第131話 10月の青空市も盛況に過ぎて行く件



 10月になって最初の日曜日、今月も予定通りに日馬桜町の旧中学校グランド跡地で青空市が行われ。それは良いのだが、10月と言うのは農家の来栖家的には微妙な時期で。

 秋野菜のナスやピーマン、トマトなどは旬を過ぎて収穫量は激落ちしているし。かと言って、本当の旬であるカボチャやイモ類は来栖家の畑では余り作られていない。


 姫香や香多奈が好きなので、南瓜とさつま芋は家族で食べる分は作っているのだけれど。売る程の収穫量は無く、まぁ里芋が辛うじて販売に出せるかなって感じ。

 もちろんお米は今年も豊作だったけど、これは既に契約済みで青空市で売る分は無い。ただしもち米は別で、午後から限定でおばば特製のおはぎを売ろうかって話にもなっていて。

 何とか遠方から来てくれるお客さんの、ニーズに応えようとこちらも必死。


 それから果物は、秋の代表の柿と柚子が割と大量に採れていた。ただこれはメイン食材では無いし、他のブースでも売りに出すだろうから売り上げは微妙かも。

 香多奈など、当日まで頑張っていでいたのだけれど。特に柚子の木は、凶悪な棘が幹から枝から覆っていて、収穫作業はとても大変だと言うのに。


 お小遣いの為と言うよりは、ある種の義務感が少女を突き動かしているのだろう。とにかく今月を乗り切れば、来月は大根や白菜やキャベツがブースに出せる。

 そこまでは、この体制で乗り切りたい所存。


 そもそも今月は、ダンジョン産のアイテムの展示品も意外と少なくて悩ましかったり。探索した数的には、“栗林ダンジョン” “猫の細道ダンジョン” “しまなみビーチダンジョン” “裏庭ダンジョン”と、過去最多の4つに潜ったと言うのに。

 尾道と因島で獲得したスキル書の類いは、全て地元の陽菜やみっちゃんの関係者に渡してしまってるし。栗林&裏庭ダンジョンでも、特にドロップに恵まれなかった経緯もあって。


 残念ながら、目玉として売れる商品は極僅かと言う。スキル書が3枚と、因島のダンジョンで入手した30cmサイズのモアイ像が3つ位だろうか?

 このモアイ像は魔法のアイテムで、登録者以外が10m圏内に入ると、家にいる者に警告を発してくれると言う優れモノ。ただし、不審者に対して攻撃を加える機能は残念ながら無い。

 そこまで便利ではないが、まぁ珍しい魔法アイテムには違いなく。


 それを中心に、後は尾道のダンジョンで入手した謎の遊具や玩具を売る算段である。野菜も里芋の他に、何とか最後の収穫のナスとピーマン、それからトマトを取り揃えて。

 それからミョウガも良く採れて、これも一応売りに出す予定。恒例となった植松のお婆の漬物も、今回はキュウリや何やらと揃えてあるし。

 後は頑張って売るだけだ、今回も紗良と姫香は気合入りまくりである。



 そして始まった秋の青空市、今回も来訪客の数は前回に引けを取らない感じ。それどころか、回を重ねるごとに参加者の数は増えて行っている気も。

 そして野菜の販売もスタートから順調、客引きをしないでも次から次へと客足は途切れない。香多奈も最初はお手伝い、護人は定番の位置で不測の事態に目を光らせている。


 つまりはいつもの配置で、すっかり販売ブースのお仕事にも慣れてしまった面々。それでもこの殺気だったお客の購入意欲には、毎回尻込みしてしまいそうに。

 関係なく対応しているのは、香多奈くらいだろうか……ブースに殺到する遠方から訪れた主婦たちも、さすがにこんな子供には殺気を向けられない様子。

 それでも買い物の手を緩める者は、とんと存在せず。


 案の定と言うか、いつも通りに1時間ちょっとで用意した売り物の野菜は姿を消して。売れ残りを心配していたミョウガや柿や柚子も、綺麗サッパリ無くなる始末。

 売り切れた安堵よりも、疲労の方が多い紗良と姫香だったけれど。1人ケロッとしている香多奈は、友達を見付けて遊びに行って来ますと元気に出掛けて行った。


 しっかりと護人に今日の分のお小遣いを貰って、コロ助を従えて人混みの中へ。それを出迎えるキヨちゃんとリンカは、両者とも手にりんご飴を持っていた。

 それを見て、早速買い物へと出向く様子の小学生ズ。



 一方の姉コンビだが、呆けていたのも束の間で。販売ブースの立て直しにと、野菜くずを片付けてダンジョン産のアイテムを机の上に並べ始める。

 この作業も既に慣れたモノ、魔法のアイテムは特に目立つ場所に設置して。紗良お手製のポップを添えて、野菜の時とはまた別の華やかな並びが完成。


 メインと考えている『門番役モアイ像』×3体だが、魔石で半永久的に昼夜を問わずに稼働する魔法アイテムだ。お値段は3万円に設置、魔法の品にしては異例の安さではある。

 ただ、このお値段でも売れ残る可能性が……何しろ普段使いでの効果としては微妙、うっかり外に設置したら盗まれる可能性もあるのだ。

 フォルム的にも、余りときめきの無い形状をしてるし。


「おもちゃの方が、まだ売れる可能性があるかなぁ? これって、確か尾道のダンジョンでドロップした奴だっけ? 後は、この金の燭台もそうだっけ?」

「そうだね、金貨とか装飾品もゲットしたけど、陽菜とみっちゃんに分けて残ったのがそれだったかな? 香多奈が勝手に選んだ奴だけど、まぁ売れたら売ろう♪」


 “大変動”以降は、きんや宝飾品の価値などあってないようなモノである。それでも好事家はごく少数存在しているし、探索者も割と金持ちが多いので。

 それなりの金額で出品すれば、誰かが興味を示すかも知れない。そんな訳で、机の端っこに1万円で出品する事に。そしてスキル書は、お馴染みの金額30万円だ。


 これが3枚あるので、今回も100万円突破は可能性としては存在する。後は企業に売る物として、大蟻の甲殻や蛇の毒袋や媚薬もストックしてあるので。

 ただし、今回はドロップした大蟻の甲殻を、企業に装備品に仕立てて貰う計画が。その為に恐らく、結構なお金が掛かると思われる。

 足を出したくない紗良と姫香、せめてスキル書は全部売り捌きたい。


 とは言え、午前中に訪れる客層はほぼ一般人のみである。辛うじて売れるのは、従ってベーゴマや竹とんぼなどの玩具ばかり。この辺は、何となく年配の人が買って行くようだ。

 そしてチェス盤やボードゲームは、若い層の男性が両方ともお買い上げに。買った男性も嬉しそうだったので、出品して良かったなと紗良と姫香もニッコリ。



 そうこうしている間に、そろそろお昼の時刻に。客足が鈍って来た頃を見計らって、姉妹は護人を誘って昼食休憩へと移行する事に。

 食べ物屋の屋台も、いつもながらの結構な混み具合。今回もお握りを用意して来た紗良、従ってそれ程に欲張ったおかずの類いは必要ないとは言え。

 そこは屋台の魔力、ついついお好み焼きやフランクフルトを買い込む一同。


「ちょっと買い過ぎたかなぁ、まぁ香多奈が戻って来たら食べて貰えばいいか。それにしてもやっぱり、新米のお握りは特別に美味しいね、紗良姉さん!」

「頑張ってちょっと作り過ぎちゃったかな、誰か友達がいればお誘いして……あっ、あそこに美玖ちゃんがいるね?

 護人さん、お昼に一緒に誘っても良いですか?」


 構わないよと護人が言うや否や、紗良が見付けた友達をランチに誘うべく姫香が席を勢い良く立ち上がり。大声でお誘いの文句、突然名前を呼ばれビックリして周囲を伺う少女。

 すったもんだの挙句に、ひたすら遠慮していた美玖も結局はランチに同席して奢って貰う事に。それでもお腹は空いていたようで、食は進んでいるようで良かった。


 美玖も最近は来栖家の面々には、人見知りは薄れて行っているようで。家の事や、特に兄に対しての不満や最新情報の話題を提供してくれた。

 それによると、最近の林田兄は妹にスキル所有数を上回れて悔しいようで。新スキルか新しい槍を欲して、探索や間引き依頼に前向きに挑んでいるそうだ。


 美玖自身も、ようやく能見さんと打ち解けて協会のお手伝いも楽しいみたい。家の農業も順調で、お握りを頬張りながら来年はお米作りに挑戦したいなぁと意欲を燃やしている。

 などと喋っている合間に、香多奈が疾風の如く帰還して来て。お握りを発見するや、友達の分も持って行って良いかとお伺い。今回はどうやら、メインは自分で購入済みらしく。

 紗良が包んだお握りを手に、再び風のように去って行った。


 おこぼれを期待していた、コロ助が少し寂しそうに付き従うのが印象的で。美玖も食事を終えて、仕事があるからと深々とお礼を述べて去って行った。

 その後も姉妹は、しばらくの間のんびりムード。食後のお茶を飲みながら、ミケを抱っこしたりツグミにちょっかいを掛けたり。

 販売ブースに目を光らせながら、戻るタイミングを計りつつ。


 そうこうしてると、植松の爺婆じじばばが大荷物を持って裏口から会場入りして来た。台車で運び入れて来たのは、さっきまで自宅で作っていた売り物の用のおはぎ100パックである。

 護人が慌ててそれを受け取り、電話くれれば取りに伺ったのにと愚痴をこぼしている。お婆は逆に満足げな表情、紗良と姫香も追加の品の到着にとっても嬉しそう。

 絶対に売り切るからねと、姫香などは鼻息も荒い感じで。


 とは言え、これも数人で買い占められたら、せっかく遠方から足を運んでくれた人に申し訳がない。1人1パックに限定させて貰って、なるべく多くの人に買って貰うのを目標に。

 紗良が早速、それ用のポップを用意し始めている。新米のおはぎです、美味しいです!! との告知は、やや控えめな気がしないでも無いけれど。


 案の定、最初は出足の鈍かった販売スピードだったけど、噂が広まるとあっという間に加速して行き。弊害として、ダンジョン産のアイテムが全く見向きもされない事態に。

 それでも、何とか湯呑みセットを普通のお客さんがお買い上げ。


「ふうっ、お昼過ぎの販売だから、みんなお腹が空いて無いかなと思ったのに。案外、お土産に家で食べようと買って行く人が多いんだねぇ?」

「確かにお土産なら全然アリだね、ってか凄く喜ばれるだろうし……あれっ、あの人たちはいつも来てくれる常連の探索者さんじゃない?」


 確かにそうだった、いつも割と早い時間に訪れる若い2人組の探索者で。ギルド『羅漢』の関係者だっただろうか、動画も観てくれていると聞いた気がする。

 今回も2人は、動画の感想から気さくに話し掛けて来て、紗良が営業スマイルで軽くあしらう毎度のパターン。2人組は、売り物にMP回復ポーションと解毒ポーションがあるのに速攻で気が付いた様で。


 大喜びで両方とも購入、これらは来栖家的にちょっとずつ余って来た薬品だったので。後はやはり、他の探索者さんも必要としているかもとの気配りの品出し。

 他の商品もいかがですかと、紗良がいつもの営業トーク。その間、お隣の姫香は途切れないおはぎを欲するお客を捌いていて大忙し。

 それをいつの間に合流したのか、友達の怜央奈がサポートしてくれている。


 今回も遊びに来てくれたらしいが、ブースが忙しいのを見て気を利かせて手伝いに及んだようだ。釣銭を用意したり列を整理したり、なかなか堂に入っている。

 彼女は年齢より幼い感じだが、愛想だけは姫香の倍は持っていて。お客さんの扱いにも長けていて、とても探索者をしている様には見えない感じ。

 ひと段落着いてから、3人はようやく久し振りの挨拶を交わして。


「来てたんだ怜央奈っ、久し振り……ラインで知らせてくれれば良かったのに! 尾道と因島の旅行のお土産あるから、後で渡すねっ?」

「あ~っ、本当は一緒に行きたかったんだよぅ……動画とか観てて、凄い羨ましかったんだからぁ! だから今日は、サプライズで夕方までお手伝いしようかなって?」


 それは助かるねと、お母さん役の紗良も会話に参加。2人組は、結局追加で『臨機応変』との四字熟語が書かれた、掛け軸を購入して去って行った。

 臨機応変は大事だよねと、怜央奈は相変わらず変なノリで会話を続けている。旅行の土産話は1時間じゃ足りないよと、姫香は今日の機会を逃したくない様子。


 とは言え、販売ブースはおろそかに出来ないし、客の流れは相変わらず途切れる様子もない。香多奈も戻って来る気配も感じないし、護人の方にもいつの間にやら来客が訪れていて。

 自治会長が、何やらパンフレットみたいな物を持参でキャンプ椅子に座って語り始めている。協会の仁志支部長も同席していて、何やら込み入った話をしている様子。


 またスキル書全部、買い取ってくれるのかなと姫香は呑気な物言いだけど。確かに10月は山狩り作業を控えているし、参加者の強化は自治会的にも大事かも。

 そう言えば、遠征依頼されていた“弥栄ダムダンジョン”も10月の下旬だった気が。協会の用件はそっちなのかも、しかし改めて考えると今月も大いに忙しくなりそうな気配がビンビン。

 それはそれで、特に問題は無いと姫香は思う。





 ――この青空市を含め、暇を持て余すよりはずっと良いと思う姫香だった。










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