第十夜 空席には

 古来より、狂った風習というものは、それを信じて行っている人にとっては、常識である。

 とある地域の小学校には不思議な風習があった。それは、

“五年一組にある空席は、誰かがいるものとして扱う”

 というものであった。だから、そのクラスの担任は出欠確認の際に必ず

「――はいますか。」

 とその空席に目を向けて言い、クラスの生徒達は皆休み時間になると

「――!、一緒に遊ばない?」

 と誰もいない空間に向かって話しかけるのである。

 そして、不思議な事にその可笑しな風習に対して、その地域の誰もが文句を言うことも、疑問を持つことも無く従っていた。

 そんな閉鎖された空間にも、イレギュラーな事は発生する。

 今まで、外部に出て行く人間はいても、外部から入ってくる人間がいなかったその地域に、ある家族が引っ越してきたのである。

 と同時に、例のクラスに約50年振りの転校生がやってきた。

 担任やクラスメイトは空席についての説明を、転校してきた少年に行うべきなのだろうが、彼らはそれをしなかった。というより、最初から彼らの頭の中に『説明』の二文字は存在していなかった。

 何故なら、彼らにとってはそれが当たり前の事であり、常識であったからである。

 当然少年は、空席に向かいあたかも誰かがいるように振舞う周囲を、気味悪がった。その為、中々クラスに馴染むことが出来なかった。

 ある時、とうとう我慢ならなくなった少年は

「ねぇ、何で空席に向かって話しかけてんの。」

 と、隣の席のクラスメイトに問いかけた。すると、そのクラスメイトは

「……君だって、話しかけてるじゃん。」

 と答えた。

「え……」

 少年が言葉を失い、瞬きをすると、そこは空席であった。次の瞬間には、今話しかけたクラスメイトの顔も声も思い出せなくなっていた。

 ただ、それから少年は、空席には誰かがいるものとして扱うことは、当たり前であると認識するようになり、ようやく、その地域に、その学校に馴染むことが出来た。

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