第104話 裏庭の訓練場が着々と形を成して行く件



 日馬桜町の4度目の青空市が無事に終わった9月の初め、来栖家は相変わらずに騒がしかった。その1つは、香多奈の2学期が始まった事にも由来していて。

 もちろん、末妹が学校に行って家に不在の間は、邸宅内は物凄く静かなのだけれど。少女が戻って来た途端に、急に騒がしくなる始末。

 それはまぁ仕方が無い、その理由は来客にもあるのだから。


 青空市で強引に弟子入り志願して来た尾道の陽菜だけど、今は来栖家に居候として住み込んでいる。姫香の強い推薦もあったのだが、他の家族からも特に強い反対は出なかったので。

 とは言え、弟子入りした相手に対して教えられる技術も経験もそんなに持たない護人としては。ただ困惑するだけで、その後の対応は姫香を筆頭とした子供たちに丸投げに。

 結果、放課後は厩舎裏の特訓場での訓練大会と相成って。


 ここで教官に任命されたのは、最近めっきりと影の薄くなっていた魔人ちゃんである。“透明な魔石”の数に限りがあるので仕方が無いのだが、本人は不満そう。

 それでもきっちり、理力の使い方は教えてくれる親切なジェントルマンではあるのだが。如何せん、香多奈がいないと意思の疎通が難しいと言う弱点が。

 そんな訳で、特訓は香多奈がいる放課後に行われると言う流れに。


 魔人ちゃんの教えは、割と単純でその点では明快ではあるのだが。つまりは体で慣れろの一辺倒で、それに最適な道具をチームは前回の探索で仕入れていて。

 それが『白木の木刀』である、これは使用者が念を込めると跳ぶ斬撃が可能なのだ。これで理力の流れを体で覚えて、その後で普通の木刀で同じように斬撃を飛ばして見せろと。

 魔人ちゃんの教えは、ただこれに尽きたのだった。


 それが出来れば達人の域、そんな理力の学習方法だったのだが。子供たちは、それを大真面目に習得しようと頑張っていた。順番に『白木の木刀』を扱い、順番待ちの者はアスレチックコースで体を動かす。

 香多奈がたまに、我が家の秘密の特訓風景で~すと、姫香からスマホを借りて撮影に勤しんでいて。どうやら動画で使いたい様子、ただこのE‐動画の収益も馬鹿にならないと言う。

 4ヶ月を過ぎた頃から、数千~数万円の稼ぎになり始めていたのだ。


 これには驚きの子供達である、そしてもっと動画の配信にサービス要素とか加えようと画策して。それを一手に担う末妹、もちろん被写体は2人の姉である。

 特に紗良には、いいねのコメントも殺到していて。


 アイドル売り出し計画が、少女の中では進行中なのは内緒である。これも動画配信で儲ける為なので、一応は紗良の合意も得られているのだけれど。

 あまり過激なポーズには応じて貰えず、ちょっとガッカリな香多奈だったり。それより実の姉の姫香にも、実は一定数のファンがいるらしい事をスレ版で知って。

 もの好きも一定数いるんだなぁと、感心する少女だった。


 それはともかく、厩舎裏の訓練場は本当に半月で様変わりしていた。護人が当然中心になって工事を手掛けているのだが、そこにルルンバちゃんの小型ショベルのパワーが加わって。

 穴を掘っての丸太の埋め込み作業が、格段に楽になったのがとても大きい。かくして“樹上型ダンジョン”で苦労した、アスレチックコースにそっくりな訓練場が裏庭に完成して。

 子供たちがそれを使って、日夜特訓出来ちゃう環境の出来上がり。


 もっとも農家の朝は、家畜の世話から始まるのだが。居候の立場の陽菜も、もちろんそれを率先して手伝っている。一番幼い香多奈に仕事を教えて貰い、朝早くから体を動かして。

 そうして味わう新鮮な搾りたて牛の、美味しい事と言ったら!


 そんな感じの早朝からのお仕事の手伝いと、昼間は姫香と一緒にお勉強タイム。夕方からお風呂時間までは、訓練場での特訓をこなすと言うサイクル。

 居候生活で1週間が過ぎる頃には、すっかり来栖家にも馴染んでしまっている陽菜である。元から愛想は無いのだが、素直な性格で仕事も勉強も嫌がらずにこなす良い娘なのは確か。

 ただし、それでもめきめきと腕前が上達とは行かずな現状。


 理力の習得は、どうも一筋縄ではいかない様子である。まぁ現状では、ルルンバちゃんの合体能力やハスキー軍団の統率力で探索に不安は無い。

 だからと言って、人間がそれに胡坐あぐらを掻いていて良いとはならないのだが。取り敢えずは体捌きや運動能力は、ちょっとずつ成長はしている様ではある。

 弟子入りしている陽菜にしても、それは実感していて問題無し。


 香多奈もわざわざ、石投げ特訓用の的を作って貰って毎日訓練しているし。タイヤを等間隔に並べて貰って、その中心に石を投げて通すと言う訓練方法なのだけど。

 これがなかなかに楽しくて、香多奈ばかりでなく姫香も競って遊んでいる。その結果、投擲能力が向上するのなら全然良いと姉妹は思っている。

 それからもう1つ、護人に強請ねだってタイヤのオブジェを特別に作って貰って。


 これは3~4メートル級の中ボスを、タイヤでかたどって製作して貰ったモノである。今までの探索ではそれ程に苦労はして来なかったが、やはり大型ボスへの対策は怠るべきではないとの思いで。

 得意の投擲速攻に、更に磨きをかけるべくの訓練である。他にもこの中ボス仕様のタイヤの塊は、その後は色んな訓練に役に立つ事となって。

 ハスキー軍団や前衛陣も、戦闘訓練で使い回す事に。




 そんな感じで成果があったり無かったりの特訓だったけど、他にもこの1週間に色々とイベントはあった。例えば紗良が覚えた『解読』のスキルで、3冊の錬金レシピ本を翻訳出来たりとか。

 後は素材を集めれば、妖精ちゃんの『錬金術』スキルで素早い作製が可能なのだが。翻訳で出て来た素材は、ほぼ9割が知らない名前ばかりと言う有り様で。

 自宅でポーション製作は、遠い先の話になりそう。


 それから朝方に、姫香が厩舎掃除とか早朝マラソンをしてる最中に、ツグミがハイと魔石を差し出す事が多くなって来た。最初は夜中に野良に遭遇したのかなと思ってたけど、どうも様子が違う。

 ひょっとして、ハスキー軍団だけで夜中ダンジョン探索に潜ってるのかも。一応は護人に報告してみたが、これも彼女たちの訓練の一環と割り切ってる様子で。

 それもそうかと、姫香も納得してしまった。


 まぁ、魔石が自然に増えるのも悪い事ではないのだし。香多奈などは普通に喜んでるし、ハスキー軍団が夜中に無理してる感じも受けない。

 取り敢えず、毎日の健康チェックは紗良がしてくれているし。


 香多奈の夏休みが終わって完全に秋になった訳では無いが、農家的には秋野菜を植える季節に間違いは無く。白菜やキャベツや大根の植え付けに、護人や家族も忙しくなって来て。

 居候の陽菜も、慣れないながらしっかりとそれをお手伝い。ただし、一番戦力になったのはルルンバちゃんだろう。耕運機と合体して、朝から農業のお手伝いに勤しむその勇姿。

 一時期流行ったAI農業の、ある意味完成形を見た気に。


 香多奈の夏休みで言えば、自由研究で孵化させた4匹の鶏のヒナの行方なのだけど。夏休み中のキャンプ以来、すっかり仲良くなった美玖が全部貰って行く事に。

 農家にとって、仔犬や子猫などは天下の回りモノである。鶏のヒナも同じ事かと、まぁ知り合いなら良いかなと香多奈は判断した様子で。

 美玖も将来の鶏飼育を夢見て、すっかり農家の娘である。


 そんな中、余り嬉しくないイベントも幾つか巻き起こって。割と大きな台風が、9月の初めに到来して香多奈は学校をお休みする破目に。

 本人は興奮模様だったけど、収穫前の田んぼの稲が心配で心穏やかでない護人だったり。家の中では、しかしのんびりと裁縫に勤しむ穏やかな紗良と姫香の姿が。

 裁縫仕事は、花嫁修業の一環と最近真面目に取り込んでいる姫香。


 先生役の紗良も、青空市のオマケのフェルト人形とか、他にも妖精ちゃんの衣装とか色々製作に忙しい。能見さんも既に何着も作ってくれてるので、妖精ちゃんは今の時点で結構な衣装持ちになっていると言う。

 全く着替える気配が無いのがアレだけど、天井のはりにある彼女の籠製の巣は衣装で凄く派手になっていたり。それを本人が気に入っているのが、せめてもの幸いか。

 紗良も能見さんも、一応は作った甲斐があったと言うモノ。


 姫香にはまだそんな細かい工程は無理なので、雑巾を縫ったりボタン付けを頑張ったり。ゆくゆくは、紗良に誕生日プレゼントで貰った縫いぐるみの、替えの衣装を製作する予定である。

 細かい作業が苦手な姫香だが、やる気だけは充分持っている。



 幸いにも、台風の被害は僅かで済んで何よりだったけど。中断していた秋野菜の植え付けは、結構な一苦労だった。それでも予定区画をすべて終えて、一安心の来栖家である。

 陽菜の受け入れはイレギュラーではあったが、まぁ紗良と姫香の友達が泊まりで遊びに来たと思えば良い。幸い仕事も進んでこなしてくれるし、良い娘には違いなく。

 来栖家的には、特に波乱も無く上手く回っている。


「いや、今日はお招き頂いてありがとうございます……お仕事も忙しいでしょうに、時間を取らせて申し訳ない。

 報告が溜まってたので、それを伝えたかっただけなんですが」

「いえいえ、畑がようやくひと段落着いた所ですから。こちらこそ忙しくて、協会に顔を出せずに済みません。

 業務外なのに、足を運ばせてしまって」


 などと社交辞令を飛ばし合ってるのは、リビングに通された大人たち。仁志支部長と能見さんが、仕事終わりにわざわざ来栖邸に立ち寄ってくれて。

 どうせなら1杯やりましょうと、会合はどうやら飲み会に移行する模様。帰りの運転は能見さんがするらしく、持参したビールやつまみを机に広げ始める。

 紗良も場の雰囲気を読み取って、食べ物を用意し始めて。


 ちなみにこの場には、お隣さんの神崎姉妹&旦那さんも参加している。集まって飲み会をするならと、護人が電話で招いて15分後には全員参加していたのだ。

 このお隣さんとの付き合いも、向こうが引っ越して来て以来定期的に続いている。向こうが人見知りしないので、生活に関する質問を色々としに来るのだ。

 そしてたまに、厩舎裏の訓練場で汗を流して行くシーンも。


 そんな仲なので、誘われたら割とお気楽に飲み会へと参加して来るお隣さん。ただし会話は、夏休みに無断でダンジョンに突入した高校生たちの話題からだった。

 初っ端からヘビーな話だが、全員無事に退院出来たとの一応は嬉しいニュースだった。同級生だった姫香の顔色は特に変わらず、同情心も見られなかったけど。

 彼女からすれば、自業自得って思いが強いのかも。


「護人さんが提供してくれた、ポーションでの早めの処置が大きかったですね。あの際は本当にお世話になりました、親御さんたちからもお礼はあったと思いますが」

「それよりも私達探索者が、楽して稼げるって思われてる方が心配な案件かもねぇ。ダンジョン探索では簡単に命の危機が訪れるって、ちゃんと大人が教え込まないと」

「そうだなぁ……探索者のイメージは悪くはならないだろうけど、ウチも青空市では結構な儲けが出てるからなぁ。

 それを見て勘違いする若者が、今後も出ないとは限らないからなぁ」


 こっちは町の治安維持のために頑張ってるのにねと、姫香の呟きはもっともである。頼られるから探索に出張ってるのに、楽に儲けてるとか思われるのは心外だ。

 ただ、町の大半の住人は来栖家の頑張りを応援してくれているのは確かだ。差し入れは相変わらずあるし、人々はオーバーフローの怖さを重々理解もしているのだ。

 だからまぁ、探索活動に変な風は吹かない筈。


 お酒が入った男衆&神崎姉妹は、その後も探索活動の話で盛り上がっている。その隣では、能見さんと子供達でお茶会みたいな会合が開かれていて。

 能見さんが差し入れにと持って来た甘味を、妖精ちゃんや子供たちがパクついてかしましくお喋りに興じている。その騒々しさは、お酒の入っている大人衆に負けない程。

 場は完全に二分化され、それぞれの話題で盛り上がっている。


「前回『日馬割』が攻略した樹上型ダンジョンですが、正式に協会でC級ランクと認定されました。なので追加の危険報酬が、口座の方に振り込まれる事になります。

 後で確認お願いしますね、来栖さん」

「来栖家チームは、新人の癖に凄い実力者だよねぇ……しかし、このリビング見るとまるで異界にいるみたい。自立AIロボがお皿運んで来るし、壁には布製の赤い薔薇がうごめいてるし。

 妖精までいるもんね、頭おかしくなりそう」

「あぁ、家の中の騒動はもう慣れちゃってるからなぁ……」


 実際に、ドローン形態のルルンバちゃんが、紗良に頼まれておつまみのお皿を持って来た時には。酔っていた客人たちは、結構引いた顔をしていたのだが。

 護人が礼を言ってそれを受け取った時には、そう言うモノかという表情に。何と言うか、家族の一員感が半端なく滲み出ている感じを受けて。

 カルチャーショックを、その場の全員が受けたような。


 香多奈が縁側からハスキー軍団を呼んで、おつまみをお裾分けしているような感じ。家族なのだから、分け合ったりちょっと用事を頼まれたりするのは当たり前的なナニカ。

 変わってはいるけど、家族の形はそれぞれと言う見方もあるし。


 それよりもと、気を取り直して仁志支部長が話題を提供する。と言うより、伝達事項が他にも色々とあっての来訪なのだ。その内の1つは、以前訪れた広島大学所属の博士について。

 あの教授は、この混沌たる来栖家の在りようが相当お気に召したようで。つまりは絶好の研究材料として、目をつけられた訳であるらしい。

 何と、近々こちらに引っ越して来るかもとの言伝が。


 それには護人もビックリ、でもまぁ変人と言う程でも無かったし、大学教授の伝手が出来るのは良い事かも知れない。主に子供たちの、学術的な向上目的にいては。

 ただし、その次の話題には顔をしかめるしかなく。





――西広島で最大級を誇る、“弥栄やさかダムダンジョン”への招集である。







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