノーダメージと言う秀逸さ。


 装備って凄いなと感心しつつ、護人の『掘削』込みのシャベルの突きが空気を薙ぐ。トリッキーな動きでそれを躱す2体だが、元々神楽舞台もそんなに広い造りでも無く。

 フェイントを入れつつ、敵の位置を誘導するのに見事に成功した次の瞬間。ツグミの『隠密』の奇襲が、見事にろくろ首に決まってのテイクダウン。

 それに気を取られた隙に、のっぺらぼうも飛び込んだレイジーの餌食に。


 後は倒れ込んだ2体の妖怪に、護人が順番に止めを刺して行って。舞台上での激しい戦闘は終了、そして境内での戦いもほぼ同時に終了の運びに。

 あとは向こうの木々の隙間に、ちろっと窺えるパペット兵士を倒すだけ。鳴き声も聞こえるので、大セミも何匹かいるとは思うけど。

 そして残念ながら、妖怪は魔石しかドロップせず。





 ――ショボいよねと、罰当たりな香多奈の呟きが響く境内だった。







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