第163話 安全で幸せな日々を噛み締める件
激動の“弥栄ダムダンジョン”の大規模レイドから3日、来栖家は至って平和である。って言うか、平和で安全な日常を噛みしめながら生活している感じ。
同業者の人間に襲撃されると言うトラウマは、それなりに大きかったけれど。子供たちは何とかそれを乗り越えた様子、姉妹だけにずっと一緒に過ごしたのも大きかったのかも。
香多奈もやはり、少し堪えた様子で護人は学校を2日ほど休ませたのだった。日中もなるべく一緒にいる様にして、心のケアを取り計らって。
香多奈にしてみれば、コロ助の怪我の容体の方が気掛かりみたいだったけれど。それも魔人ちゃんの適切な助言と、ルルンバちゃんの《念動》での弾丸の摘出作業と。
そして紗良の『回復』で、何とか無事に危機を乗り切って。
念の為にと、ダンジョン内で入手した上級ポーションも与えられる始末。売れば100mlで10万円の超高級品だが、コロ助の健康と香多奈の安寧の為には安いモノである。
そんな訳で、更に念の為にと呼んだ孝明先生から、毎度の如く逃げ回るコロ助である。それを追い掛ける末妹も、とっても幸せそう。
それは置いといて、山の上は段々と寒くなって既に秋も終盤と言う感じの天候だ。特に寒さの到来の早い来栖家は、麓より一足先に冬支度へと忙しい。
香多奈も元気に、姉たちと部屋の模様替えをお手伝い。その合間に、一緒に小島博士の塾で勉強を教えて貰っていたみたいで。やはり勉強も、姉たちと一緒なら苦にはならないみたい。
そして少女の関心事は、戻って来てから新たに1つ増えていて。
それが12層で拾った、オレンジ色の“卵”である。何故か伝説の剣は消え去って、これが落ちていたそうなのだが。これの孵化についても、家族内でひと悶着あって。
危ないから放っておきなさいと、家長の言葉は当然あったのだが。どうしても孵化させて育てたいと、末妹の得意のおねだりが発動して。
とは言え、香多奈が夏休みの自由研究で使った孵卵器では、持ち帰った卵が大き過ぎて使えない。そこで少女が考え付いたのが、ミケさんに頼る方法である。
どうかこれを温めてくれないかとのお願いに、ミケは何で私がって表情で。残念ながら何かの遊びと思われたようで、受け入れて貰えずの結果に。
仕方無く、少女は紗良の発案の湯たんぽ作戦を実行する事に。
「ああ、それなら良いモノが納屋裏に置かれていた気が……昔は湯たんぽ代わりに、電気式の足を温める器具が売られてたんだよ。
寝る時にそれを足元に入れて、コタツみたいに使うんだ。後で探しといてあげるから、ちょっと待ってなさい」
「はやくしてねっ、叔父さん……レイジーもツグミも無視しちゃうから、仕方なく私が今は温めてるんだからっ! この歳で私、お母さんになっちゃうよっ!」
どんな理屈だと突っ込むのは、恐らく野暮なのだろう。そんな訳で護人は、昼食後に姫香と納屋の探索を始めて。程無く発見、しかも無駄に3つも出て来る始末。
昔は家族全員でこれを使ってたんだなぁと、何となく感慨に
軽いジェネレーションギャップを感じつつ、それがまだ使える状態かを一応確かめて。ちなみにこの3日間は、昼間はシーツに包んで縁側に、夜は香多奈が抱いて眠ってたそうな。
意外と律儀でアグレッシブな子である、それが長所なのかは不明だが。しかしダンジョン産の卵を孵化させて、一体どんな結末が待っているのかが不安で仕方が無い護人だったり。
その点を、一応妖精ちゃんに確認して貰ったのだが。
余り重大事とは捉えていないようで、卵を温める必要もあるのかも疑問視している感じだ。無関心にも感じるその態度、卵の中身にも見当がついているようなニュアンスで。
出て来たくなったら出て来るだろう的な言葉を発して、彼女はフイっと飛んで行ってしまった。香多奈は怒っていたが、彼女は来栖家に対して興味を失った訳では決してない様子。
それが証拠に、最近は姉妹の恒例の集団入浴にもついて来るようになった妖精ちゃん。一緒にお風呂に入って何をするかと言うと、実は末妹の特訓だったり。
小さな淑女のフルヌードを見学して、感心している紗良はともかくとして。たらいを別に用意して、彼女専用の浴槽は割と立派でキンモクセイの花など浮かんでいる始末。
だけどその口から発される言葉は、割と熾烈だった模様。
「そんな事言われても、あの時は向こうが勝手に出て来ちゃってたし……コツなんて掴めてないよっ、本当に私の《精霊召喚》が関わってたのかなぁ?
水の精霊さ~ん、聞こえてたら出て来てくださ~い」
「そんなとぼけた声を聞いても、誰も答えてくれないよ、香多奈? やっぱスキルの発動って、心から求める
「なるほど、確かにそうなのかもねぇ……さて香多奈ちゃん、髪洗おうっか?」
そしていつもの風景、末妹の肩までの髪を紗良が丁寧に洗って行く作業。その間も妖精ちゃんの特訓は続き、香多奈は呪文みたいに水の精霊に遊びに来てよと呼び掛ける。
仕舞いには、護人叔父さんの懐かしのCDシリーズでお気に入りの『
アルバムの出来はどれも良く、子供達もお気に入りと言う。
そんな脱線に、妖精ちゃんも呆れた表情を浮かべるも。とくに批難する事も無く、たらいのお風呂を満喫してたかと思ったら。烏の行水で、さっさと上がって行ってしまった。
そもそも入浴も、滅多にしないので必要かどうかも怪しい不思議生物である。末妹の特殊スキルも、もうしばらくは進展が無さそうな気配。
そんな感じで、その夜は過ぎて行くのだった。
ついでにこの泊まり掛けの遠征の結果を報告しておくと、まずは来栖家チームが2つのダンジョンを探索して覚えたスキルについての報告が先かも。
何しろそれだけでも相当なパワーアップなのだし、命懸けの探索のお陰で相当な儲けも出た。しかも、大規模レイドに参加した依頼料を抜いた利益としてである。
取り敢えずは“鬼原ダンジョン”で得た宝珠《豪風》は、相性の良さを考えて姫香が取得する事に。それからスキル書の相性ゲットはなかったモノの、コロ助がオーブ珠に見事に反応して。
妖精ちゃんの鑑定によると、おそらく《韋駄天》系の能力を得た筈との事で。これでめでたく、ハスキー達3匹とも特殊スキルを取得に至った次第である。
何と言うか、才能があり過ぎる気もするが、そこは努力も込みの結果なのかも?
それから“弥栄ダムダンジョン”のスキル書4枚とオーブ珠1個の相性チェックの結果だけど。何とスキル書2枚とオーブ珠1個が反応すると言う見事な結果に。
まずは護人が『掘削』系のスキルを、それからルルンバちゃんが『器用度上昇』系のスキルを取得したらしい。ミケはオーブ珠のスキルを得たが、その効果はトンと不明。
何しろ妖精ちゃんが、怖がって鑑定してくれないのだから仕方が無い。
また今度、もう少ししたら鑑定の書でチェックしようと家族で話し合って。気紛れなミケの件はお終い、まぁ気にしても仕方が無いと言う事情もあるのだが。
護人の『掘削』に関しては、確かにシャベルで土を掘ってみた際に違いを明確に感じる本人である。これが攻撃手段として確立したら、物凄い威力を発揮するかも。
ルルンバちゃんの『器用度上昇』に関しては、良く分からないと言うのが本音かも。良かったねと褒め称えて、今後の動向を見守るしか無く。
本人もご機嫌そうだし、効果はそれなりにあるのだろう。戦闘能力に繋がるかは不明だが、これも周りが気にしても仕方が無い案件である。
それから姫香の《豪風》とコロ助の《韋駄天》だが、ダムの探索中に作動した気配も微かにあったのだけど。完全には馴染んでいないようで、特訓中の完全な具現化は無理だった。
これらも少しずつ、身体に馴染ませていく作業が必要なのだろう。教官の魔人ちゃんもそう言ってたし、ますます訓練に身が入る姫香である。
ギルド員も今後増える予定だし、ヤル気充分な熱血少女。
それから暇を見つけて、協会に挨拶がてらの報告会にも行った来栖家である。そこで提出と言うか売りに出した魔石とポーションで、やっぱり一波乱巻き起こって。
まずは“鬼原ダンジョン”の儲けだが、魔石とポーションで約90万円。加えて回収した魔結晶に関して言えば魔結晶(中)を売り払っただけで50万円にもなって。
魔結晶(大)7個を換金せず、この価格である。
ちなみに、魔結晶(大)は1個で50万円以上の値段が付く模様。今まで1度に、こんな大量にドロップした経験が無い来栖家である。
ただ一度に換金するのもどうかと言う話になって、そこは自粛する事に。そして“弥栄ダムダンジョン”の収入だが、魔石とポーションだけでまさかの180万円突破である。
魔石(微小)の数で言えば、半日滞在していただけに“鬼原ダンジョン”の4倍はあったのだが。魔石(中)や魔石(大)の数が響いたのか、売値的には半分に落ち着いた。
そして魔結晶の販売価格は、50万円と“鬼原ダンジョン”と同じ程度。たった2日での収入としては、400万近くと信じられない額となってしまった。
売ってないアイテムは、まだ随分あるにも関わらずなのに。
「凄いね、護人叔父さん……2日頑張っただけで、こんなに儲かるなんて。しかも来週の青空市でも、色々と売れるからもっと儲けが見込めるよっ!」
「そうそうっ、青空市と秋の収穫祭を同時に行うんだよねっ! 楽しみだよねっ、私も子供神輿を担いで町中を歩いて回るからねっ。
能見さん、絶対見に来てねっ!」
それは見に行かなければと、本当に楽しそうな能見さんである。それはそうと、魔石販売実績がとうとう一定数に達して、護人がうっかりB級へと昇格してしまう事態に。
それは不味いと、事情を説明してそれを固辞しようと画策する護人だが。ハスキー達の貢献もあるので、それは本当の自分の実力では無いと。
それは理解しているけど、協会でその調整を行うのは難しいとの返答で。試しに仁志支部長の権限で、犬と猫とAIロボに探索者カードを発行して良いか、本部に問い合わせた所。
何をトチ狂っているのだと、きつく一喝されたそうである。
「そんな訳で、諦めて昇格話を受け入れて貰えませんか、来栖さん……B級になればそれなりの権限が貰えますし、優遇もC級よりずっと大きいですよ?
ただまぁ、多少の義務ももちろん発生しますけど……」
「素直に受ければいいじゃん、護人叔父さん。これからギルドのリーダーになるんだから、これでちょっとは箔が付くじゃんかっ!
どうせその内、実力も名声も追いつくと思うよっ?」
呑気な姫香の追随に、思い切り顔を
何でこうなったとの思いは、当然大きく心を占める護人である。しかもギルドのリーダーとか、相変わらず姫香の野望は暑く燃え盛っている様子。
子供の夢やヤル気は尊重したいので、敢えて水を差すような言動はしない事に決めている護人だけれど。本当に儘ならない現実に、熱を出して寝込んでしまいそう。
香多奈が勝手に、今回は動画が長くなっちゃったと、能見さんにデータを渡しての動画依頼を行っている。今回はダンジョン2つ分なので、確かにチェックだけで大変かも。
そう言えばと、2つ目の大規模レイドでの問題点を、仁志支部長と能見さんに小声で告げる護人。つまりは悪漢チームに襲われて(それも3度も!)の、返り討ちにした顛末が動画に映っている可能性があると。
能見さんは、もちろんヤバい場面があれば編集で誤魔化しますと返事をするけれど。どの程度のちょっかい掛けですかと仁志に問われて、鉄砲で撃たれたんだよと香多奈の素直な返答。
その瞬間、周囲は水を打ったように静まり返る。
「えっ……と、それは何かしらの比喩的な? さすがに子供がチームにいるのに、そんな暴挙に及ぶチームは存在しません……よね?」
「残念ながら、暴漢連中にそんな常識やマナーは無かったようですね……自前のスマホでも撮影しましたが、配布された小型カメラにも映っている筈です。
そちらはギルド『羅漢』のスタッフに、既に返してしまってますが」
その返答に、言葉を失くす仁志支部長と能見さんである。それからようやく立ち直って、すぐにギルド『羅漢』に連絡して、こちらも動画での確認をしますと返事を貰って。
とは言え、罰則機関が上手く機能していない現在で、多大な期待をしても仕方が無い。護人もさほど期待せず、こちらに被害は無かったとアピールしておいて。
ただし、今後また大規模レイドの話が来ても、謹んでお断りするとの返答はしておく。もう二度とあんな思いは御免だし、家族が離れ離れになった時は本気で肝が冷えた。
まぁ、アレは大規模レイドとか全く関係は無かったけど。それでも子供の教育に良くない場所に、進んで行こうなどとは勿論思わない護人である。
そうやって話を締めくくり、動画依頼の話も終了。
【トカゲ皮の下履き】装備効果:水耐性up・中
【魔法の
【強化の巻物(威圧)】使用効果:威圧付与(橙の魔石使用)
【強化の巻物(敵愾心)】使用効果:敵愾心付与(黒の魔石使用)
【千年亀の甲羅】使用効果: 防御up付与(青の魔石使用)
【水妖の短剣】装備効果:水刃効果・中
【巻貝の通信機】使用効果:通信効果・永続
【巻貝の耳飾り】装備効果:水耐性up・小
【混迷の杖】装備効果:混乱付与・中
【豪奢な鎧一式】装備効果:サイズ可変&屈強&敵煽・大
【オレンジ色の卵】設置効果:不明
そして“弥栄ダムダンジョン”の、魔法アイテムの鑑定結果がこちら。“鬼原ダンジョン”での魔法アイテムラッシュに較べると、格段に少なく感じてしまうけど。
有用なモノは意外と多くて、例えば『巻貝の通信機』とかダンジョン内で使えるのなら素晴らしいアイテムである。この辺りは、後で是非確認しておきたい所。
それから強化系の巻物が、意外と多く3つもドロップしていた。装備の充実には最適で、今まで見た事のない効果の物まで混じっている。
しかも『豪奢な鎧一式』は、魔法の効果も合わさって売ればとんでもない値段になりそう。ちなみに護人に使う予定は、今の所は特に無かったり。
装備でガチガチに固める位なら、まだ『硬化』スキルを磨いた方がマシ。
最後に『オレンジ色の卵』だが、上級の鑑定の書を使ってこの結果だった。しかも設置効果と出ているが、確かに使用するにも装備するにも具合が悪いのは確かで。
どうしようと来栖家で話し合いはしたけど、香多奈の所有物でしょと姫香の一言で。取り扱いは少女に丸投げにする事が、有耶無耶に決定されてしまった。
これも来栖家クオリティ、いつも通りの日常の一コマである。
――そうして今日も、賑やかにお祭りと青空市の用意に備える来栖家だった。
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