第75話 スタジアムで巨人や虎や獅子と遭遇する件



 戦型は姫香が左へ、そして陽菜が右手へと展開しての待ち伏せ作戦を選択し。そしてみっちゃんの第一射は、見事に一つ目巨人の肩口にヒットした。

 咆哮を上げて、なんじゃワレぇと周囲を伺う巨人の姿は、とても紳士には見えなかったが。姿からして腰蓑だけの格好なので、最初からそれは期待していない女性陣。

 怒り心頭の巨人は、どすどすとこちらへと走り寄って来る。


 そこにみっちゃんの第二射と、怜央奈の狙い澄ました『灯明』の魔法スキル攻撃。本来これは洞窟タイプのダンジョンなどで、明かりを灯すだけの便利魔法だったのだけど。

 頑張って練習した結果、ほぼ7割の確率で敵の目を晦ませる魔法へと進化を遂げたのだった。ちなみに、パペットやゴーレムなどの無生物には全く効果は無い。

 それでも視覚に頼る相手だと、御覧の通りの有用性である。


 絶叫を上げて目を覆う一つ目巨人、みっちゃんの二射目は奴に叩き落とされて効果は無かったけれども。目潰しの効果はバッチリで、そこに駆け寄る前衛2人。

 陽菜の太刀筋は脛を直撃、姫香の鍬に至ってはやや上方の股間へと吸い込まれて行って。絶叫どころか悶絶へと移行する一つ目巨人、後方では翔馬が顔を蒼褪めさせていたり。

 同性への憐れみと言うか、アレは反則だと言葉にはしなかったけど。


 完全にうずくまった敵の首筋に、陽菜の刀の一撃が襲い掛かる。ところが敵の大きさ故か、そう簡単に首を切り離すなんて漫画みたいな真似は出来ず。

 逆に陽菜の武器の刀身の方が不味いレベル、まぁ魔法の品で無ければさもありなん。魔法で強化してある姫香の鍬の方が、雑な扱いにも耐えてくれる程である。

 とどめの一撃も、そんな訳で姫香のお手柄となって。


 そして出現する、ビー玉サイズの魔石と手の平程の大きさの宝箱。怜央奈の話によると、このダンジョンの巨人族のドロップでは割と定番らしい。

 ちなみに今回の実習訓練の取り決めで、魔石は全て開催側へ回収されるらしい。まぁ、ホテル代や旅費を負担してくれているので、その辺は納得済みだけど。

 その代わり、他の宝箱等はチームで分配オッケーとの事で。


 割とウキウキ模様で開けた姫香だが、中身は鑑定の書が2枚と赤い魔玉が3個のみ。シケてるなとの想いが顔に出てたのか、そんなモノだよと怜央奈のフォロー。

 取り敢えず紗良に管理を頼んで、一行は奥のトイレ広場で小休憩する事に。


「……済まない、毎回私は武器を壊してチームに迷惑を掛けるんだ。後半は格闘系の戦いになるが、勘弁してくれ」

「あぁ、かたなって刀身が脆そうだもんねぇ……ちなみに私の妹の名前、香多奈カタナって言うんだよ? そうだっ、魔人ちゃんの武器を貸してあげる、アレって確か魔法の品だった筈!」

「ああ、それはいいかもねえっ……はいっ、これは確か属性が炎系だと思うの。使い慣れないと思うけど、魔法の品だから頑丈だし追加効果も期待出来るよ」


 驚き顔で良いのかと問う陽菜に、困った時はお互い様だと笑顔で答える紗良。人が良いなぁとサポート役の翔馬は思うのだが、子供たちのこの手の親交は見ていて清々しい。

 それからトイレ休憩と、ついでにMPの回復にとポーションを配り出す紗良。恐らく元のチームでも、休憩時間はこんな風に過ごしているのだろう。

 和むと言うより戸惑う仲間たち、MP回復ポーションも買えば割とお高いのだ。


 それでも平気だよと請け合う姫香に、それなら遠慮なくとまずは怜央奈がコップを貰い受ける。物怖じしない性格に、他のメンバーも追従し始めて。

 結局は、和気藹々わきあいあいとした休憩風景に。


「私の目潰し魔法、意外とMP使うんだよねぇ……光を灯すだけだと、そうでも無いんだけど」

「前衛もそれで安全度が増すんだから、遠慮しないで回復してよね! 休憩終わったら、次の層に降りてみて虎とライオン狩ってみよう!」


 おーっと追従するのは、割とお調子者のみっちゃんのみ。陽菜はうっとりと渡されたほむらの魔剣の刀身を眺めていて、怜央奈はポーションを飲み終わってトイレにと席を立っていたり。

 戦闘にまるで積極的でない紗良は、怪我しないでねと妹を軽くいさめるに留め。自分が回復スキルを持っているとは言え、使わないに越した事は無い。

 そして休憩時間は終わり、再び探索に歩き出す女子チーム。



 それから10分後にワープ魔方陣と、雑魚のパペット×3体を発見して。討伐数を稼ぎつつ、チームは4層へと到達する事に成功。

 ここまで約2時間ちょっとだろうか、午後からの探索は割と長丁場に。実は異様に探索スピードの速い来栖家は、ほとんどの探索が2時間以内の終了である。

 その割には、討伐数はバッチリ稼ぐのが常なのだが。


 さすがに広域ダンジョンだけあって、今までの討伐数はやっと18体らしい。そう報告する紗良に、虎とライオンで丁度20体だねと呑気な姫香の返答。

 前情報では、4層にその2種類はちゃんと存在するらしいのだが。そんな女子チームの気概をへし折るように、前方にボロボロに傷ついた探索チームが。

 サポート役がいたお陰で、辛うじて逃げ切れたって感じ。


「ようっ、翔馬……そっちは順調っぽいな。こっちは戦闘で前衛陣が傷ついて、危ないからリタイアする事にしたよ。

 一応は、15匹程度は倒せたしね」

「お疲れです、圭吾さん……こっちのチームは前の層で巨人も倒せたし、これから虎とライオンに挑むって話ですよ。

 女子だからって侮れないなぁ、俺の役目は引き際を助言する程度ですか」


 圭吾と呼ばれた背の高い探索者は、感心した様子で女子チームを暫し眺めて。それから気を付けてと一言残して、チームを引率して去って行った。

 その姿にちょっと引いているのはみっちゃん一人、残りの面々はリーダーの狩る意欲に引っ張られてやる気満々だ。怜央奈の案内で、いそうなポイントを巡って行く。

 そして今度は、戦闘中の他チームと遭遇。


 それは6メートル級の大きさの蛮族で、手には巨大な斧を持っていた。攻防の果てにその巨人族は荒ぶっており、仕掛けた側のチームは防戦一方。

 後衛に至っては、既に尻込みして逃げ出しそうな雰囲気。これは不味いなと呟いたのは、女子チームのサポート役の翔馬だった。そして向こうチームの引率も、同じ判断をした様子。

 両者は空を駆けるような動きで、あっという間に荒ぶる蛮族を排除する。


 いつの間に移動したのか、抜刀の気配すら感じなかった周囲の少年少女たち。相手側の引率者もB級のベテランのようで、その動きも判断力も目を見張るモノが。

 感心する姫香だが、残念ながらその場にいた研修探索チームも、ここでリタイアするそうだ。紗良が怪我をした前衛に回復を施していて、向こうのチームからお礼を述べられている。

 そんな顛末てんまつがあったのち、再び移動を始める女子チーム。


「ここって意外と難易度の高いダンジョンなのかなぁ、リタイアするチームがここに来て増えてるね?」

「そうだねぇ、でも両方とも4人チームだったし、ウチらは大丈夫だよ!」

「うむ、借りた魔剣の使い心地も試してみたいし……敵はまだ見えないのか?」


 それぞれの思惑を含みつつ、毎度のコンコースを移動すること5分余り。先頭を歩く姫香が、ようやく外野席の辺りに敵の群れを発見した。

 パペットが圧倒的に多いが、目的の虎もライオンも1匹ずつ見て取れる。そして上空には鷹が1羽、悠然と弧を描いているのが確認出来た。

 ここに来て、探索チームの減少のせいか獲物数が激増と言う。


 護人もハスキー軍団もチームにいない姫香は、慎重に作戦を話し合う事に。出来れば1匹ずつ釣りたいが、敵がリンクして来た場合はどうすべき?

 姫香は紗良に視線を向けて、例の手を試してみようと提案する。彼女の2つ持っているスキルの『光紡』の方なのだが、実は練習は欠かさず行っていて。

 それで何とか、敵の足止めが出来ないモノかと話し合う。


 それから5分掛けての、魔法の仕掛けの時間は終了して。『光紡』を実戦投入は初の紗良は、内心はドキドキしながら開戦の合図を待つ。

 そして始まる外野席での乱戦、みっちゃんの弓矢に反応した敵たちがこちらの存在に敏感に気づき。虎を先頭に、その後に数体のパペットが続く形で敵は反応した。

 その数7匹以上、何と反対側にいたライオンも反応している。


 これはピンチと慌てる面々、ところが姫香の合図と共に丈夫な光のロープが敵の移動走路にピンと張られ。哀れなパペット軍団は、面白いようにそれに足を取られて引っくり返る始末。

 先を走るのは、これで虎ただ1匹のみ……それに怜央奈の『灯明』の目潰しが、タイミングばっちり決まったようで。何と疾走の途中に派手に転倒、そこに陽菜の魔剣での一撃が決まる。

 追加効果で燃え上がった虎は、見せ場の無いまま退場の憂き目に。


「油断しないで……空から狙われてるよ、みっちゃん!」

「ええっ、うわっ……銛で撃退してやるっ!」

「慌てないでいいよ、みっちゃん! 紗良姉さんと怜央奈を守ってくれればオッケーだから、とにかく時間稼いでいてっ!」


 空の敵まで反応して、後衛は割とパニック模様だけど。厄介な事に、一度足止めに成功したパペットたちが、態勢を整え直してこちらに揃って向かって来ている。

 そして後方から、ものすごい勢いで駆けて来たライオンも合流……しようとして、再び張られた『光紡』に突っ込んで派手に転倒していた。

 二番煎じでも、考えナシのモンスターには効果はあるみたい。


 とは言え、後衛の事もあるので前衛陣はゆっくりしてはいられない。姫香の鍬捌きで、一番手を走って来たパペットは派手に没。続く敵も、陽菜の持つ魔剣に斬られて炎上している。

 そこに遅ればせながら、白いライオンが割り込んで来た。やっぱり白なんだと妙な感動を姫香は感じつつ、しかし相手にと立ちはだかったのは陽菜の方だった。

 姫香は雑魚を退治しながら、いつでもサポートに入る構え。


 新しい武器オモチャを得た陽菜は、戦闘ではノリノリでいつも以上に実力を出せていた。既にちょっとふらふらの白ライオンに、『瞬身』スキルで死角に入り込んで。

 首筋に『腕白』と言う、腕力が上昇するスキル込みでの斬撃を見舞って。その一撃で戦いの趨勢すうせいは決して、姫香の出る幕は結局廻って来ず。

 それならばと、みっちゃんのサポートに戻る事に。


 作戦と思い切りが功を奏し、今回の乱戦は思い通りに事が進んだ感じ。ほぼ完勝と言って差し支えない終わり方で、今回も怪我人も無く乗り切る事が出来た。

 皆で讃え合いながら、魔石を拾って回って。そして白ライオンが落とした宝箱を発見、中にはポーション瓶が2本と、何故か赤い応援メガホンが入っていた。

 それを喜ぶのは、姫香ただ一人と言う。




 その後は、まだ終了時間まで暇もあるし、もう1層だけ降りてみようとチームで話し合って。何しろ怜央奈が、5層の中ボス見れるかもよと誘って来たので。

 5分程度でワープ魔方陣が見付かり、多少ワクワクしながら次の層へ。そして怜央奈の案内で、グランドの見下ろせる客席に出てみると。

 確かに見る価値のある、大物中ボスがそこにいた。


 この階層だけは、グランドが水仕様では無いらしい。丁度ピッチャーマウンドに、10メートル級の青い鱗のドラゴンが悠然と鎮座していた。

 アレはグランドに降りない限りは襲って来ないよと翔馬のお墨付きではあるけど。ここから眺めているだけで、肝が冷えると言う貴重な経験をしてしまった。

 そこからは、無理せず皆で帰還する事に。


 広域ダンジョンの良い所は、ワープ移動で速攻で出口から脱出が可能だって事だ。予定の6時より1時間近く早く探索を切り上げたが、討伐数は30匹近かったし。

 いざ出てみると、何と姫香たちが一番最後だった。他のチームは既に全員探索を終えて、報告も済ませているようで。姫香も慌ててリーダーの責務をこなし、これにて実習訓練は終了。

 皆で列になって、今朝出発したホテルへと向かう。


 予定では、今夜もここに宿泊する事になっている。夕食もサービスして貰って、その後に反省会みたいな事もやるそうだ。

 そして明日の朝に、また講座が少々行われる予定。


 取り敢えずは難しい実習訓練が無事に終わって、研修生たちの顔付きは一様に明るい感じ。同伴してくれた高ランク探索者と仲良くなったチームもあるようで、あちこちで楽しそうな話声が聞こえて来る。

 女子チームでは、翔馬の相手は怜央奈が一手に担ってくれている。他の面々は、各々さっきの探索の出来事を帰り道で反芻はんすうしたり話し合ったり。

 まぁ、総じて良かった……怪我も無かったし、ノルマもクリア出来たし。





 ――即席の女子だけパーティにしては、まずまずの結果では?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る