八 回生
墓地、だった。
(どこだ、ここは。寺の裏かな……?)
どこからどこまでが幻覚なのかわからない……。もしかすると視えないだけで目の前に尼鬼がいる可能性だってある。
警戒するに越したことはないと、一瞬
(瞬間移動……させられた、ってことかな。
ならば探さなくては。
例え異界であろうとも、すべて幻であるならば敷地内にいるはずだ。
――ガサッ。
「……!!」
青桐の木の下に、六畳はあろうかと云う馬鹿でかい”
長い舌を伸ばしては、
膨らんだ喉袋の透けた血管が、喰ったものたちが内側からもがいているように
眉間に
(新しいのが来たな……蛙か。どういう意味があるんだろう?)
達磨。
四肢のない女。
狛犬。
不死身の短剣。
何もかもを喰らう巨大な
頭の中のリストに書き加えていると、ずしり、ずしりと化蛙が方向を変える。墓石に深く身を隠して、そっと化蛙の顔を覗き見る。
ハッと目を見開いた。
化蛙の口から、”一房だけ白い黒髪”がこぼれている。
「っ――
その髪の主を認識した瞬間、奥山は駆け出していた。近づいてはいけないと本能が止める。血がザァァァと引いて骨が軋む。転びそうになりながらもひた走る。
闇に浮かぶ巨大なギョロ目が僕を捉える。
恐怖で飛びそうな意識を無理やり捕まえて、切っ先を向けて叫ぶ。
「か、夏世ちゃんを返してくれっ!」
化蛙の目がゆっくり上を向く。喉袋がみるみる膨らんでいく。
「何だ…!?」
――パァ―ン!!!
奥山の足元に、夏世の頭部が転がった。
■
光のないオレンヂ色の瞳と目が合った。
「ッ!!!」
息が止まった。
一歩、足が下がる。
「ぅ……嘘だ……」
膝をつき、震える手で夏世の頬にかかった髪を払う。
千切れた首に黒煙は立っていない。
修復は――されていない。
浅い息を繰り返す。
「ぅゔぁぁああ……ッ!」
暴れ出す感情の奥で、どこか冷静な自分が考える。
(突然爆死した化蛙。夏世ちゃんの千切れた首。……
わずかな希望をかけて立ち上がり、崩れ落ちている化蛙にそっと近づく。
(首の状態からして胃液で溶けてるようなことはないだろう)
数秒考えて、刀を構える。
(手を突っ込んで探すよりも、食道と胃の部分を斬り分けた方が探しやすい)
沈黙した化蛙はたぶんもう死んでいる。自分が斬っても痛みはないはず。それよりも、生きているはずの夏世を助けることが先決だ。
生き物を斬ることに対する罪悪感をグッと押し込めて、幾度か刀を振るう。
化蛙の黒い肉が切れて、ズサ、と首のない人体が飛び出してくる。
「っ!夏世ちゃん!!」
吐き気をグッと飲み込んで、名前を呼ぶ。
食道に入り込んでいた夏世は裸に近い様相だった。服が溶けたのだろう。もしかしたら化蛙の体液自体が酸性なのかもしれない。倒れ伏す夏世をなるべく見ないようにしながら、慌ててジャケットを被せる。
祈りながら待つこと、数秒……。
シュゥゥゥ……と夏世の首から黒煙が出て修復されていく。
「よ、良かったぁ……」
一気に安堵感が駆け抜けて、地面にぺたりと座り込む。
その横を、瀕死の
ちら、とそれを見て、思考が切り替わる。
(虫を、呑みこむ、化蛙……。一体どんな意味があるんだろう?)
立ち上がって、傾斜になっている墓地全体を見下ろす。
そして、そこで初めて気づく。
「嘘だろ……」
古臭い小さな墓のすべてが血で覆われている。まるで達磨のようだ……。
それらはすべて”石林家”という名前の墓だった。
青天国家と同じように、ひとつの墓をコピー&ペーストしてあるようだ。
それにしてもこの数……おたまじゃくしのようで気味が悪い。
よく目を凝らしてオリジナルらしきものを探してみる。
ト。
「おっ?」
中心部に一際どす黒い血を帯びた墓があった。他の墓とは、どこか雰囲気が違う。
(あれがオリジナルかな。何か核の手がかりがあるかもしれない)
――ぬらり。
方針を固めていく奥山の背後に黒い影が立っていた。
■
――???――
お父様は仰った。
「よく聞きなさい、咲」
「家の女が働くことはこの父の恥だ」
「すべては召使に任せて、お前はずっと花でも生けていなさい」
そうして私は、お花を生けたり、お茶をたてたりすることしかできない女になった。
お母様は仰った。
「よく聞いてくださいね、咲さん」
「女は殿方のお出かけをお見送りして、お帰りになったらお迎えをすれば宜しいの」
そうして私は男を待つことしかできない女になった。
だけど、義理の母は違った。
「何度言ったらわかるんだい!!」
味噌汁腕が投げられて、髪にかかる。手で前掛けをギュッと握って耐え忍ぶ。
「申し訳ありません」
「炊事も洗濯も子育ても、何にもできやしないんだから。まったくグズでノロマな嫁だよ。あんたの母親は何を教えてたんだい!」
「申し訳ありません」
何かを自分ですることが怖くなった。
どこかへ自分で行くことができなくなった。
――手足が動かせなくなっていった。
意識は内側へと篭り始め、次第に私の目は――何も映さなくなっていった。
■
頬に何かが触る感触がして、バッと振り向きながら一太刀――入れようとして、奥山の手が止まった。
「あっぶな!?」
「か、夏世ちゃぁん……っ!」
夏世がジャケットの袂をぎゅっと手で合わせて立っていた。ニーハイソックスやミニスカートの所々が丸く溶けているが、それよりもオレンヂ色の瞳に生気があることにほっと安堵する。
「良かったよぅ……死んじゃったかと思った……」
「あたし、そんな簡単に死んでやらないから!」
強気な台詞を夏世は穏やかな笑みで言う。
「ありがとね、奥山くん。それよりさ、聞きたいことがあるんだけど……」
「なぁに? ――ヒッ!」
刀をしまって振り返り、思わず口を痙攣させた。
背後に仁王立ちになった夏世が、スサマジイ怒気を膨らませて言う。
「あたしの裸、見た?」
「みっ!? 見てないです!! ギリギリ見えてないですっ!!!」
「ギリギリ……ッ?」
「はいっ!! 見てないです!! すみません、すみません!!!」
「なら、いいわ」
必死の弁明に、夏世は、ふんっと鼻息を鳴らして怯える奥山の横を通り過ぎ、墓地を見下ろした。
「で、ここどこ?」
「すみません、すみません……えっ? あっ、たぶん寺の裏……かな?」
「ふぅん」
血の臭いを含んだ生温い風に、白い彼岸花と夏世の黒髪がざわざわと揺れる。
二人で墓地を見下ろす。
「あそこのお墓、見える? あれがオリジナルじゃないかなと思うんだけど」
「行ってみよう」
「そうだね。あっ、夏世ちゃん、刀は……?」
「どっかいった。だから、守ってちょっ」
ぺろ、と小さく出した舌に奥山は破顔する。
「うん。命をかけて君を守るよ」
強い風が吹いて、奥山青年のシャツの襟元が揺れる……。
「え、なに? あたし口説かれてんの?」
「えっ!? そ、そんなつもりは……」
「やだー。奥山くん、
慌てる奥山の背を軽く叩いて、夏世は「あはは!」と笑いながら早歩きで土手を下りていく。
天羽班所属第97期生・奥山情門、高蝶夏世――合流。
穴を掘る麒麟 芥葉亭子迷 @1897
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。穴を掘る麒麟の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
笠に隠れて/芥葉亭子迷
★33 エッセイ・ノンフィクション 連載中 16話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます