第六章 十二話 「体を重ね合わせても」
山下と出会った日の夜、幸哉は再び優佳を抱いた。
自分の大切な人と肉体の関係を持てば、湧き上がる不穏な考えを理性で抑えられるのではないかと思っていた幸哉だったが、結果は彼の期待を裏切るものだった。
山下から話を聞いた瞬間から心の隅に巣作った思いは恋人と体を重ね合わせても大きくなるばかりだった。
狗井を助けに行きたい……。自分の命の恩人を、自分に道を示してくれた人を、自分が救えなかった人を今後こそ助けたい……。
その意思とともに本当にこのまま安寧の生活の中に身を委ね続けていて良いのかという思いも幸哉の胸の中では渦巻いていた。
"幸哉、お前にはもっとお前にしかできないことがあるはずだ"
胸の中で呼びかける己自身の声に幸哉は当惑し、その夜は一睡もすることが出来なかったのであった。
☆
次の日もその次の日も日常は青年の苦悩など存ぜぬ風にいつも通り流れていった。
"五日後の夜、羽田で待ってる"
頭の中で渦巻く山下の声、刻一刻と迫る期日、それとともに彼の意思とは裏腹にどんどん大きくなっていき、義務感にも姿を変えた思いに幸哉は激しく心を揺さぶられていた。
(狗井さんを助けないと……。俺には助けたい人達が、弱い人達がズビエには居る……!)
心の片方がそう語りかける一方で意思の別の部分が青年を引き止める。
(お前は裏切るのか?自分を慕い、大切にしてくれる人達を……。愛する人達との生活を未来を全てを捨て去るのか?)
きっと誰もが手にすることができる訳ではない幸せが今の幸哉にはあった。だが、その幸せの全てを捨て裏切ったとしても、彼には救えなかった命の恩人と力の無い弱き人々を助けたいという強い意志があったのだった。その強い意思のうねりは最早、青年が理性だけで制御することなど出来ない程、強く大きなものになっていたのであった。
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