第179話 鶏兎ダンジョンを潜りながら人生を語る件



 5層の中ボス部屋前に至るまで、戦闘の機会はほんの10回程度だった。ハスキー軍団は、余程念入りに夜の特訓をこなしているらしい。

 お陰でオーバーフローの心配は皆無だが、ゼミ生達の経験値稼ぎは全く進んでいない始末。姫香の話では、中ボスとそれ以降は普通に敵はいたそうなので。

 それを目指して、もう少し進むのが良さげである。


 ところでここの中ボスは何だったかなと、何となく思い出してみる護人。確かこのダンジョンは、のっけからイレギュラー含みで惨憺たる感じだった覚えが。

 浅層で魔人ちゃんのランプの罠が発動したり、その奥にはレア種の巨大な狼が待ち受けていたり。そしてようやく思い出した、ここの中ボスは癖のあるコカトリスだったような?


 ファンタジーを齧った者なら、ソイツの持つ石化ブレスの恐ろしさは誰でも知っている。幸いにも来栖家チームの速攻で、奴がブレスを吐く前に倒す事が出来たけど。

 今回もそう都合よく行くかと尋ねられたら、ちょっと不安である。ゼミ生2人と協議して、強敵だった場合はこちらで倒すからと言い含めて。

 レイジーにもお願いしておく、相棒ならその辺のさじ加減も平気だろうし。


「良く分かりませんが、5層程度でコカトリスって酷くないですか、護人さん?」

「う~ん、魔素の関係でダンジョンの難易度はコロコロ変わるからね、とりわけ前回ここに潜った時は、かなり放置していたせいかレア種まで湧いてたからね」

「ああっ、思い出した……あの時は凄かったよね、たった1匹の敵にみんな吹っ飛ばされて。コロ助も深手を負ったり、本当に心臓が止まりそうだったよっ!」


 しみじみと語る香多奈の話に、冷や汗が止まらない様子の美登利である。ハスキー達もあの時の感情を思い出しているのか、今度はヤッてやるぜと意気は高そう。

 そして護人の合図と共に踏み込んだ中ボス部屋、奥に控える敵は双頭の大鶏だった。どうやら最悪の石化ブレスは無さそうだ、そんな訳で安心して大地に前進を促して。


 一応は、自分も一緒に前へと進み出る護人である。大地の戦闘パターンは、大盾とハンマーでの盾役&近接アタッカーで安定感はあるのだが。

 所有スキルは『闘技』と『体力増強』で、必殺のスキル並びでは決してない。それでも『闘技』は戦闘行為全般に補正が付くようで、その動きは初心者にしては上々。

 繰り出すハンマー攻撃も、急所に当たれば必殺になり得るかも。


 対する美登利だが、『質量軽減』と言う戦闘に役立ちそうなスキルを持ってはいるのだが。戦闘センスはあんまり無くって、仕方なく後衛からボウガンでの攻撃に徹して貰っている。

 彼女がもし巨大な長剣やハンマーの取り扱いに長けていたら、『質量軽減』スキルが効率良く戦闘に効果を発揮しただろうに。残念で仕方が無いが、まぁその辺は今後の課題として。


 今は大地の戦闘サポートとして、腕を磨いて行って貰う事に。香多奈も遠慮なく、前衛の大地へと『応援』を飛ばしてのサポート作業。

 ただこの補助スキル、他人に掛けて気付いた事が少々。例えばコロ助とか家族に掛けた時と、ただの知人に掛けた時の効能の違いとでも言おうか。

 つまり絆の深さで、掛かり具合が全然違って来るみたいで。


 つまり大地に掛かった『応援』効果は割とショボかったけど、レイジー達のサポートもあって何とか無事に中ボス戦は終了。見事勝利を収めたが、大地は相変わらずの無表情。

 他のゼミ生から、過去にモンスターに襲われたトラウマを大地は抱えていると聞いてはいたけど。その辺が、彼の白髪と精神性に大きく影を落としているらしい。


 香多奈に限っては、呑気に率先して宝箱チェックに忙しそうだけど。ただの木箱だったのは、ミケが付いて来なかった弊害かも知れない。

 ただまぁ、今日は朝から冷え込んでの冬型配置だったせいもあって。護人が家一番のご老体の身を案じて、外出を規制したのが大きな理由なので。

 その辺は、香多奈も難癖など付けないのは有り難い。


「ほらっ、美登利ちゃん……ドロップには無かったけど、宝箱の中にスキル書が1枚入ってたよっ! 木箱だからって馬鹿に出来ないよねっ、後はポーションとか鑑定の書くらいかな?

 魔石とか入ってたら当たりなのに、残念だねっ!」

「そっ、そうなんだ……そうね、ちゃんと回収品も勉強しないとね。私たちがお金を稼がないと、先生とゼミのみんなが餓死しちゃうもんね」


 その時は、前の田んぼでお芋でも育てればいいよと、香多奈も呑気に人生相談に応じる構え。そうしている間にも、ルルンバちゃんは床のドロップ品を回収し終えての待機モード。

 ハスキー達も、今回は新入りの研修だと心得ている様子で。のんびりムードで、力半分で随伴するよとの構えを醸し出している。


 それは本当に助かる、何しろゼミ生2人はモロに経験値不足なので。今度は試しに美登利さんが前衛やってみるかいとの護人の言葉に、モロに狼狽えている当人だが。

 適性があるかどうかは、やってみないと分からないのも事実で。大地に関して言えば、スキル頼りの戦闘シーンに、今の所は不安な個所は無い。

 問題は、やはり当人のメンタルなのかもと悩む護人。


「頑張って、美登利ちゃん……女は度胸だよっ! ほらっ、練習でいっぱい振るってたハンマーだから! 危なくなったら、レイジーとコロ助が敵を瞬殺してくれるからね!」

「う、うん……これもゼミの活動資金のためっ! 頑張るよ、香多奈ちゃんっ!」


 動機が不純……とまでは言わないが、分かり易い原動力で前衛に出て行く美登利である。護人が手渡した白木のハンマーと予備の盾を、『質量軽減』で両手で装備して。

 勇ましく大地と前衛の壁となって、それじゃあ行こうかと同僚に呼び掛ける。


 やはりこのペアだと、どうしても美登利が指揮を執る事になりそうだ。その所も改善して行きたいが、やはり大地のトラウマが最大の難関かも。

 分かり易く臆病になるならともかく、この無反応は相当に根が深いような気がする護人。そんな彼を突き動かしているのは、過去の怒りなのか未来への絶望なのかは判然とし兼ねるけど。


 良い方向に転がってくれればと、願って止まない護人である。そして6層の敵だが、コボルトが多くなって来た。人型の敵に忌避感を覚える探索者は、実は割と多いらしいのだが。

 大地は平気と言うか、むしろ進んで突っ込んで行く危なっかしさ。釣られて同僚を守ろうと、美登利も敵のタイプを気にしている場合では無い感じ。

 それがある意味、現状は良い方向に働いているっぽい。


「その調子、美登利ちゃん頑張って!」

「う、うんっ……何か調子良いかもっ!?」


 それは恐らく、香多奈の『応援』効果を上手く受け取っているからだろう。調子が良いのは本当っぽく、素早い動きの狼タイプが混ざり始めても順調なゼミ生2人。

 前衛2人体制でも、充分に良さそうではある……もう少し、美登利に落ち着きと両者に連携的な動きが欲しいけど。それも2人が経験を積んで、対応力を身につけてからだろう。


 それ以外は及第点で、来栖家チームのサポートを得て順調に探索は進んで行き。宝箱も1個見付けて、無理やりついて来た香多奈も大喜び。

 ただし、開封の際に罠が発動して大騒ぎする一幕も。開けた大地もビックリ、幸いにも毒の煙が出ただけで、解毒ポーションで治療は可能だったけど。

 ただ本人は、これも経験かと納得はしている模様。




 その頃地上では、姫香とキッズチームが厩舎裏の特訓場で、訓練に明け暮れていた。紗良も一応混じっていて、最近試作に成功した木の実の果汁ポーションを試して貰っている所。

 何しろいきなり実戦に投入して、全員がお腹が痛くなったりしたら目も当てられないので。効果が出ない位なら仕方ないと諦められるが、手痛い失敗は致命傷になり兼ねない。


 その実験は、キッズチーム達も積極的に手伝ってくれて嬉しい限り。何しろサンプルは、多い程データが多く取れるので。すっかり研究者脳の紗良だが、それも大事には違いなく。

 その結果はまずまずで、どうやらエーテルを混ぜたのが功を奏したみたいである。錬金レシピの記述を参考にしたが、なかなかの成果にテンション上昇中の紗良。

 しかも効能時間が、1時間程度に伸びてるのも嬉しい改善点。


「これは凄いかもね、紗良姉さん……しかも効果時間も伸びてるんでしょ、姉さんって大発明家だよねっ!」

「大発明って程でもないけど、これで使いやすさは随分と上がるよねっ? チームの探索能力の底上げにもなるし、安全度もきっと上がる筈だよっ!」


 嬉しそうな紗良だけど、他のメンバーからも効果の程は上々だとの報告が。そんな話をしていると、そう言えばツグミも新技を覚えたんだよと姫香も告白する。

 何が良いかなぁと、姫香は家の中や魔法の鞄から何かを探す素振り。それから目的の品を見付けたようで、それを相棒に示してやっちゃっての合図を送る。


 差し出されたのは随分前に入手した、レア種の銀狼の毛皮だった。あの時は随分巨大だったが、毛皮となった今はハスキーの倍程度に収まっている。

 それが突然、生き物のように動き始めて見物していたキッズ達はビックリ。ツグミの《闇操》は、闇を肉体のように纏め上げて活用する使い方も出来るようで。

 これって乗っても平気なんだよと、その発言に反応する和香と穂積。


 そこからは、特訓と言うよりツグミの能力のお披露目会になってしまったけど。影を渡る能力もあるんだよと、姫香の容赦ないお披露目は続く。

 和香と穂積は、影の銀狼に馬乗りになってご機嫌に進む先を示している。その隣では、影の中へと招いてよとツグミにリクエストする姫香の姿が。

 そんな訳で、こちらも結構なカオス振りな特訓場だったり。



 6層を過ぎて、7層に至っても敵の密度に変化はなかった。そして8層も順調に半ばまで過ぎるが、護人はそろそろ引き返すべきとの判断を脳内で下していて。

 とにかく初心者のゼミ生2人に、最初から大きな負担を掛けるべきではない。ペースもハスキー軍団がメインの来栖家チームとは、雲泥の差でゆったりだ。


 休憩も多めに取っていて、今も8層を踏破し終わって階段まで辿り着いて。階段側に座っての休憩中で、香多奈と美登利は探索話に物凄く熱中している。

 香多奈がやたらと先輩風を吹かすのは、傍で聞いていてとても面白い。美登利もキツそうな顔付きなのに、意外と素直に聞く力は持ち合わせているようで。

 探索者として、今後伸びて行きそうな下地は感じるかも?


 美登利の方の心配は少ないが、問題は大地だろうか……いや、探索者としての腕前は、見た限り及第点ではあるけど。活力と言うか団結して生き延びようとする、パワーが全く感じられないのが物凄く気掛かりだ。

 女性2人はお喋りに興じているし、警護はハスキー達がしてくれている。護人はさり気なく、大地にその辺の事情を窺うために話し掛けてみる事に。

 探索はともかく、ダンジョンやモンスターに対するトラウマ的な何かは無いかと。


「……そうですね、ダンジョンに潜って敵を殺して行けば、自然と心の中の怖さは失せると思ってたんですが。護人さんは怖くないんですか、こちらを殺そうと襲って来る敵の存在が。

 僕は恐怖で身体が動かなくなるんじゃないかと、戦闘中は常に不安ですよ」


 つまりは、死ぬ事に対する恐怖感はちゃんとあるのだろう。護人も当然あるし、子供まで巻き込んで探索を続けている後悔は未だに存在している。

 それでも今は、ダンジョンに対する忌避感も害獣程度には下がって来ている始末。大地のトラウマは根深いかも知れないが、前を向けているだけマシと言うモノだ。

 とにかく失敗を恐れず、挑戦を続ければいつか雪解けが訪れる筈。


「いや、飽くまで農家の意見だけどね……農業ってとにかく、失敗から学ぶ事が多いんだよ。それでも季節は巡って来るし、再挑戦の場はすぐにやって来るからね。

 春蒔きに秋蒔き、失敗に落ち込んで蒔くのを止めたら、何も生えては来ないからね。探索も同じだよ、どんなに不格好でも仲間と共に生きて戻れば、幾らでも立ち直れる。

 まずはそこからだな、学ぶべき事は幾らでもあるから」

「失敗から学ぶ……ですか」


 何だか初めて、大地の表情に変化が出て来た気がする。護人のつたない人生相談だったけど、それなりには心に響くモノがあった様子だ。

 それからポツポツ、大地は自分の過去の出来事を語り始めた。学生時代に野良モンスターに襲われて、友達が2人も亡くなった事。

 その時に死を覚悟したけど、何とか生き延びる事が出来た事。


 探索者の資格を取ったのも、死んだ友達に対する贖罪しょくざいの感情が大きかったと。ダンジョン学の道に進んだのも、同じく亡くなった友の無念を晴らす為だ。

 そこに楽しみは無かったし、そんな感情は生き延びた自分が感じるべきでは無いとの思いも強く。ところが良い先生と仲間と巡り合えて、挙句の果てにこんな田舎に集団で越して来て。

 何だか楽しみで仕方がない、自分に戸惑っているんだとの告白に。


「それで全然構わないさ……過去にいつまでも囚われていて、今の仲間まで失ったら君はどうするつもりだい? まぁ、若い頃の悩みは肥料さ……人を豊かに育ててくれる為のね。

 とにかく未来に向けて、色々と挑戦して種を蒔いて行きなさい。何かを土に植えさえすれば、大地はきっと応えてくれるから。

 ……そう言えば、君の名前も大地だったね」





 ――その言葉に、大地の表情は見る見るうちに崩れて行った。






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