第162話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その6
吉和で起きた“もみのき森林公園ダンジョン”での顛末だが、実はまだ一向に収まる気配が無かった。ダンジョンの巨大なワープゲートは、依然として公園の中央に威容を誇るように存在し。
その最初のゲート出現から、定期的にモンスターが溢れ出す事態に。お陰で中の攻略どころでは無くて、ギルド『羅漢』の面々は防戦一方の日々である。
それでもギルド内のトップチームで、1度ならずコア破壊の望みを託して突入してみたのだが。ダンジョンの内部の敵の混雑具合も、オーバーフロー直後とは思えない酷さで。
とても階層を更新するどころでは無く、2層に辿り着くまで2時間以上を費やす始末。疲労も限界の1チーム攻略は、敢え無くこの時点で断念となって。
防御陣を引きつつ、外部に応援を頼む事に。
ギルド『羅漢』としては無念ではあるが、何と言うか仕方が無い。幸い、“
そしてあの広域ダンジョンの攻略も、色々あったモノの何とか無事に終了したとの報告に。肩の荷は取り敢えずだが、1つとは言え降ろす事が出来た。
この分では、ギルド員の高坂ツグムの『予知夢』にあった、“三段峡ダンジョン”も相当酷い事になるんじゃないかと。冬は雪深い山間部である、そうなると移動も間引きも儘ならないのは周知の事実。
本当に頭の痛い問題が山積みだが、どうにかしようにも探索者不足は如何ともし難く。頑張ってどうこう出来る事案でも無いので、余ってる地域に応援を乞うのみ。
まぁ、その余っている地域も本当に少ないのだが……。
「う~ん、近場の広島市内の探索者チームに頼むしか無いですかねぇ……とは言え、中も広くて1チームではどうにもならないんでしょう?
そうすると、A級の甲斐谷さんのチームに来て貰うとか、弥栄ダムみたいに何チームかのレイドの形を取るかしないと。
そうしないと、とてもコアまでは到達出来ませんよね、森末さん?」
「そうだな、何しろ1層目から大型の蜘蛛が平気で闊歩しているダンジョンだから。アレが出て来たら、近場の町も本当に不味い事態に陥るぞ。
なるべく早い応援を頼みたいけど、それも難しいかもな……」
何しろA~B級の探索者は、難しい案件に引っ張りだこなのだ。それこそ数か月先までスケジュールが埋まってるとか、普通に有り得る事態である。
ダンジョンは今も各地で増え続けており、その研究も盛んに行われているそうなのだが。対策については、今の所は探索者が間引きに赴くしか手は無い状態で。
その筆頭が、A~B級の探索者なのには間違いは無い。岩瀬支部長は目の前に座る森末ギルマスに向けて、ダメ元で依頼を送ってみると約束はしてくれたけど。
肝心の岩瀬支部長も、依然と表情は渋いままで対策を森末と話し合っている。“もみのき森林公園ダンジョン”のオーバーフロー騒動は、例を見ないレベルの規模だったのだ。
死亡者も数名出て、住民がピリついてる状況が続いている。
「幾ら『予知夢』で事前に分かっていても、対策が出来ていないと全く無駄な良い例だったな。せめて今後は被害を最小限に抑えて、“三段峡ダンジョン”の被害は事前に防がないと。
ワイバーンが何十匹も野に放たれたら、それこそ西日本の流通がストップしてしまう。そんな事態にならないよう、今から策を練らないと」
「確かにその通りですね、本当に飛行型のモンスターは厄介です。三段峡の周辺の人口は少ないですが、決して軽んじて良い案件ではありませんね。
こちらも一応、一緒に報告に上げておきましょう」
返す返すも、自分達でこの困難を処理出来ないのが悔しくてたまらない森末である。今の自分達の実力では、あの忌々しい新造ダンジョンを停止させる事は叶わないのは分かっている。
せめてもう少し、ギルドに探索者が増えてくれれば……そうすれば、オーバーフローで住人の犠牲も出さずに済んだかも知れないのに。
今は自警団を含めて、昼夜を問わずの見回り人員を揃えるのに精いっぱい。
――なるべく素早い時期での、この騒動の終焉を願って止まない森末だった。
12層に鎮座する、元は意志を持つ宝石は苦楽の末にとうとう彼の望む持ち主に巡り合えた。これも彼の知らない内に、向こうの世界で有名になったお陰だろうか。
どうも彼は、物凄い価値のある“聖剣”だと噂になっていたらしい。意志を持つとか持ち主を魅了するとか、そんな話が聞こえて来ないのは
巡り合いの最中の騒乱は、彼にとっては全くの予定外。それ以上に混乱したのは、彼との相性チックを勝ち抜いた主が、彼を必要としていなかった事!
そんな事はあってはならない、だって相性はバッチリだったんですもの!
混乱した彼は、色々と短い時間で考えに考え抜いた。ショックは相当なモノだったけど、それ以上にこんな場所にこれ以上独りで居たくなかったのも本当で。
魅了を使うか、それとも少女の意識の中から、彼女の好みに沿うモノに形状を変えるか。慌しい思考の中から、彼はその二択へと結論を位置付けた。
そして結局、彼は“卵”になる事を決意した。
それはもう、仕方の無い決定には違いなかった……何しろ少女が最近で、一番感動した出来事が卵から孵化した生命体だったのだから。
それをすれば、少女の興味を自分に惹きつける事が可能なのは間違いは無い。ただし、彼は生命体と言うモノにあまり詳しくは無かった。
ましてや自分の足で動き回って、生と死を併せ持つ存在なんて。彼にとっては不完全な存在に他ならず、どちらかと言えば自分より格下として捉えていたのだ。
そんなモノに形を変えるなんて、何だか負けた気がして仕方が無い彼である。それでもちゃんと持って帰って貰えて、内心では凄く安心してはいたのだが。
しかも温めて貰っている間、何だか不思議な感情が芽生えて来る始末。
この感情を何と呼ぶのか、彼には全く理解に及ばなったのも確かで。それでもこの後はどうしようかと、物凄く考え込む事となる意思を持つ宝石だったり。
ちなみに彼が運び込まれた邸宅には、それこそ幾つかの意志ある人外の存在が居を構えていた。何だか、呼ばれるべくして呼ばれた様な不思議な気分。
そんな彼に、色んな生き物がちょっかいを掛けて来たりもしたが。
その反応は様々で、フレンドリーだったり
はやく舎弟が増えてくれればとか、生意気にも思っている節があって不安になってしまう。逆に薔薇のマントと呼ばれてる奴は、独占欲が強くて我が強そう。
地面をうろちょろするルルンバちゃんと言う存在は、まだまだ生まれ立てのお茶っぴいな存在のようだ。彼の様な熟成された域にまで到達するには、もっと長い時間が必要だろう。
それより気になるのは、自身の身の振り方で間違いは無い。今は卵の状態なので、何かに産まれ変わるのが吉なのだろうけれど。
事前リサーチの結果、少女は金の鶏を望んでいるみたい。
その想いには、断固として反対票を投じる勢いの彼である。そんな恥ずかしい姿には、絶対に産まれ変わりたくなどは無い。せめてもう少し、強くて立派な姿が良い。
例えば生命体の頂点に立つ、万物の王者の竜の姿を取るとか。少しだけそんな話も出て来たが、ウチじゃ飼えないよと敢え無く却下されていた。
幸い、こちらの時間で半月ほどは考える時間があるらしい。それまでは適当にそれっぽいアクションを取りながら、この近辺の情報を回収しつつ。
どんな姿に産まれ出るか、よ~~く考えておかないと。
――これ要らないなんて、もう2度と言われるのはコリゴリだ!
広島市内の居住へと里帰りした凛香だったが、そこからのチームの会合は結構な紛糾具合いだった。何しろ内容が急だ、いきなり引っ越しするぞとの議題だし。
それでもチーム『ユニコーン』に、広島市内に居座る理由は実はあまり無かった。ここにいると家賃こそ掛からないが、両親との思い出で不意に息苦しくなる場合が何度もあるし。
光熱費やら食費はバカ高いし、何より治安が物凄く悪い。自警団的な組織は確かにあるけど、それが警戒するのは飽くまで野良モンスターのみである。
本当に怖いのは、無法地帯となった街に放たれた、食うに困った人間たちだ。そいつ等がより弱い人間を食い物にして、楽に稼ごうと市内をうろつき回っていて。
未成年の彼らは、目を付けられた事が何度かあったりするのだ。
「凛香姉ちゃん、本気でそんな事言ってるの……今月中に、知らない田舎に引っ越そうって」
「だから今から、向こうで撮った写真見せるってば……ラインでも送ったでしょ、あんな御馳走を田舎の人は毎日食べてるんだよ?」
「ごちそう……」
最年少の
チーム運営にも良く手助けしてくれるし、頼りになる人材には違いないのだが。実は“変質”の影響を身体にも心にも受けていて、左腕が奇妙に変形していたりする。
しかも魔素の濃い場所では、突然に破壊衝動にかられたりと探索中に大変な場面も。それでもチームリーダーの凛香が、一番信頼しているのも隼人には違いなく。
14歳組には、他にも
ただし全員がD~E級で、駆け出しも良いところ。
10層の壁も超えられないし、月々の稼ぎも食べて行くだけで精一杯の有り様だ。同じマンションに非戦闘員の12歳の
しかも穂積は“変質”持ちで、時折てんかんのような症状を起こすのだ。皮膚も所々が灰色になってる箇所が見受けられ、これは“変質”持ちに良く見受けられる症状。
とにかくこの合計7名が同じマンションの居住区に住まい、合同生活を送って既に5年。最初は年上の男の子のリーダーが、親無しのこの集団を纏めて生活を送っていた。
その頃の凛香はほんの10歳かそこらで、仲間と毎日廃墟となった店舗から食料品を漁る仕事で忙しかった。街中は火災にやられている場所も多く、食べ物よりも焼死体を見付ける事も多かった。
そこでリーダーは、探索者になる道を選んだのだった。
市内の治安保持だとか、行政の復興政策だとかは期待するだけ無駄なレベル。それなら自分達で強くなろうとする市民の動きは、実際あちこちで見受けられ。
そして勝手に近場のダンジョンに入って、死人を出したり“変質”持ちになったり……凛香のチームも同じ道を辿り、リーダーの死と隼人と穂積の2人の“変質”持ちを出した。
それでも隼人はダンジョンに潜り続けて、“変質”は進行したがC級に迫る力を付けた。そのお陰もあって、チーム『ユニコーン』は未成年チームにも拘らずここまで生き延びて来れたのだった。
ダンジョンは、彼らから親を奪ったが生き延びる糧も差し伸べてくれた。そんな微妙な探索チームに、凛香は新たな指針を提示したのだ。
つまりは、田舎に引っ込んで専属の探索チームになろうと。
ダンジョンに潜って糧を得るのは一緒だが、これからは“魔境”と呼ばれる田舎町の専属になるらしい。その代わり、住むべき一軒家とある程度の食料を分け与えて貰えるそうで。
確かに悪い話では無い、家も仕事も用意して貰えると言うのなら。凛香が向こうで撮影して来た、入居予定の家の具合とか周囲の風景とかを皆で眺めながら、盛んに子供たちは意見を言い合う。
ただし、一番盛り上がったのは来栖家のペット達の写真とか、家畜小屋の牛やヤギの写真だったけど。妖精ちゃんは写真には光としか映っておらず、和香は可愛い猫の写真に食い付いて
そしてやっぱり来栖家のお昼や夕食の風景は、年少組が食い入るように眺める始末。確かにアレは美味しかった、味もそうだが量がこちらの事情とは違い過ぎる。
あれだけでも、年少組の将来を考えても引っ越す価値は充分にある。
来栖家の秘密の訓練場の写真には、一歩引いた意見の隼人も思わず反応して。ただし、日馬桜町のハザードマップを見せた時には、皆が一様に押し黙ると言う反応。
町中ダンジョンだらけで、安全な場所を探す方が大変と言う。
――本当にこんな場所に引っ越すのかと、懐疑的な視線が痛い凛香だった。
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